Sae's Bible
小さい彼

そのような事を悶々と考えながら、夕日に照らされて美しく輝く海を見つめていると後ろから軽く肩を叩かれた。
ぼんやりしていたサエは身体をびくつかせて直ぐさま後ろに振り返る。

「すまない、驚かせてしまったな。」

「あ…童顔ちびっ子メガネの人。」

咄嗟の事で名前が出てこず、サエは第一印象をズバッと言ってみた。

「カイザー・ローゼンクライツだ!人の名すら覚えられないのかお前は!
それから俺は断じて童顔ではないし、若かりし時は背が高かったのだ。
まだ成人の儀も迎えていない小娘にはわからんだろうが、三十路を越えるとそれ相応の代償があるのだよ。
大体…レオの大木が180近くあるのが異常なんだ、わかったかポニテ娘!」

メガネをかけ直しながら、自信たっぷりに弁解するカイザーはとても滑稽で、サエはケラケラと笑ってしまった。

「ははははっ!めっちゃ必死やん!ほんで?なんか用事?」

「ああ、少し早いが夕食を用意した。」

「えっ!?今何時!?」

「16時34分だ。船長によれば、この辺りの海域は丁度夕飯時になると波が荒れるらしい。」

カイザーはサエに腰から下がる銀の懐中時計の文字盤を見せて、話を続けた。

「あ、なるほど〜」

「まあ…好きな時に1階の食堂へ来てくれ。俺はまだ伝えていない奴を探しに行く。」

「ん、おっけー。行くわ〜。」

「そうだ。言い忘れた。」

「へ?」

「三食食べないと身体に悪いぞ。」

カイザーはポスッとサエの頭に手を置いて軽く撫でると、船内へ踵を返した。

「…そういやお昼……。」

珍しく考え混んでいた為、すっかりお昼ご飯の事を忘れていた。そして今頃腹の虫は我慢の限界を訴え、長い間海風に晒されていた身体は暖を求める。

「…あー、止め止め!いつまでも考えるやなんて私らしくない!お腹空いたし食堂へれっつらごー!!!」

サエが大きく伸びをして食堂へ駆けて行ったのを見て、小さく溜め息をつく。
カンカンと階段を降り、地下にある船室へ向かうと彼女は深刻な面持ちで立っていた。

「…多少気難しい顔をしていたが大丈夫だろう。食堂へ向かった。」

「申し訳ありません、ローゼンクライツさん。」

「ナーナリア。言い過ぎた事に他者へフォローを頼むのは間違いであり、正しくは自身で謝罪すべきだ。」

「……申し訳ありません。」

カイザーの的確な意見にナーナリアは再度謝罪を述べると、避けるように船室へ入ってしまった。

「全く…此処は一癖ある者ばかりだな…。」

ちらりと廊下を見れば、相も変わらずあの二人の騒々しい喧嘩が繰り広げられている。

「ルディ!ルディ!ルディってば!おーい俺の嫁!無視すんなよ!ミナルディちゃーん!」

「五月蝿い黙れ何度でも死ねやこのカスが!!!!ルディってなんだ!それから名前を呼ぶなと何度言えば理解するんだ!!!」

「ミナルディってビミョーに長くて呼びにくいから俺だけの愛称!!!ルディ〜!!」

「呼びにくいなら呼ぶな。そして散れ。」

キムーアは心底迷惑していると顔に書いてある表情で、レオンハルトの顔をわしづかみにする。
しかし、レオンハルトはそれをスルッと解いて満面の笑みを浮かべた。

「あ、じゃあルディって呼んでいいんだな!!!」

「ええい黙れ!!ミナルディ呼びを許可するからルディと呼ぶな!!!!」

やはり愛称は恥ずかしいのだろうか、キムーアは少し頬を赤く染めている。
それにしても何故、俺は壁に隠れて奴らの動きを観察しているのだろうか…我ながら疑問だ。

「ありがとうルディ〜!!!!やっぱ、かんわいいわお前〜!!うおー俺の嫁マジ美人!」

「頼むからルディと呼ぶな!!ブラウンシュヴァイク!!」

「うおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!名字呼んだあああああああ!!!!!俺の嫁が名字呼んだああああ!!」

案外上手くいくのではなかろうか。いやもう付き合えばいい。そうすれば俺があの赤い馬鹿のお守りから外れられる。

「あ!!!カイザーアアアアアアア!!我が友よ!聞いてくれ!!!俺の嫁が名字を呼んだんだあああああ!!!」

「黙れ赤い馬鹿。耳元で叫ぶんじゃない。さっさと嫁の所へ寄生しろ。」

「なーんだよー!!あ!!
さ・て・は、ミナルディに俺を取られて嫉妬してるんだろー!!!カイザーか〜わいーい!!」

誰かこの勘違い馬鹿をどうにかしてくれ。クソッ、さっさとコイツの嫁になれよ男女め。

「おい…声に出てるぞチビメガネ。」

「誰がチビメガネだ!!」

反射的にツッコミを入れたカイザーの後ろから、キムーアがひょっこりと顔を出す。とても愉しそうだ。

「チビだよなぁ?」

キムーアがニヤニヤしながらレオンに尋ねる。

「おうチビだぜ!可愛いだろ!このチビさ!何センチだっけ…160?」

「162センチだ馬鹿!」

たかが2センチ間違えただけだが、カイザーは物凄い剣幕で怒る。

「ひっく!低すぎ!私でも165以上あるのに…。」

「哀れむな撫でるな気持ち悪い!!お前らが大きすぎるだけだ!!」

彼のあまりの小ささにキムーアはカイザーの頭をぽんぽんと撫で、レオンは両方可愛いなあ〜と愛でる。
カイザーはぷんすか怒り、それを素早く振り払った。

「まあ、確かにコイツはデカイよな。何センチ?」

「俺?183〜!」

「…20センチも違う…苦労してんだな。首痛いだろ。」

「見上げ過ぎてとか言いたいのか!違うからな!全然痛くないからな!」

またしてもキムーアが哀れみの目でカイザーを見るが、彼もそれに負けじと言い返す。

「カイザーは痛く無いはずだぜ?俺が屈んでるから。」

「もう黙れよお前!お前ら仲良く食堂で夕飯食べろよ!」

とうとうガラスハートが砕けたのだろう、カイザーは捨て台詞を吐いて船内を走って行った。

「……。あいつ、面白いな。」

「だろ?」

厄介な二人が顔を合わせてニヤついていたのをカイザーは知らない。



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あきゅろす。
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