Sae's Bible
再会は時として
エルフ特有の耳と指先、淡く長い金髪は一本の三つ編みにされ背中で揺れる。
ジュリーと似通った色の服は如何にも大人しく清楚な姫であったが、その手には雰囲気と不釣り合いな大きな両刃の斧。
その少女の姿を見たジュリーは目をこれ以上無い程に見開き、数歩後ろへ退く。

「っ!!?あ、…ああっ!!」

「ジュリー!?」

「そんな!嘘でしょう…?嘘よ…ね、コバニティ…?」

「コバニティって…まさか!?」

少女はジュリーが驚愕している事など気にも止めず、斧を軽々と持ち運んでサエ達の前へ優雅に降り立った。

「あら姉さま、お久しぶりです。ふふっ」

間違いない、この少女は、ジュリーの。

「おいおい!ジュリーの関係者まで操られてんのか!?」

「関係者ちゃうわ!妹さんや!」

「妹だとっ!?」

「…妹?笑わせないで、わたしはこの人と関わりすらないよ。赤の他人なの。」

鼻で笑う彼女の言葉にジュリーの肩がビクンと震える。

「あ、かのたにん?コ…コバニティ?どうしたというの…?貴女は私の、唯一の妹でしょう?コバニティ・ベルベット・レニセロウス!!」

「汚らわしい、わたしの名を呼ばないで。」

涙ながらに訴える姉の言葉が、届く事はなかった。
その代わりに浴びせられたのは大きな罵声と斧の刃。

「…そ、んな…いやよ…コバニティっ!!」

「ふふっ、わたしの為に死んで?おねえさま。」

斧がジュリーの頭上めがけて振り落とされる。
精神的に混乱しているジュリーは動くことすら出来ず、ただ変わり果てた妹を刃越しに見つめて一筋の水を流した。

「ジュリー危ないっ!!」

サエが間一髪の所でジュリーを抱えて地面に雪崩れ込む。
斧が外れた事にコバニティは冷たい視線をサエ達に送る。
その視線さえもジュリーに絶望を与えた。

「あ、ああ…どうして…どうしてっ…」

「しっかりしぃやジュリー!!妹さんは操られてんねんで!お姉ちゃんやろ!」

「っ!くるぞ!」

カイザーは眠り続けるリホソルトを大樹に寄りかかるように寝かせ、臨戦体勢に入る。

「ジュリー!お姉ちゃんは妹を助けるもんちゃうの!?」

「……、そうね。そうよね。私が救わなくては!」

涙も、震えも、まだ止まらない。
それでも、自分が正さなくてはいけない。
たった一人の妹なのだから。

サエに支えられながら、ジュリーは見据えた。
真っ直ぐに、妹を、コバニティだけを。
涙で歪んだ視界を拭い去り、手に力を込めた。

「あは、やる気になったんだ。じゃあ頑張っちゃおうかな?」

楽しそうに微笑むコバニティが詠唱の時間を与えるまいと、絶えることなく攻撃を浴びせてくる。
これでは反撃すら出来ない。
ましてや眠るリホソルトに攻撃が当たらないように配慮しなくてはならないというのに。

「くそっ!魔導師ばかりではキツいぞ!」

「…任せて。」

ジュリーは指先を口で切り、その血をスタッフの魔石に付けた。

『 加速せし風と歪みの唄
具現せよ 緋のフルンド

ロサ・エピヌ・フォシーユ!! 』


短縮された詠唱途中から、ジュリーのスタッフはその形を変え、薔薇を彷彿とさせる美しい緋色の大鎌となっていた。
サエと初めて出会った時に見せた鎌とは違う。
格段に魔力が強くなっており、それを反映させるかのように、鎌の刃は緋に染まっていた。

「カイザーはリホソルトを守りつつ攻撃してや!私は多少の近接攻撃なら堪えれ、うおうっ!?」

「よそ見はだーめ。」

斧はサエの前髪を掠め、いつの間にか距離を詰められていた事に気付く。

「そんなでっかい斧、よう振り回せるわぁ!」

一瞬の隙を突いた攻撃を何とか振り払って間合いを取る。
それにしても自分より細っこい腕であんな大物を振り回せるものなのだろうか。

「感心してる場合かっ!!」

サエへの攻撃を阻止するため、カイザーが魔導書を素早く開き、コバニティめがけて魔法を放つ。

『第五十三章百九項!制約四十八令発動!執行せよ!』


魔導書の周囲に大小様々な魔法陣が浮かび、其々の中心円からコバニティめがけて弾丸のように雷魔法が放たれた。
雷を放った魔法陣はリング状となり、光魔法として追撃する。
それらを斧で防ぐも、何発かの被弾により後退したコバニティは目を細めて頬の傷を拭った。

「ふうん、結構強いの。じゃあこれはどう?」

『 大地より呼び覚ませ高速の風
迫り来る風と共に唸れ轟音
切り裂くは脆弱なる者
同調せよ地星の刃
クイックチューニング!』


『 翡翠の森より来たれ包受の風
我が手に護法を纏いて刃の盾
シルフが加勢する霊風

インプリケイトプロテクター! 』


速度を急激に上げる補助魔法でコバニティがぐんと距離を縮めて斧を振りかぶる。
その重い一撃をジュリーは風の力を借りて大鎌で受け止めた。

ギリギリと武器同士が鈍い音を立ててぶつかり合う。

「ツメが甘いのよ…昔からね。」

「ふふっ、そうこなくっちゃ!」

コバニティが意味深に微笑むと同時に、斧は鎌に凪ぎ払われた。
一見ジュリーが退けたようにみえたのだが、それは違っていた。
凪ぎ払ったといえど、あまりに下がりすぎている。
カイザーとジュリーはコバニティの不審な行動と知りうる限りの様々な魔法を当てはめていく。

「なんだ…?」

『 大地を突き進む豪傑なる光線よ
煉獄の火炎をその身に纏いて
大蛇の如く呑み尽くせ
我が力よ糧と成れ
紅蓮の深淵から迫り寄り
歪み惑う旋風に断罪の炎光を

フレアレイサーペント!!! 』


そんな事など露知らず、サエは大型魔法を解き放つ。

「いっけええええ!!!!」

サエが放った炎を纏う光線が蛇のように波打ってコバニティへ襲いかかる。
しかし、コバニティは待っていたと言わんばかりに大きく斧を半月状に振る。
その行動が武器による陣の書き方であると二人が気付いた時には既に遅く、彼女に到達する前に魔法は斧に吸収され、満面の笑みで斧が地面に振り落とされた。

「ええっ!?」

「サエ危ない!!」

吸収された魔法が数段にも威力を増し、地面を抉りながらサエ達へ迫る。


『翡翠より来たれ星風の護り!アストラルブリーズ!』
『 第九十七章十項!制約百二令発動! 執行せよ!』


ジュリーがサエの前に鎌を突き立てて詠唱すると、星屑が風に舞い薄い膜として二人を包み込む。
少し離れた場所から急いで詠唱したカイザーの反射魔法も何とか間に合い、サエ達の前に出現した鏡のような楕円がコバニティの魔法威力を軽減させて跳ね返る。

跳ね返った魔法はコバニティの左腕と服の一部を切り裂くが、ジュリーの鎌で受け止めたものは防ぎきれなかった。
ピシッと鎌の刃部分に取り付けられた魔石に亀裂が入る。

「…なぁんだ、つまんないの。」

左腕に力を入れてどの程度まで動くか確認していたコバニティは口を尖らせる。
いや、それよりも。

「っ!あれは…!」

「リホソルトの時と同じやつや!」

そう。コバニティのリボンと襟の一部が取り払われた胸元には、リホソルトが操られていた時と同じ刻印が刻まれていた。
ただ一つ違うのは、刻印の中心に紫の魔石があるという事。

「少女の胸を狙うのは気が引けるが、仕方ないな!」

「うわ変態や」
「変態ね」

「違う!今のは言葉のあやであって決して「おしゃべりしないで遊んでよ。」

変態に気をとられていた間に、コバニティの斧が目前に迫ってくる。
今から回避するにしても斧の刃が大きすぎる。間違い無く腹部に重傷、もしくは致命傷を負うと覚悟して三人は身構えた。
しかし、

「うおっ!?」
「のうわっ!!?」
「きゃっ!!」

急に視界が風のように流れていく。
攻撃を受けるよりも素早く、何者かに抱き抱えられる感覚。
コバニティから一定の距離まで引き下がり、ふと見上げれば見慣れた顔があった。

「お前ら何してんだよ…」

「「キムーア!」」

呆れ顔のキムーアに助けられたサエとカイザーは、世界樹にもたれかかって未だ目覚めないリホソルトの横に下ろされた。

「怪我は無いですか?」

「大丈夫よ。ありがとうナーナリア。」

木の上に緊急回避していたナーナリアもジュリーを優しく地に下ろした。
素早い近接攻撃と遠距離攻撃の出来る二人が揃った事はサエ達にとって、とても心強いものであった。

「よっしゃあ!人数増えたで!!」

「5対1…ずるいわ、おねえさま。」

言い終わらない内に斧を軽やかに回して大地を切り裂く。
砕かれた岩や地盤がサエ達に襲いかかる。

『散光陽壁結界、星術陸式発動!』


「へえ、やるじゃないか。」

ナーナリアが発動させた巨大な壁により境界線を引かれたように岩が一定のラインでぼとぼとと落ちては割れた。
壁の中から攻撃方法や行動を観察していたキムーアが関心する中、コバニティは更なる攻撃を仕掛けるべく此方へ向かってくる。

「おい眼鏡」

「ちびっこ眼鏡じゃないからな!」

「防御系の補助魔法を全員にかけろ。」

「は!?」

「やれ。時間がない。」

『 第二章十三項!制約五十令発動!執行せよ! 』


キムーアの言い方は気に入らないが、何か策がある事は理解し、カイザーは渋々魔法を重ね掛けしていく。
的確にその人の力量と攻撃方法を考慮して指示していくキムーアは流石だ。
ナーナリアとの連携攻撃を見ていても様々な戦法を知っているのは当然で、相当数の局面を乗り越えてきたと分かる。

いつか自分もこういう風な事が出来ればカッコイイだろうなあ、とサエはぼんやり思う。

「サエはあいつの動きを止めろ。とにかく急げ。」

「ええっ!?動きを止める魔法とかやったこと「出来ないならいい。」

「出来るもん!!」

出来ないと言われたら意地でもやってみせるとサエは意気込み、杖を手にどんな魔法が有効かを考える。

「ジュリー、ナーナリア。」

「…なるほどね、わかったわ。」
「御意。」

キムーアはジュリー、ナーナリアと然り気無く何らかの指示をした後、結界から走り出て剣を抜く。

「そんなことしても無駄なんだから!」

コバニティはキムーアや周りには目も向けず、ジュリーだけを狙って斧を振り落とした。
斧が地面を砕き、一直線にジュリーへと向かうがナーナリアの結界に阻まれて地割れはピタリと止まる。
それを見てコバニティは唇を噛むが、直ぐに次の攻撃へと移るべくキムーアから距離を取る。

「詠唱は出来ないぞ。」

「くっ…!!」

キムーアが双剣を駆使して詠唱させる暇を与えず、その間にサエとジュリーが魔法を唱える。


『 無限に取り巻く審理の鎖よ
聖白の境界から一線を越え
大地より具現し紡がれん
盟約に従い我が力を糧と持て
彼の者に罪の枷を与えよ!

シャクルアサイズチェイン! 』


『 翡翠の森より来たれ暗黙の風
地の子を束縛するは透明の矛
シルキーが隠し誘う錯覚の風

リンピッド・リストレイント! 』


サエが地中から出現させた白の鎖は、コバニティの手足を繋ぎ止め、行動範囲を狭める。
しかしジュリーの魔法で鎖を認識出来ないコバニティは、鎖で繋がれた事に気付かず、キムーアと刃を交える足元で絡み付いた鎖が波打つ。

「そんな細い剣…折ってあげるよ!」

一度キムーアから後退し、一気にスピードを付けて駆ける。

「にしても…」

双剣を交差しコバニティが間合いに入るのをただ待ち、そして、刃は大きな音を立てて重なった。

「スピード、力、体力。」

「…っ!」

キムーアは余裕の表情で彼女の腕や腰の入れ方、足の筋肉に至るまでを鋭い目付きで品定めする。
その間にも斧は二本の剣にギリギリと押されてコバニティは顔を歪める。

「近接攻撃としては不合格だ。」

キムーアがいきなり両の剣を凪ぎ払った反動でコバニティは斧を弾き飛ばされ尻餅をつく。
直ぐ様体勢を立て直そうと足に力を入れるがサエの鎖がコバニティの足に絡み付く。

「なっ…!いつの間に…!!」

コバニティが動けないでいる隙を狙ってナーナリアが弓矢で長い三編みを地面に縫い付けた。
足を封じられ、三編みを縫い付けられた事により必然的に上を向かなければならない。

「終わりだな。」

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あきゅろす。
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