Sae's Bible
作戦B:潜入せよ。

一方その頃。小型船でヴァイスベローの南地区にたどり着いたサエ達は、薄暗い路地裏に潜伏していた。

「デレクの奴め…なぜ少年水兵の制服なんだ!!俺を馬鹿にしているのか!」

「でも、サイズとか皆ぴったりやで?」

「身長もばっちり。」

青と白の可愛らしい少年水兵の制服は、ぺったんこの二人とチビメガネには全く違和感が無い。

「ち、違うぞ?俺が少しばかり若々しく、肌がピチピチだからであって…」

「ピチピチって『しご』なんやろ。ジュリーから聞いたで〜。」

「今の成人男性の『へいきん』は170センチなんだって。ジュリーに教えてもらったよ?」

余計な事を吹き込んだなと、カイザーは眉間に皺を寄せる。
黒い笑みを浮かべたドS 王女の姿がありありと想像出来てしまうのが、何とも憎たらしい。
いつかギャフンと言わせてやると、コスプレ三十路チビメガネが決意した瞬間だった。

「ええい言うな!さっさと作戦を遂行する!」

「「あいあいさー!」」

「一瞬で不安になった…。まあ仕方がない、ここからの作戦内容を言うからな。
しっかり聞いて覚えろよ。」

「うんうんっ!任せて〜!」

能天気に水兵の真似事をする二人だが、敬礼の手が逆だ。こんなボケを暫くの間さばかなければいけないのかと思うと、今から肩が凝る。

「目標は南地区の教皇に手紙を渡す事と、教皇の執務室にある杖を人知れず持ち去る事。
その為に俺達は、教皇の居るセント・カルミア大聖堂へ潜入する。」

「大聖堂やって!凄そうやなあ〜!絶対綺麗やで!」

「綺麗なんだ…楽しみ。」

「観光か何かと間違えるな!いいか?この潜入は警護する海軍兵の目をかい潜らなければならないんだ。
そう簡単なものではない。」

緊張感もへったくれも無い彼女達にカイザーは厳しく言い放つが、二人は相変わらずヘラヘラしており、効果はさっぱりであった。

「あ〜!やから水兵さんみたいな制服なんか〜。
でもせっかくの大聖堂やし、シスターさんの服とかも着てみたかったなあ。」

「シスター?シスターって何?」

「シスターとは修道女の呼び名だ。
修道女は信仰対象である神に仕え、修道院の規則に従い生活し、生涯独身を保つ聖職者の事をいう。
階位の低い修道女や修道士は大聖堂への出入りを禁止されているから、海軍兵の方が良いそうだ。」

完璧な回答だと胸を張るカイザーだったが、リホソルトとサエは首を捻り、互いに顔を見合わせる。

「難しくてよくわからない…。ジュリーの方がじょうず。」

「説明下手くそなんやな!私もさっぱりやわ〜。」

「お前らの理解力が足りないだけだろうが!」

「えっとなあリホソルト、シスターさんはな〜…えーと、綺麗な女の人たちが着てる黒と白の服かなんかで、んと〜とにかく!綺麗な服やねん!」

「へええ、そうなんだ…。教えてくれてありがとう。サエ。」

二人にはまるで役に立たない彼の代わりに、サエがぐだぐだな説明をした所、何と理解してしまったリホソルトがふにゃりと微笑む。

「そうそう!綺麗といえばな、私の住んでる町も綺麗やねんで!魔法いっぱいでステキやねん!」

「まちに魔法がかかってるの…?」

「せやで!お家とか道とか色んなんに魔法かかってて、すっごい便利なんやで!」

どんどんと話がずれていっている事に今更気づいたカイザーが二人の会話を遮るように口を開いた。

「 ゴホンッ…話を元に戻そう。 潜入手段はこうだ。大聖堂裏門から侵入し、警護兵に見つからぬよう2階に上がる。
教皇の礼拝時間に奥の執務室でデレクの手紙を置き、杖を頂戴する。まあ…お前達が足を引っ張らなければ大丈夫だろう。」

「へー。頑張ってなー。」

「がんばれカイザー。」

「お前らも手伝うんだよ!?」

「「ええ!?」」

二人は予想外だと言わんばかりに驚きカイザーから後ずさる。
サエにいたっては観光出来ないという事実に、ショックを受けたアホ毛がしょもんとしている。

「いかん…説明に時間を使い過ぎた。行くぞ!」

「なんかよう分からんけど、頑張ろー!おー!」

「おー。」

これから行動するに当たって不安要素だらけの2人を引き連れ、何とか大聖堂の手前まで来ることに成功した。
しかし、未だ心労は絶えないでいたカイザーは問題児達に釘を指す事に決めた。

「いいか、余計な事はせずに俺の真似をしろよ?」

「いいかー、余計なことはせずに俺のマネしろよー。」

「ええかー、余計な事せんと俺の真似しいやー。」

「今からしなくていい!!それから微妙に違うし方言を混ぜるな!!」

「今からしなくていいお。それからビミョーに違うし方言混ぜるなー。」

「今からせんでええ!それから微妙にちゃうし方言混ぜたらあかんでー!」

これ以上ツッコミを入れようと無駄だと悟ったカイザーは己の苛立ちを内に秘め、歩みを進めた。

「…もういい。行くぞ。」

「もういいかい、まぁだだよ?」

「もうええわ!ありがとうございましたー。」

この時のリホソルトとサエがとても良い笑顔だった事を彼は決して忘れない。

貝のように口を閉ざしたチビ眼鏡と観光客さながらの銀髪美人、喋りたくてうずうずしているアホ毛といった、
コスプレ三人組の珍道中はまだまだ続く。
ここまでは人目につかぬよう進んで来たが、さすがに限界のようだ。

「裏に門番が居なかったのはこれか…チッ、面倒な事を。」

裏門に兵は配置されておらず、侵入は容易かった。だが裏門から大聖堂内までの道筋はただ一つ。
その先へ通じる唯一の内門に護衛を置けば、直線で逃げ場の無い通路では侵入者など袋のネズミなのだ。

「お疲れ様です。巡回より戻りました。」

「お疲れさまー。巡回から戻ったよ。」

「乙ー。戻ったでー。」

「…は?あ、ああ…ご苦労。後ろの二人は新人か?」

門番の兵士は怪訝そうな表情でサエ達を見つめる。

「はい。今日配属になったばかりで、役割ついでに中を覚えさせようかと…。」

「うぅむ…本当か?眼鏡とアホ毛は兎も角、後の奴がどうも女子っぽいんだよなあ…。」

「なにそれ!わた「おわあああ!!ななななに言ってんだよジョン!!」

すんなり男子認定された事が気に入らなかったサエが大声で反論するのを何とか防ぎ、
まだ作戦の序盤だというのにカイザーの頬を冷や汗が伝っていた。

「んん?やはりどこか怪しいような…実は女子なんじゃないか?」

「そ、そんな馬鹿な!違いますよー!だよな、ソル!」

「へ?あー…うん?」

「気のせいかなあ…うーん、よし。通って良いぞ。」

「ありがとうございます。」

「ありがとうでござる。」

「おおきに〜。」

早足で内門をくぐり、通路に護衛の兵士が居ない事を確認した上で一旦足を止める。

「はァ〜…危ない…。いきなり話を振って悪かったなリホソルト、助かった。」

「えへへ。ほめらりた。」

「なあ!なんでリホソルトがソルで私がジョンなん!なんかリホソルトのがカッコいいねんけど!」

一発男子認定よりも偽名が格好良くない方が府に落ちないサエはカイザーに文句を言う。

「仕方ないだろう。思い付いたのが父親の名前と犬の名前だったんだからな。」

「犬とか酷いわあ!せめて猫の名前にしてや!」

「ええい!もういいだろう!さっさと先を急ぐぞ!それからリホソルト、『ほめらりた』ではなく『誉められた』だ。」

「ほめられたー!」

キリッとした顔で宣言するリホソルトの姿に不覚にも和んでしまったのは仕方がない。

3人は気を取り直して、教皇の部屋に侵入すべく通路を歩きだした。出来る限り目立たないように、尚且つ兵士らしく。
まあ、そう出来ていたのはカイザーだけで、サエとリホソルトは完全にコスプレ観光客と化していたが。

「おい、そこの3人組!」

「はっはい!何でしょうか!」

突然の呼び止めに驚いてしまったが、どうやら少し強面であるだけで只の見回り兵のようだ。

「その先は教皇様の執務室だ。許可の無い者は入れぬぞ!」

「はい。我々は本日付で執務室の清掃に当たった者であります。」

「む?そうだったか。ではしっかりと励むのだ!しっかりな!」

「はっ!畏まりました!」

見回りムキムキ兵士の目をかいくぐり、何とか執務室に潜入する事が出来た。
デレクから預かった手紙をテーブルに置き、後は教皇が礼拝を終えるまでに杖を頂くだけ。

「よーし。後は杖を探すだけだな。」

「うわああコレ!最新のやつや!しかも限定もん!高そうな魔具も一杯やな〜!」

教皇も魔法を使うのだろうか、部屋にはサエが欲しいと思っていた魔法薬や魔具が山のようにあった。
誘惑に耐えきれなかったサエは目をキラキラとさせて、それらをガチャガチャといじりだした。

「煩い!静かにしろ!遊んでいないで杖を探さないか!」

「カイザーが一番うるさいやん!」

「…ん…誰?」

喧嘩寸前の二人を他所に、ソファーでくつろいでいたリホソルトが暖炉のある壁を睨む。

「「へ?」」

暫くすると何らかの魔法で壁が扉となり、開かれた先に立っていたのは洗練された礼服に身を包んだ長い白髭の老人。
老人が部屋に足を踏み入れると扉はまた、壁となった。
そんな光景に何の魔法だろうと胸を高鳴らせるサエとは逆に、カイザーは真っ青な顔で口をパクパクさせていた。

「きょっ…きょっきょっ…!」

「久しいのう、カイザー君。」


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あきゅろす。
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