Sae's Bible
対峙

「あいつ…!あいつが…カオスフィア!」

「何っ!?」

木漏れ日が照らし出す、噂通りの紫の長髪をなびかせ、彼はサエ達の前に堂々と立った。

「いかにも。我はカオスフィア・ダーク、世界を壊する者だ。」

「あんたが…あんたがエデンの人らを!!
みんなを、石になった皆を元に戻して!!」

「貴様だけは許さん…。」

「…世界を壊す?ふざけないで。」


怒りをあらわにするサエ達をさげすむようにクツクツと喉を鳴らして笑い、再度サエ達の顔を見渡した。

「…成る程、面白い。邪魔なモノは消し去るつもりだったが…気が変わった。少々遊んでみるか。」

カオスフィアが軽く横に払った杖から突如大きな波動が起き、真っ向からサエ達に襲いかかる。

「うわあああっ!!?」

「っ!…は、くるしいっ…」

「くっ…なんだこれは…!」

あまりの衝撃に立っていられなくなり、サエ達は地面に這いつくばる。
見えない大きな力に上から押し潰されるような感覚を受け、体の節々が悲鳴をあげた。

「ミナルディ、さまっ!」

「ううっ、おしつぶされるよ…」

「重力を、操る太古の魔法、だっ!」

重力操作魔法は現存する魔法ではない。
その上、ひと度詠唱すれば対価となる魔力は魔導士100人分といわれている。
そんな大魔法を易々と扱う奴に、勝ち目などないだろう。
少なくともカイザーはそう感じていた。

「ふん。不様だな?人間とエルフよ。ああ違うな、地に這いつくばる虫けらだったかな?」

不格好な姿で屈するサエ達を前に、カオスフィアは悠々と一人一人の歪んだ表情に嘲笑う。
更に苦しめとばかりに口角を上げて奴が杖をかざせば、より重く圧がのしかかった。

「っ…!!」

「ジュリーっ!だい、じょうぶっ?」

「はっ、ええ…ぐぅっ!!」

全員苦しい状況ではあるが、特に体の細いジュリーには酷だ。
何とかこの場を抜け出さなくてはと思うが、こうも圧がかかっては杖を振るう事も難しい。
せめてもと、サエは隣で咳き込むジュリーの手をやっとの思いで握りしめる。

「さて…まずは危険な芽を摘んでおこうか。」

「くっ!!うああああっ!!!」

カオスフィアに足で頭を地面に押し付けられ、ミシミシと後頭部が揺さぶられる音が脳髄に響く。
ジュリーの手を握っていた手は既に力を入れる事すら叶わなくなっていた。

「っ!サエ!!」

「対処は…無いのですか…!」

「ぐっ、もう少し…ま…て」

サエのもがき苦しむ姿にジュリーは見ていられないとばかりに何とか動こうとする。
それはカイザーも同じで、どうにかナーナリアの影に隠れて本のページを捲り続けていた。

「あああっ!!!ゴホッ!!」

「サエ!サエ!!」

とうとうサエが吐血にまで至った。もう一刻の猶予もない。
全ての命運はカイザーに託されていた。そう、彼の膨大な知識量と魔導書に。

「カイザー…早く!」

ナーナリアがそう告げた時、カイザーの指は求め続けていたページにたどり着いた。

『第十章八十六項!禁則十一令特別解放!
制約二十四条発令! 執行せよ!』


カイザーの魔導書から魔法陣が発動し、サエ達を苦しめた重力は激しい風と共に消え去り、サエを押し付けていたカオスフィアを森の中へと吹き飛ばした。

「ほう、魔導書士か。」

風に退かされたものの、カオスフィアは受け身をしっかりと取り、愉快そうに顔を歪めていた。

「よっしゃ反撃開「逃げるわよ。」

「えええっ!?だってアイツ「戦略的撤退だ!」

「今の我々では勝ち目はない。」

吐血したにも関わらず反撃しようと杖を構えるサエを、容赦なくキムーアが肩に担ぎ上げ、一行はレニセロウスへ走る。

「尻尾を巻いて逃げるか。だが困るのだよ…貴様らに彼方へ行かれては。」

「あっ!」

「囲まれましたか…!」

カオスフィアの杖から放たれた魔法により、氷の籠がサエ達を捕らえる。
簡単に解けるはずもなく、武器で壊すには時間がかかり過ぎる。
もうカオスフィアが顔を視認出来る程度の距離まで迫っていた。
こうなってしまっては仕方がないと、全員は顔を見合わせた。

「チッ、あまり気乗りしないんだがな…」

「私はいつでもオッケーやで!」

「仕方ないわね。」

「大人しく果て「どっせええええい!」

カオスフィアと対峙するしか無いと武器を構えた時、暑苦しい赤と逞しい肉体が大きな棍と共に籠を突き破る。
粉々になった氷の欠片が花弁のように舞う中、その男は眩しい程のドヤ顔で立っていた。

「なっ!?」

「レオ!?」

「早く行って!此処は僕たちが止める!」

後ろを振り返れば一頭の黒馬のたずなを引いて白馬に跨がる元王子。

「デレク!俺も残「駄目!カイザーは向こう!」

ひらりと降り立ったデレクは腰の片手剣と盾を手にカイザーへ指示する。

「あーもう!!わかったよ!」

苛立ちながらも理解が追い付いていないリホソルトの手を引いて馬へと駆け寄る。

「くっくっ、人間風情が我を止めるだと?面白い。受けて立とうではないか!」

「「早く行けえええ!!」」

二人の大声が森に響く。
この機会を無駄にしてはならない。サエ達は彼らを信じて走り抜ける。
カオスフィアの前に立ち塞がるレオとデレクを横目にキムーアとナーナリアが其々馬のたずなを掴んだ。

「…頼んだぞ!ナーナリア!3人だ!」

「御意!カイザー!こちらに!」

「うわっ!?」

「えっ!?キムーア!」

「無茶だわ!あんな…きゃっ!」

「ハァッ!」

ナーナリアの馬にはリホソルトを抱えたカイザーが、キムーアの馬にはしっかり抱きしめられたジュリーと後ろにしがみつくサエが何とか乗った。

風を切って森を走り抜ける二頭の馬は、暴れる事もぶつかる事もなくただ突き進む。

「わ…!この生き物は、何?」

「馬よ。足がとても早くて移動する時にも便利なのよ。」

リホソルトはカイザーの腕の中で「うま」と小さく呟き、その脚力や毛並みの美しさに目を輝かせる。

「キムーアもナーナリアもすごいなあ!馬乗れるんや!」

「当然だ。それよりもジュリー、この道であっているか?」

「ええ。そろそろ石碑が見えるはずよ。」

「あれですか!」

前方に翡翠の石碑らしきものが見えてくる。
二人は同時にたずなを握り直す。

「カイザー何やってるん?」

「遠隔操作であいつらの援護してやってんだよ!全く…命知らずどもが…」

どうやら魔法が届く限界距離まででも、援護魔法を重ね掛けし続けているらしい。
なんやかんや、心配なのだろう。
眉間に皺を寄せて魔法をかけ続けるカイザーの姿にサエはニヤニヤと頬を緩めた。

そうこうしている内に石碑が目視出来るまでの距離に来た。
たずなを握る二人にジュリーが指示する。

「二人とも!ある程度の速度で、出来る限り石碑に馬を近づけて頂戴!」

「あいよ!」
「承知しました。」

少し速度を落としたまま、ぐっと石碑に二頭の馬が寄り添った。
その瞬間をジュリーは逃さず、石碑へと詠唱する。

『風を受けし深淵 翡翠へ導く白夜
繋げ、緑青の歪み!』


風が馬ごとサエ達を包みこみ、目の前に現れた空間に誘われた。
白と緑の星屑が混じったような空間を抜けると、そこはもうレニセロウス国の正門前であった。

「さ、着いたわよ。」

「あれ?傷が治ってる。」

「そういえば魔力も全快しているな…」

「石碑の効果ですか?」

「ええ、私と石碑を通る時は回復するのよ。」

ジュリーによるとレニセロウス国の民は特別な詠唱により、体力と魔力が回復するのだそう。
今のサエ達には有難いものだ。カオスフィアとの遭遇で負傷していたし、恐らく国に入れば戦闘になるだろう。
出来れば宿でゆっくりと休みたい所だが、そうは言っていられない。

「思った通り、穏やかじゃないようだな。」

馬を木陰に寄せて、一行は静かに馬から降りる。
正門の影から国の様子を伺えば、異常であることは直ぐに把握出来た。
レニセロウスの民はただただ、その場に棒立ちで正門の方角、つまりはこちらを見詰め続けている。
まるで正門から誰か来たら攻撃を仕掛けるよう命令を受けている、そんな抑止圧があった。

「なんなん!?レニセロウスの人ら、どないしたん!?」

「操られているようですね。厄介な…」

「わたしが魔法で眠らせようか…?」

「魔法はまずいと思うわ。操作魔法に拍車をかける恐れもあるし…何より、何が起こるか分からないわ。」

「やむを得ん。私とナーナリアで一掃する!お前ら先に行け!」

「はっ!」

キムーアの指示でナーナリアが農具や包丁を振り回してくる国民を次々と気絶させていく。
その隙に出来た進路をジュリーが先頭に、サエ、リホソルト、カイザーが続く。

「くれぐれも気をつけて!」

「気絶させるだけだ!」

鮮やかに手刀で払うキムーア達にこの場を任せ、ジュリー達は先を急ぐ。
城下町から郊外へ抜け、裏門から王宮へ入る。

「ジュリー、あれなに?」

「そんな…!」

「何かヤバイのか?」

「ええ…かなり危険だわ。急ぎましょう!大樹、カレリウムへ。」

リホソルトの指差す先には魔力を纏った巨大な樹。ここからではどうなっているのか、よく分からないがどうも様子がおかしいらしい。

「はぁっ!」

「くそっ!王宮兵もか!」

王宮に突入した途端、王宮兵が襲いかかる。国民と違い、本物の武器で応戦してくるのはとても厄介だ。
それでも魔法を使う訳にはいかず、どうにか杖や本で殴打して気絶させる方法をとっていた。

「きりないやんっ、とりゃ!」

「あともう少し…突っ切るわよ!」

廊下を進んでいけば、操られた兵士だけではなく、石化した人々とも遭遇する。
女官や執事が悲痛な表情で石になっているのには思わず目を背けてしまう。
エデンの人々の顔と重なる。
早く、早く何とかしなければ。
サエは杖を握って、ひたすらにジュリーの後を走った。

王宮を抜けてたどり着いた悠久の丘、その中央に大樹カレリウムはあった。

「こ、これは…!」

「大樹が枯れてきている!」

「世界樹…どうして?」

普段なら青々と生い茂っているのだろう。
しかし今の姿は除草剤を大量に掛けられたかのように、枯れた葉が地面に落ち続けて粉々になった葉も見受けられる。
加えて太くどっしりした幹すら中から腐ってきているのだろうか、樹液が流れている。

「リホソルト、何か知ってんの?」

「うん。わたしの…守るものの一つ。」

リホソルトは大樹を見上げて悲しげに眉を潜め、小さく答えた。

「大樹カレリウム、別名を世界樹。ティファトスを支えるものの1つと考えられている。世界樹が大地を支え、大地が世界樹を支える事で魔力や生物のバランスを取ってる訳だ。」

「つまり、大樹があってこそ世界は成り立っているのよ。」

「じゃ、じゃあカレリウムが枯れたら世界は…!」

「大地との均衡を保てず、世界が徐々に朽ちていくだろうな。」

「それをさせない為に、わたしはいるの。」

「リホソルト…?」

「リホソルト、危ないわ!今は何が起こるか分からないのよ!?」

ジュリーの制止すら聞かず、リホソルトは枯れゆく大樹に近づく。

「ううん、これが私の役目だから。私が守ってあげるよ。」

「そうか…!立て直すんだな?」

「へっ?な、なあなあどういうことなん?」

「眠りし神は世界の均衡を支え、正す神と古い文献にある。眠りの神と云われるのは世界樹の力を修復する時に眠る事から伝わったのさ。ちなみに大地への修復は起きている時に何回かに分けて行うと書かれているな!」

「なんでそんなに知ってるの?カイザーきもちわるい…。」

「は?意味分からへんねんけど。なあジュリー!カイザーが意味分からんねん!」

「ああもう、サエにはもっと簡単に教えなきゃ駄目じゃない。」

リホソルトから変質者を見るような目で見られ、サエには意味不明と罵られ、とどめにジュリーからお叱りを受けるという、言い表せない屈辱と葛藤がカイザーに覆い被さる。

「俺のせいか!?俺のせいなのか!?しかも何だ、気持ち悪くないからな!
文献を丸暗記してるだけだ!それから意味が分からないのはサエの理解力が足りないだけだろう!」

「丸暗記って…余程暇だったのね。」

「…わたし、行くから。後よろしく。」

『 Ego sum deam somno.
Ad portare ex harmonia mundi.
Ego sum vobis. 』


リホソルトは世界樹に両手を当てて何やら唱えた途端に地面へ崩れ落ちた。

「わ、わああ!リホソルト!」

「寝てる…?」

突然倒れたリホソルトを慌てて抱き抱えると、すやすやと眠る彼女の穏やかな顔が見えた。
気絶した訳では無いと分かって、サエはほっと無い胸を撫で下ろす。

「恐らく、世界樹を立て直す仕事に入ったのよ。」

「仕事は結構何だが…このタイミングとはな!」

カイザーの目線の方角に顔を向けると、小高い丘に長い金髪を三つ編みにしたエルフの少女がいた。

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