Sae's Bible
作戦A:調査せよ。
「で、このような格好で私は巻き込まれた訳ですか?」
「そういう事だな。」
キムーアから大体の話を聞いたナーナリアは頭を抱える。
彼女いわく簡単な作戦に本人の了承も無く勝手に組み込まれ、突然船室へやって来て腹に一発。
目が覚めると見知らぬ住宅街で、自分を見遣れば普段使いの巫女服を着慣れないローブがミスマッチに包み隠している。
通り魔で拉致及び横暴かつ強引な主人の行動にほとほと呆れて溜め息が出る。
「全く…王族の方々は何故こうも危ない橋を渡りたがるのですか!
こちらの身にもなって下さい!ヒヤヒヤものですよ!」
「あら?やり甲斐のある仕事じゃない。」
素敵だわ、と朗らかに笑う彼女も危ない橋が好きなようだ。
「はぁ…分かりました、分かりましたよ。それで?その怪しげな手紙を読むんですか?」
「ああ。何か合言葉が書いてあるそうだ。」
「…開けます。」
ピリリッと封蝋を破り、中の手紙を取り出す。
丁寧に二つに折られたそれを開いて、読もうとした所でナーナリアの手が止まった。
「ナーナリア?どうかしたの?」
「真っ白なんです。」
文字どころか手紙を彩る飾りすらない。本当に只の白紙。
「は?どういう事だ?」
何かを感じ取ったのだろうか、ジュリーはキョロキョロと辺りを見回して慎重に歩く。
そして、見つけたのだ。
「ふふっ、成る程ね。二人共こちらを見て。」
「「え?」」
先程は無かった。錯覚などではない、存在し得なかった怪しげな店。
それが閑静な住宅と住宅の間に押し入るようにして、建っている。
そして石造りのアーチに掛けられた看板にはこうあった。
「“ソフィア・グリモワール”?聞いた事が無い上に、この上なく怪しいですね。」
「怪しげ上等。その方が面白いだろう。さ、入るぞ。」
「確かにそうね。」
「ハァ…ミナルディ様、私が先に。」
ガチャリとドアノブを引くと、来客用のベルがカランカランと音を立てた。
店の内装は呪いの館かと見間違う不気味な外装と違い、レトロな家具で統一されている。
ただ、壁紙の色がわからない程に、背の高い本棚で四方を埋め尽くしている点を除いては。
「随分遅かったねェ、お客さん。」
部屋の奥から現れた40代ぐらいの女性は朱と銀の艶やかな着物を身に纏い、その上から淡い紫のショールを羽織っている。
「誰だ?」
「ようこそ、ソフィア・グリモワールへ。吾(わ)の名はサーガ・トキワ=シノノメ。トキワと呼ぶがよい。」
「初めまして、私は「ああー、良い良い。汝(な)が此へ来た理由も知っておるわ。」
「ふん、デレクから聞いていたのか。」
「どうかねェ?なんにせよ対価を支払えば、吾はそれで良いのでな。」
トキワは至極どうでもいいというような態度で、深緑のソファに腰掛けて足を組む。
その時あらわになった人とは異なる素足にナーナリアは目を見開いた。
「…ふむ、汝も気になるかや?吾は竜の血族の者じゃ。ほれ。」
「鱗…!?」
組まれた左足同様、捲り上げられた右腕は竜の鱗がうっすらと浮き上がっている。
更に彼女は髪に隠れて見えなかった、完全に竜の耳であるそれすらもあっさりとさらけ出した。
「竜の風貌と力を持ち合わせた希少な種族、竜人族。北の霊峰に住むといわれるけれど…まさかこんな所で出会えるとはね…。」
「毎度ながら飽きぬものよのう?そこまで珍しい物でもあるまいに。
如何せん、人という種が異物や相違を好まぬ傾向所以か。
さて…小僧の頼まれ事を片付けるとしよう。面倒な話は好まぬ、早々に受け取れ。」
「うわ、なんだコレ。」
「シスター…の服、ですよね?」
品の良い薄紫の風呂敷から垣間見える白と黒、ご丁寧に十字架も入っている。
「まあ取り敢えず着替えよ。話はそれからじゃ。」
「あ、あの…どこで着替えたら…」
「ふむ?吾は気にせぬが。どうしてもと言うのであらば、其所でするが良い。着替えた衣は此に包みなされ。」
「はい…あ、ありがとうございます。」
3人はトキワに案内された部屋で服を着替え、元の衣服を修道衣が入っていた風呂敷に包み、そこを出た。
「見ろナーナリア。意外と似合うぞ。」
「ミナルディ様ふざけないで下さい。」
「おお早かったの。吾の目測に狂いは無かったようじゃな。して、やはり汝は男物が似合うねェ。」
そう。修道衣は3人にあつらえたようにピッタリで、何故かキムーアだけが男性の物だった。
しかしまあ、それがこれまたよく似合うのだ。ちょーっと目つきが悪くて、すこーし癖がありそうな、悪徳ドS神父様といった具合で。
「で、どうすればいいんですか?」
「汝は修道女に化け、聖ディアス教会を目指すのじゃ。一人修道士だがの。」
「事件のあった教会か。ここからはどう行けばいいんだ?」
「扉を教会近くの空き家へ繋げてある。心構えが出来次第、此から出なされ。」
何らかの魔法で扉と扉を繋げたのだろう。店の扉をよく見れば、淡い銀の魔法陣が幾重にも敷かれている。
「貴女は事件について、何か知っているのかしら?」
「情報を知りたくば対価を出すが良い。小僧からは必要な衣服と手引きまでの対価しか請け負っていないでな。」
トキワが肩を揺らして意地悪く笑えば、彼女の髪に刺さる金と銀の簪がしゃらしゃらと鳴り響く。
「成る程、デレクから聞いた通りだな。それで?対価は何だ。」
「吾の知らぬ情報と金銭。汝の問いに答えるには最低でも10万リールが必要額。質に入れるのは面倒にて、物での換金は取り扱っておらん。
これが不可能ならば情報に見合う魔力だけでも請け負うがねェ?」
彼女達にとって前者は厳しいものだった。
名前どころかスリーサイズまで熟知しているトキワが知らない情報などあるのだろうか?
金銭の方は3人合わせても1万リールあるかないか。
元より現金を持ち歩く事が無い王族様々なのだから、宝物ではなく現金を扱うという事態に対応出来ないのは当たり前。
ナーナリアがどうしたものかと頭を悩ませているのも知らず、ジュリーはトキワの前に自ら進み出る。
「…私の魔力を対価に。」
「「ジュリー!」」
「お願い。」
そう願う彼女の瞳には一点の曇りも無く、強い決意が感じられた。
「良かろう。此へ。」
トキワに言われた場所へジュリーが立つと、彼女は一枚の白いタロットカードを取り出し、ジュリーの額に当てる。
5秒と経たない内にそのカードは色を変え、ジュリーの魔力を受けて黒に染まった。
「…確かに貰い受けた。では、対価に応じた吾の知る情報を語ろうぞ。何から知りたい?」
「事件時の状況を詳しく。」
魔力の減少によりジュリーの足元は少しふらつくも、何とか気力で持ちこたえ、トキワを見据える。
「事が起きたのは昨日の夕暮れ時。大斧を振り回す物騒な女子が聖ディアス教会を襲った。
女子はファルミネの聖杖を手に立ち去ったが、それを見たディアスの聖職者達は黒いマントの者によって惨殺された。」
「犯人は2人だけか?」
「否。相手方は3人。先に言った女子と小柄な者、強力な魔力を持った者…。
いずれも皆、黒のマントに身を包み隠しておったわ。
さてさて?対価分の情報は此までじゃ。後は汝で調べるのだな。」
黒のマント。リホソルトが見たカオスフィアの付き人もマントを着ていた。まさかとは思うが、嫌な予感が3人の頭をよぎる。
「……行こう。どうやらこの事件、厄介らしい。」
「そうね。その男が、カオスフィアの関係者ならば…気は抜けないわ。」
「ふむ…、汝へお負けに一つ教えてやろう。」
「何ですか?」
「次に吾の元へ扉を繋げたいなら、心でこう思え。
『トキワの林檎は苦い』と。
よいか?決して口に出してはならんぞ。心に思うだけで良い。さすれば、汝の前に扉は現れる。」
合言葉の意味はよく分からないが、それをわざわざ教えてくれるというのは再会を予言しているのか。
不敵な笑みを浮かべる彼女の指し示す扉の先は白く淡く歪んでいる。
「さあ行け。しかと確かめよ。汝に女神の加護があらん事を。」
白く歪んだ空間へと一歩踏み出せば、扉はバタンとひとりでに閉まり、気がつけばトキワの言った通りに空き家の中。
はっとなって振り向いてみると、すでにくぐった扉も歪んだ空間も彼女の気配すらも消えていた。
「へえ?本当に空き家に繋がっていたんだな。」
「トキワさん…一体何者なのかしら。」
空間を歪めて繋げるなどという強引で乱暴な魔法は聞いた事が無いし、彼女自身も不可解な点が多い。
「彼女の事も気になりますが、今は事件を調べましょう。」
「調べると言ってもなあ〜…。下手に動けば捕まるぞ?」
「そうね、特にナーナリアはおかしいものね。」
修道女の格好であるのに聖書や十字架ではなく大弓と矢を手に、3人の服が入った風呂敷を背負っている。明らかに不自然だ。
「これは仕方ないんですよ、弓をあちらに置いておくなんて出来ませんから。」
「ま、それはどうでもいい。とにかく片っ端から教会の奴に話を聞こう。それで駄目なら教会にある文献を漁るぞ。」
目が本気だ。本気と書いて殺る気だ。この場合、話を聞くではなく拷問であり、文献を漁るというのは恐喝に置き換えられる。
「ミナルディ様!そんな物騒な考え方をしてはいけません!ミナルディ様!」
「ミナルディ様じゃない、修道士様だ。」
「ふふっ。じゃあ私もジュリーではなくて、修道女様ね。」
「あああ、全くもう…!」
こうして2人の修道女と修道士は空き家から出て、聞き込み調査を開始した。
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