Sae's Bible
知る恐怖

船着き場はそう遠くは無かった。屋敷から少し裏手に回るとすぐの場所で、海に太陽の光が当たって美しい所だった。

「うわーい!!船やー!海やー!やほーい!!」

青と黄色のラインが交差する船体はとても大きく立派な物で、船長とクルー達がにこやかに出迎えてくれた。

「ほらほら皆!乗るよー。」

「ふね…これがふね?」

「それは碇よ。この大きなのが船。船とは水の上を進む乗り物なのよ。」

「もっとみたい…」

「そうね、まずは荷物を置いてからにしましょう。ね?」

リホソルトが目を輝かせてウズウズしているのを、ジュリーは落ち着かせる。
その時、キムーアがスッとジュリーの前に手を差し延べてきた。

「ん。」

「キムーア?」

「早く貸せ。」

「あ、はい。」

貸せと言われて本能的に自分の荷物を手渡すと、いつの間にか全員分の荷物を抱えたキムーアはスタスタと船内の奥へ足早に歩いて行った。

一瞬何の事か分からなかったジュリーだが、その行動で理解し、小さくほほ笑む。
命令的な口調で手助けをしてくれる彼女はとても不器用で優しい人だ、と。

「キムーア君は男前だね。王女様というより王子様かな?」
その様子を見て感心したデレクがナーナリアに冗談混じりで話す。

「なんであんなんになってもうたん?」

「性格がサバサバしていて、もうどうにも…。私も出来る限りで姫君としての素質を高めようとしたのですが……。」

「あ、リホソルト!見に行きたいのなら私も行くわ!」

小さく感嘆の声を上げて船内をうろうろするリホソルトの後を追いかけ、ジュリーは彼女の手を握って歩み寄る。


そんな二人の様子がとても羨ましく思えたサエは、隣に居たナーナリアの袖をガシッと掴んだ。

「なあナーナリア!お昼ご飯までまだ時間あるし、一緒に甲板行かへん?海見よー!」

「ちょ、エトワールさん!行きますから袖を引っ張らないで下さい!」

サエに袖を引かれて、ナーナリアは彼女と共に甲板へ出た。
晴れ渡る空と太陽の光を反射してキラキラと輝く大海原に、サエは子供のようにはしゃぎまわる。

「う、わああ!!海!!広いー!青いー!ヤッホー!!」

「山ではありませんから山彦は無いですよ。」

山彦待ちをしていたサエに溜め息まじりでナーナリアは告げた。
その言葉に反応したサエは、船を囲う白い手摺りの前に立つナーナリアの隣に駆け寄った。

「あれ?ナーナリアって海はもう見た事あるん?」

「あ…まあ。生まれ故郷が海に面していたので。」

「ええなあ〜!エデンは陸ばっかやから憧れるなあ〜。あれ?カロラから海見えへんのちゃう?」

カロラは陸続きの為、海が見える事は無い。せいぜい山か湖くらいだろう。

「いえ。私は生まれがパニージャという東の国で、育ちがカロラなのです。」

「へ〜そうなんや。なんでパニージャからカロラに来たん?キムーアとはカロラで知り合ったんやんな?」

「………エトワールさん、私とミナルディ様の過去に興味があるのですか?」

ナーナリアは興味津々にずばずばと詮索してくるサエの横顔を疎ましそうに見つめる。

「え?いやあ〜だってさ。
ナーナリアと二人きりで喋るん初めてやし、過去っていうか…もっと皆の事知って仲良くなりたいねん!」

「ああ、はいはい。わかりました。お話しましょう。」

「ほんまに?ありがとー!」

明らかに軽くあしらわれているのにサエは全く気がつかず、満面の笑みを浮かべる。
そんなサエを見て呆れたのだろうか、ナーナリアは流暢に話し始めた。

「私が5才となった年、パニージャでは争いが起きていました。その抗争が激しくなった為、私は父上とカロラへ逃れたのです。」

「お母さんは国に残りはったん?」

「母上は私を産み落とした時に亡くなりました。」

「あ、………。」

表情一つ変えずにサラリと言い放ったナーナリアの言葉にサエは口ごもる。

「…話を続けます。幸いにも父上とカロラ王は面識がありましたので、父上と私は王室で働く事になりました。
父上は王の護衛を、私はミナルディ様の遊び相手兼護衛として。その時、ミナルディ様に初めてお会いしました。」

「5才からもう護衛やったんか〜。しんどくなかったん?」

涼やかな海風に吹かれる髪を軽く押さえ、サエはナーナリアに質問する。

「幼少は護衛とは名ばかりで、遊び相手としてが強かったです。ミナルディ様も従者ではなく、友として扱って下さいましたから。」

「ちっちゃくてもキムーアって感じやな!やっぱりヤンチャやった?」

「はい、それはもう…元気が有り余る方でしたから。」

海を眺めながらナーナリアは当時のキムーアを思い出し、小さく笑った。
それに釣られてサエも笑みを零し、口を開く。

「おもろいなあ〜。今度ジュリーとかにも聞きたいな!昔の話!」

「あの…エトワールさん。私も一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「ん?何々?私のちっちゃい時?」

「いえ。今の貴女自身の事です。」

「今の…私?」

ナーナリアの真剣な眼差しに一瞬、たじろぐサエ。

「そうです。貴女の魔力は日々、強力になっています。…まるで制限されていた力が解けるように。」

「魔力?え?うーん…あー…魔力なあ……」

ナーナリアの言いたい事は分かる。自分でも気づいてはいたが、分からないのだ。

「すみません。困らせてしまいましたね。」

「そ、そういやさ!なんでナーナリアは私の事まだ『エトワールさん』呼びなん?サエって呼んでいいねんで!」

「……。失礼します。」

サエが無理矢理話題を変えたからだろうか、ナーナリアはスッとその場を立ち去ってしまった。


「…私の魔力、かあ…」

自分の記憶が飛んでしまっているカロラの玉座、ウォール湖で何かあったのだろう。
恐らくナーナリア達は自分の身に起こった事を知っているはず……聞かなくては。

「でも…何か怖いなあ……」

自分の事なのに知らない、わからない。それはとても奇妙で恐ろしい。記憶が無い時間に自分はどんな力を行使していたというのか。
ナーナリアが聞いてくる位だ、確実に皆は不思議に思っているだろう…いや、むしろ気味悪く感じているかもしれない。

…自分を知るのが、怖い。

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あきゅろす。
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