Sae's Bible
優雅に不穏なティータイム


荒波を乗り越えた翌日の早朝、朝食を終えたサエ達は船長に呼び出され応接室に来ていた。

「…ヴァイスベローが、半壊しました。」

「「ええ!!?」」

「…カオスフィアじゃないだろうな。」
「そんなん町の人ら大丈夫なん?大変なんちゃうん?」
「『半壊』って何?」
「町の建物が壊れてしまう事よ。」

「皆、静かに。…続けて。」

サエ達が口々に喋るのをデレクは穏やかな口調で注意する。

「はい。通信によりますと、ヴァイスベロー南地区の聖ディアス教会が何者かに襲われた模様。…死者、行方不明者は不明です。
北地区の被害は免れた為、国家状況としては『半壊』である…との事。」

「何が半壊だ、北が無事だから良いと?ふざけた事を報告する国だな。」

「ヴァイスベローは複雑な国家だからな。そのように考えてしまうのも仕方ないだろう。」

「…チッ。」

カイザーの言葉に納得出来ないのか、キムーアは舌打ちをした。
その様子を見たデレクは小さく咳ばらいをし、船長の方を見遣る。

「さて、船長。そんな状況下で船は停泊出来るのかな?」

「停泊については問題無いです。幸い、予定していた港は北地区ですので22時には着きます。」

「そう。皆も聞いての通り、後6時間だから。準備しておいてね?じゃあ解散。」

船長は早々に持ち場へ行ってしまったので、サエ達もそれぞれの船室に戻ろうと席を立つ。

「襲うやなんて…酷い事すんねんなぁ…」

「悲しい事なの?」

「ええ。誰かが傷つくのは悲しいものよ。」

「関係ない他人でも?」

「当たり前だ、国民あっての国だからな。」

キムーアの意見を後ろで聞いていたナーナリアは誇らしげに彼女の背を見つめていた。

「あ、ジュリーさん!キムーアさん!」

「ん?」
「何かしら。」

食堂を出て廊下を少し歩いている時、二人は呼ばれて振り返った。

「ちょっと僕の船室まで来てくれるかな?」

彼に連れられて船室へ入る。意外にも室内は雑然としており、様々な物が所狭しと置かれていた。

「さあ座って、楽にしててよ。」

デレクはテーブルの書物を適当に隅へ寄せて2つの椅子を引く。

「で?何の用だ。簡潔に話せ。」

「ヴァイスベローに強迫をかけるよ。」

さらりと不穏な事を言う彼は穏やかな表情で、暖かい紅茶とティースタンドをテーブルに並べる。

「あらあら、大変ね。」

「強迫〜?さっきそんな報告しなかっただろ?」

キムーアはけだるそうな口調で言いながら足を組み替える。

「この話は王族だけですべきだと判断したんだ。」

「国に関わる事か。」

「私達の身も危ういのね。」

二人はよくある話だとでも言うように、落ち着き払って紅茶を飲んだ。

「その通り!二人とも話が早くて助かるよ。」

「で、どう動く?」

「北地区の奴らは僕達を事件の首謀者に仕立てあげるつもりだ。そんな事になったらレニセロウスへ行けなくなる。
だけど強行突破なんて考え無しに動けば、向こうを敵に回して面倒が増える。
それをかい潜るには彼等が欲する物を、引き換えにすればいいのさ。」

「事件の首謀者に?」

「…ふふっ、向こう側に“良いお友達”がいるのね?」

ジュリーの問い掛けに彼は軽くウインクして微笑む。

二人のやり取りを見ていたキムーアは「お前達が味方で良かったよ」とぼやき、ティースタンドのクッキーを口へ運んだ。

「ヴァイスベローはね、国家の力を二つに分ける国なんだ。
北地区の資本国家、そして南地区の敬謙な信教国家。
南は国の復興よりも…血眼になって奪われたコレを探しているみたいだよ。」

デレクは懐から1枚の紙を取り出し、二人に見えるように置いた。
その紙には緻密に描かれた杖の模写が載せられていた。

「なんだ、ただの杖じゃないか。」

「……ファルミネの聖杖ね。永遠神ディーファの杖と語り継がれている品よ。」

「そ、南地区の者が信じて止まない永遠の女神。その杖が今回の襲撃で盗まれたんだ。」

「この胡散臭い杖を探して、ヴァイスベローに渡す代わりに…か。国で捜査する方が早くないか?」

キムーアは杖の模写を興味なさ気に見つめた後、デレクに問い掛ける。

「ああ、大丈夫さ。ヴァイスベローは国境の制約と法律で地区に干渉出来ないから。」

「私達を犯人に仕立てようとしているのは主に北。だから南を丸め込めば、捕まらずに国外へ出られるって訳ね。」

「そういう事。北は兵を出したくても出せないし、国に反感を抱いてる民が動くはずがない。
ただ残念なのは僕等が向かう港は北地区ってこと。しかも使い道の多い王族を2人連れてなんて絶好の餌だよね。」

「それで王族の私達を南地区に潜らせようという魂胆か?」

キムーアは彼の足元にある包みをちょいちょいと指差してみせる。

「アハハ!見つかってたか。それじゃ、これ。」

手渡された包みの中はケープとマント、ローブの3着。
いずれもフードが付いており、目立たない色だが質の良い布に小さく繊細な刺繍が施されている。

「3着も?よく用意出来たわね。あ、これ…いいかしら?」

ジュリーはその中から上品な深緑のケープを手に取り、ちらっとキムーアに目配せする。

キムーアは何回か軽く頷き、残った2着を適当に包んで膝へ乗せた。

「屋敷から持ってきていたんだ。いつお尋ね者になってもいいようにね!
ただ、僕のだからサイズが合わないと思う。」

「まあ…大丈夫だろう。」

「そうだ、ナーナリアさんって顔が割れてるかな?一応用意したんだけど。」

「問題無いが、面白いから着させる。」

ジュリーは小さく笑ってナーナリアは大変ね、と呟いてこう続けた。

「サエ達はどうするの?」

「船長の協力で小型船と制服を貸して貰えたから、それで南に移ってもらう。
北へ一緒に行って下手にぺらぺら喋られたら困るからね。」

「ああ、それは大いに有り得る。サエなんかは馬鹿正直過ぎるからな。」

「…さて、私達の作戦を教えて下さるかしら?」

飲み終えた紅茶のカップをしなやかに揃いのソーサーへ置き、上品な笑顔を彼に向ける。

「まず君達は用意が出来次第これで南地区の浜辺へ向かってもらう。」

デレクは内ポケットから小さな小瓶を取り出し、そっと机に置いた。

「なんだ?この瓶。」

「浮遊魔法を液状化した物。その液体を軽く舐めれば水上を跳んで行けるよ。
土を踏むと効果が消えるから注意してね。」

少し傾けて軽く降れば、中の淡い水色がキラキラと光りながら流れる。
キムーアはそれを包みの隙間からローブのポケットへ押し込んだ。

「わかったわ。着いた後どうすればいいの?」

「浜辺の脇にある石段を上ると住宅街に出る。そうしたら、この手紙を読んでね。」

「手紙?今読んだら駄目なのか?」

赤い封蝋で閉じられた手紙に手をかけると、デレクが慌ててキムーアの手を押さえた。

「ああ!駄目駄目!店に入る為の合言葉だから。」

その声にキムーアは口を尖らせながらも手紙をローブの包みに放り込む。

「普通に入れないお店なのね。闇商人の方?」

「違うよ。情報屋さ。」

「その店の主人が手助けしてくれるんだな?」

「う〜ん…多分ね!彼女は気分屋でいい加減だからなぁ〜。
そのかわりに何でも知っているし、知識と交換に貴重な品も提供してくれるよ。」

「厄介なお店と店主という事がわかったわね。」

「おい。ふと思ったんだが…ヴァイスベローに怪しまれるんじゃないか?向こうも人数位は知っているだろうし。」

「船長に上手く言ってもらって僕とレオンが乗ってる事にしたよ。後は…話し合いかな。」

「危なくないかしら…。最悪、命を落とすわよ?」

ただでさえ元皇子という厄介な立場なのに、作戦がバレでもしたら危険だ。
似たような事例を身分上、幾つか知っているジュリーとしては不安だったのだ。

「大丈夫!北の上層部にも知り合いがいるから、逃げ道はあるよ。
他に何か聞きたい事ある?」

「ありませんわ。」
「ああ。」

「じゃ、作戦開始!」


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