Sae's Bible
約束


ジュリーに連れられて来たのはとある客室だった。
コンコンと扉を上品にノックすると中から声がした。

「…誰だ?」

「私、ジュリーよ。」

「入れ。」

ガチャリとドアノブを捻り、客室に入るとキムーアが熱心に剣の手入れをしていた。

「お邪魔するわね。」

「なっ!なんでサエも居るんだ!」

「なんやの、私が居たらあかんの?」

「あの腕の件…今のサエなら知る権利があるはず、と思って連れて来たのよ。」

ジュリーの言葉にキムーアはハァッと溜め息をつき、手入れしていた剣を収める。

「まあ……、そこに座れ。」

「なあなあ〜何について話すん?腕がどうのこうの言ってたけど。」

「キムーア、話してくれるわね?」

「わかったわかった。いいか二人とも、今から話す事は他言無用だ。勿論…ナーナリアにもな。」

キムーアは言い逃れ出来そうにないな…と、二人の前に腰を下ろす。

「あら、ナーナリアは知っているんじゃなくて?」

「……知ってはいるさ。ただ、心配をかけそうな事は話していないだけだ。」

「ナーナリア心配性やもんなぁ〜。」

「それで?」

ジュリーの抑圧的な微笑みにキムーアはたじろぐ。

「あああ、わかったから。まあ見てくれないか…」

バサリと上半身の服を脱ぎ、黒のタンクトップ姿になるキムーア。
露わになった両腕で一際目を引くのは左腕の大きな刺し傷。

「なんか剣でも刺さったみたいな傷やな。」

「確かに剣で貫かれたな。」

「それだけじゃない…のね?」

「簡潔に言うと…呪いをかけられている。」

見たところ刺し傷だけのように思うが、呪いならば話は別だ。呪いの手法は魔法と術者によって様々なのだから。

「呪い?!危ないんちゃうん?それナーナリアは…」

「知らないな。それに気付けないだろう。」

「気付けない…?仮にもナーナリアは東系術師よ、触れたら呪いの魔力に気付くはずだわ。」

呪いはかけられた本人の刻印、もしくは傷に触れる事で魔力を感じ取る事ができる。
一般人よりも強い魔力を持つナーナリアなら直ぐに気付くだろう。

「それにしても、どんな呪いなん?」

「そう焦るな。この呪いは親父が暗殺される数週間前、何者かにかけられたものだ。」

呪いをかけられたのはカロラ国王暗殺事件があった4年前。
深夜に自室で寝ていた所、何かの布で顔全体を覆われ、身体を拘束された。
そして犯人が左腕を刺したので、反発すると直ぐさま窓から立ち去ったのだそうだ。

「すぐに追いかけようとしたんだが、左腕に長剣が刺さっていてな。不甲斐ない話だが…動けなかった。」

長い間呪いをかけられていたが、体にも精神にも異常は無いと言う。
また、自国で広がりつつあった東系魔法で極秘に診せた。
しかし何も分からず、判明したのは『東系魔法では無い強力な呪いをかけられている』という事だけ。

「ナーナリアは、東系魔法以外は分からないの?」

「そういう訳では無い。アイツは東系魔法以外の魔法も察知できるし、防ぐ事が出来る。
ただ…今のナーナリアはな、自身の病いの為に魔法で呪いに関する一切の事を封じたんだ。
過去の記憶から、私が剣で利き腕を負傷した事実は把握しているが、
今のアイツが私の腕を見ても、呪いを感じとることは出来ない。」

つまりナーナリアは東系魔法を含め、呪いに関する魔法全般を感じ取る事が出来ないのだ。

「なんで封じたん?そりゃあ呪いは悪い事やけど、それやったら解呪も出来ひんし不便やろ?」

「そうね…メリットがあるとすれば自身が呪いにかからない、といった所かしら。」

「その話はいずれ…な。二人に聞く。この腕の呪い…何かわかるか?どうやら剣で貫かれた時にかけられたらしいんだが…」

今はまだ話したくないのだろう。キムーアは直ぐに呪いの事へ話を切り替えた。

「ん〜…オリジンやないよ。オリジン魔法なら、呪いの刻印が必ず身体に出てしまうねん。
ほら、リホソルトの時みたいな奴が。」

オリジン魔法は刻印や魔石といった魔法的媒介が無ければ、呪う事や操る事は出来ない。
サエはキムーアに了承を得て、体に刻印が無いか調べたが何もなかった。

「そうね、どちらかといえばエルフに近いわね。
エルフ魔法は呪う相手の血を媒介とするから、剣で貫いた時の出血を利用したのかもしれないわ。」

ジュリーはキムーアの腕を診ながら呪いの魔力を読み取る。

「他に何か分からないか?!例えば…どういった呪いなのか、呪いを解くにはとか。」

「それが…エルフ魔法らしきものと別の魔法が入り組んだ呪いだから、詳しくは分からないの。
ただ言えるのは、この呪いがとても強い力を持っている事かしら。」

「うん。そやな、こんだけ魔力が強いと…多分かけた本人しか解呪、出来ひんと思う。」

「やはり…そうか。呪いをかけられてから、何となくそうだろうとは思っていた。」

「この事、ナーナリアに言うべきだわ。貴女の大事な従者なんだもの…。」

もしかしたら死に至る程の呪いなのかもしれないのだから…と、ジュリーは深刻な表情でキムーアに告げる。

「それは出来ない。」

「えっ、なんで?!自分が呪いにかかってるって知っといて貰わんと…」

「仮にだ、仮に言うとする。
そうしたらナーナリアは今まで以上に私を守ろうとするだろう…自身の危険を顧みずにな。
それに…言ったとしても、ナーナリアは呪いを感じる事が出来ない。
呪いに干渉できないアイツは自分の無力さに苦しむだろう。
そんな思いをさせたくは無いんだ…アイツが苦しむのはもう見たくない。」

そう言い切ったキムーアの瞳からは強い決意を感じられた。

「キムーア…」

「よし、わかった。私…ナーナリアにも誰にも言わへん。
けど、キムーアの力になる!キムーアの呪いが解けるように頑張るから!」

「そうね。私も色々な文献で探してみるわ。」

「……すまない。それから、くれぐれもナーナリアにはバレないようにして欲しい。」

二人の思いがけない言葉にキムーアは深く頭を下げる。

「だ〜いじょーぶやって!!任せときー!」

「あら、もうこんな時間なのね…そろそろ部屋に戻りましょうか。」

部屋の時計が午後10時の鐘を鳴らした。

「せやな〜。私お風呂入りたいし。」

「キムーア、余り溜め込んでは駄目よ。きちんと話してね。
私達…共に戦うのだから。」

「…ああ。」

彼女の少し柔らかな表情を見て、サエ達は部屋を出る。

少し廊下を歩いた所でサエがジュリーに語りかけた。

「なあなあ!ジュリーもお風呂入らん?なんかな、おっきい『ロテンブロ』ゆーのがあんねんて!!」

「悪いけれど遠慮しておくわ。少し考えたい事もあるし…」

「そお?んじゃ、私入って来るわ〜!気ぃ向いたら来てなっ!」

「ふぅっ……いつまでそうしているつもり?」

サエがパタパタと走り去ったのを確認してから、ジュリーが溜め息混じりに呟く。


すると…どうやって潜り込んだのか分からないが、天井からアキルノアがスタッと軽やかに降り立つ。

「やっぱバレちょっと?腕落ちたかな〜。」

「何か話したい事でもあるのかしら、アキルノア。」

「あー…いや、別にたいしたことじゃないんすけどね。とりあえず、場所変えてもよかですか?」

アキルノアと共に屋敷の3階へ上がり、硝子扉を隔てたバルコニーに出る。

「ふふっ、貴女が私を外に連れ出すだなんて…何年ぶりかしら。」

「さあ?もう随分たっちょるけぇ、わがらね。」

二人で幼い頃を思い出し、互いにくすりと笑う。

「…で、何の話かしら?」

「姫様。眠りの谷でガキと戦った時の事、覚えてますかね?」

「…………覚えているわ。また、あの姿になったのよね…。」

意識はほぼ持っていかれていたが、前にもあった事だ。身体の感覚で分かったのだ。

「ええ…なった時は驚きましたけどね、何とかごまかしよっと。姫様…魔力は、大丈夫っすよね?」

「恐らくね。宵闇の力は私の魔力と二分されたみたいだわ。まだ…大丈夫よ。」

「…すみません、姫様!!私が…私が悪いんです…!!姫様にこんな重荷を背負わせたのはっ…私です!何度お詫び申し上げても足りない…」

アキルノアは抑えていた思いを一気に吐き出した。それを告げても、この残酷な定めは変わらない事など承知の上だった。
ただ、謝りたかった。元はといえば自分が悪いのだから。

「馬鹿ね…本当に、おバカね。
アキルノア、これは仕方ない事なのよ。貴女が背負う事ないの、私の運命だったのよ。」

「…姫様。でもあの時、私が「だから貴女は、私を守るのでしょう?」

「!」

アキルノアはジュリーの言った言葉にハッとした。

「貴女は何よりも、私を守る。私は貴女の為に国を守る。」

「…っ!姫様…。」

「もう一度、約束よ。」

「仰せのままに!」



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あきゅろす。
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