Sae's Bible
港の国と黒い屋敷
「あそこに見える港町がポートレイムね。」
なだらかな道の先に海と青い屋根が並ぶ町並みが見える。
「こっちは何…?」
「ああ、そっちはレイトウッドの森だ。昔はヴァイスベロー国に繋がっていたんだがな…今は魔物が居るから立入禁止なんだ。」
リホソルトが指差した先には緑が覆い茂り、時折獣の鳴き声が辺りに響いている。
「まもの…?」
「人を襲う魔力を持った獣の事っすよ!意外と食べれる奴も居るけんど。」
「アキルノア!リホソルトに変なことを吹き込まないで。
本気にしては駄目よリホソルト、アキルノアの話は彼女だけに有り得る事だから。」
「おい、あのアポニテ走ってったぞ。」
「あらあら…本当に団体行動と難しい話が嫌いなのね。早く追いかけましょうか、リホソルトが立ち寝しそうだもの。」
ジュリー達はもう既にポートレイムに行ってしまったサエを追いかけて、短い道のりを歩き始めた。
その頃サエは、ポートレイムの商店街で雑貨屋などを見て回っており、宿を探すというような気の利いた事はしていなかった。
「うわあ!このマントええなあ!カッコイー!!」
「カッコイー!じゃないだろうが。このアポニテめ。」
「もぎゃー!!!ポニテちぎれる!うわああああ、ごめんってぇ〜!!」
サエは後を追いかけて来たキムーアにポニテをむんずと捕まれたまま、謝罪した。
「もう…サエ、勝手な行動はしないで頂戴。このご時世、何があるか分からないのよ?」
「うん、ごめんなー。私、海初めてやったからはしゃいでもうてん。」
「の割には、雑貨屋のマントではしゃいどっちょるけぇー。恥ずかしい奴さね。」
「言ってる本人も言えた事じゃないのですが…」
ナーナリアはアキルノアの食べているポートレイム特製蕎麦アイスを見て、溜め息をつく。
「あああああっ!!!!」
武器屋の槍に夢中になっていたレオが突然、大声をあげた。
「うるせえ、大きな声を出すな。」
「デレク!!」
「は?デレク?」
「やあ、レオにカイザー。久しぶりだね。」
レオの隣にしれっと立っていた青年が笑顔で挨拶をする。
「あの…どちら様ですか?」
「新しい仲間かな?僕はデレク・ジルベール・フォン・グラスィオン・ウィルドース。元セントレード第6皇子です。」
「で、デレク・じるべーるふぉんぐらしゅ…言いにくい名前やなあっ!!」
「デレクでいいよ。皆かわいらしいお嬢さんだね、レオが引っかけたのかな?」
デレクは柔らかな微笑みでサエ達にお辞儀をした。とても優雅だが気取ったそぶりは無く、育ちの良さが分かる。
「引っかけたというより、ある意味冷や汗をかいた…」
「あ、紹介するぜデレク。俺の嫁。」
「断じて違う。決め付けるな馬鹿野郎。」
もはやレオの口癖と化している台詞をキムーアが一刀両断する。
「レオは良い男だよ。真っすぐだし、一途だから浮気の心配も無い。それに容姿も中々カッコイイと思うけどなぁ…少し暑苦しいくらい。」
「お勧めされていますよ、ミナルディ様。どうなさいますか?」
「どうもせんわ!!」
ナーナリアのちょっとしたボケに少し、笑いが零れた。
きっと最近苛立っていた事を心配させてしまったのだな、と察したキムーアはナーナリアの頭をワシワシと撫でて、互いに小さく微笑んだ。
「お似合いだと思うんだけどなあ。そういえば、皆は宿をとったのかい?」
「いえ、まだですわ。これからアキルノアにパシらせようかと。」
さらっとパシリ宣告を受けたアキルノアが食べ終わりかけていたアイスを、ゴフッと喉に詰まらせてむせる。
「じゃあ丁度いい。僕の屋敷に来るといいよ。沢山部屋も空いてるし、晩御飯も出させるよ。」
デレクの言葉にアキルノアはホッと一息つき、蕎麦アイスを完食した。
「さっすがデレク!伊達に元皇子じゃねえよな!!」
デレクの提案に甘える事になったサエ達は彼の案内の元、屋敷を目指して歩き出した。
ウィルドース邸は港近くにあるポートレイムでは珍しい、黒い屋根の屋敷だそうだ。
「なあ、なんで元なん?皇子って楽しくなかったん?」
「うん。皇子が6人兄弟で腹違いとなると、すごく面倒なんだよ。
末っ子だし…ほぼ放置されてたから好きにさせて貰えたのが救いかな。」
少し自分を卑下しながらデレクは苦笑いする。
「確か国王の政治方針が気に食わないだか何だかで、王位継承権を放棄したんだろう?」
「だから母方の爵位と姓を名乗っているのね。」
「なんで…みんな知ってるの?知らない人なのに。」
「世の中には新聞っつー便利なもんがあってですねぇ、色んな情報が載ってんすよ。」
リホソルトの質問を自慢げに回答するアキルノア。
「しんぶん…便利だね。」
まだ見たことの無い物を想像して、リホソルトはふわりと笑った。
「気になっていたんだが…この娘は箱入り娘か何かか?世界情勢どころか、日用品まで知らないではないか。」
「しゃあないやん、リホソルトは眠りの神さんやねんもん!」
「え?眠りの神って、あの眠りの谷の?」
「……あ。」
サエは言った直後に気付いた。リホソルトが眠りの神であると話してしまって大丈夫だったのだろうか…と。
「ふふ、大丈夫よ。彼女は人間離れした力を持っている神だから、下手に隠すより話してしまった方が楽で良いの。」
慌てているサエにジュリーが小声で事情を教えてくれた。それを聞いたサエはホッと胸を撫で下ろす。
「なぁんかすげーメンツだよな。王族が3人に神さんが1人、パンピーが4人かぁ〜。」
レオは間近に見える海を見ながらしみじみと言う。
商店街を抜けて港の近くまでやって来ただからだろうか、潮の匂いと波の音が聞こえる。
「王族の御命は最優先されます。それ故に生存率が高いのでしょう。」
「あんたは従者の鑑みたいだな。結構美人なのに勿体ねーなぁ〜。」
「ふっ。ナーナリアは私の従者だからな。当たり前だ。」
「本当に羨ましいわ、蕎麦馬鹿と代えて欲しいくらいよ。」
「あ!!あの屋敷?そうやんな?」
黒と白の色合いが美しい大きな屋敷の門柱にはウィルドースの紋章が彫られていた。
「うん、そうだよ。僕が持ってる唯一の屋敷。土地はグラスィオン氷原だけ。」
「ぐらしおん?どこ?」
「グラスィオン氷原ですよ。遥か北にある極寒の氷で覆われた大地です。」
「こおりって?」
「ふふふ、リホソルトは何でも興味津々ね。教えがいがあるわ。」
「そこまで無知な人間、いや神か…初めて見た。ある意味変わった視点から世界を見れるのだろうな。」
カイザー達の話を横目に、デレクは屋敷の者に玄関扉を開けさせた。
「はい到着。ようこそ、我がウィルドースの屋敷へ。」
デレクを先頭に屋敷へ入ると、彼の従者であるメイドや執事が温かく迎えてくれた。
「うわああ!キレー!!!広っ!!ソファーふかふかや!!!部屋いっぱいあるー!!!」
屋敷に着いた途端、サエはバタバタと屋敷を探索して歓喜の声を上げる。
「見て頂戴リホソルト。ああゆうのをね、非常識っていうのよ。」
「礼儀知らずとも言います。リホソルトさんも振る舞いには気をつけて下さい。」
ジュリーとナーナリアはリホソルトにサエの行動が非常識である事を優しく教える。
「おい…そこのみっともないアポニテ。大人しくしろ、斬られたいのか。」
「は、はい………」
招かれた屋敷ではしゃぎ回ったサエはキムーアの手によって制止され、反省の為に正座を強いられた。
「力の上下関係が明らかだな。予想通りだったが。」
「いいじゃーん、さすが俺の嫁。常に強者!!かっくいー!!!!」
「お前が真っ先に斬られたいようだな。」
キムーアの剣筋をひょいひょいと笑いながら避けるレオは、実に嬉しそうである。
「うん。やっぱりお似合いだよ、あの二人。将来結婚するだろうなあ〜。」
「デレク…発言には気をつけんか。下手をすると首が飛ぶぞ。」
デレクの未来予言は、幸いキムーアの耳には入らなかったようだ。
「ちょいと旦那!厨房はどこっすか?蕎麦作りたい。」
「ああ厨房なら、そこの部「教えなくて結構よ。ご迷惑をかけてしまうから。」
ジュリーのおかげでサエ達の食卓の平和は守られた。
そんな中、反省中の彼女が怖ず怖ずと手を挙げた。
「あ、あのぅ〜。」
「なんだアポニテ。正座の足を崩すのは許可しないぞ。」
「いや、それも限界やねんけど…お腹空いてん。」
「…ふむ、それには同意しよう。飯はまだか?」
二人して腹の虫が鳴いた時、厨房からメイド達が銀の食器類を次々と運んで来た。
「時間通りだね。」
「デレク様、全て完了致しました。御用の際はベルで御呼び立て下さいませ。」
「ありがとう。下がっていいよ。」
メイド達はデレクに一礼すると静かに部屋を後にした。
「すごいご馳走やな!」
「蕎麦が無い…だと!?」
「こんなに食べ切れるかしら…」
「残ったら俺に任せてくれよ!いくらでも食べるぜ!」
並べられた料理の数はサエ達の想像以上で、食べ切れるか不安に思う程だった。
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