Sae's Bible
銀光の女神


一方その頃、ジュリーはミュー君を抱きしめて、なだめていた。

「大丈夫よ、キムーアは。」

「…………。」

先程までずっと震えていたミュー君の身体がようやく落ち着きを取り戻して来たのをジュリーは体で感じた。

「あなたのせいじゃないわ、だってお姉様が心配だったんでしょう?」

「………うん。」

「お姉様の為にも早くこの戦いを終わらせなくてはね。」

「ねーねの為…」

ジュリーは抱きしめていた両腕をミュー君からゆっくり離す。

「…もう大丈夫ね。ミュー君、私は戦いに戻るわ。二人だけでは…ね?」

「おねーちゃん!」

「ん?なあに?」

「…エルフのおねーちゃん、僕の力を使って。」

「ミュー君の力…?」

そういえば魔力が底をついた時にミュー君から力を貰った。その力は今でも感じとる事のできる『宵闇の力』。

「成功するかわかんないけど…ポニテのおねーちゃんの兄ちゃんの力、エルフのおねーちゃんにあげた僕の力を合わせれば…もしかしたら…」

ミュー君によると二人に与えられた二つの力に念じて解放すれば、強力な魔法が生み出せるという。

「私の…力と、サエの力ね。ミュー君、待っていて。私達が必ずお姉様を元に戻して差し上げるわ。」

「絶対…絶対なのだよ!兄ちゃんも、ねーねも…起こしてあげて欲しいのだよっ!」

ジュリーは深く頷き、ミュー君の頭を撫でてサエ達の元へ向かった。

「ジュリー!!大変やねん!私、私の魔法が遅いからナーナリアが!!」

「ナーナリア!?」

「ジュリー…私は気にせず、早く刻印を…今なら…っ……!!」

右肩から滴る血を押さえながらも、鮮血に染まった式符で眠りの神の動きを何とか封じているナーナリア。

しかしそれも長くは持たないだろうと思ったジュリーは一か八か、賭けに出た。

「サエ!!ミュー君のお兄様から貰った力を解放して!」

「は、え!?セー君の力!?解放ってどうやって!?」

「セー君の事を強く念じて!解放出来たら私の手を握って!とにかくやって!時間がないわ!!」

「う、うんっ!!」

サエはセークリットの事を、ジュリーはミューリットの事を強く念じた。
すると二人の足元に大きな一つの魔法陣が現れた。

「な、何これ!!」
「力が…溢れてくるわ…!」


頭と身体に直接流れ込んでくる呪文と魔力を受け止め、二人は手と手を取り合った。

具現せよ光陽の盾
具現せよ銀星の剣

光と暁が力以て
影と闇より授ける調べ

共鳴せよ銀星の剣
共鳴せよ光陽の盾

星陽の女神から受け継ぐ力
銀光の女神へ伝える軌跡

光輝星のハーモニー!!



カッ!!!


「ぐあああっ!!!!」

光り輝く閃光が寝所を駆け巡り、眠りの神の刻印を打ち砕いた。

「………うっ……」

眠りの神は刻印のあった首筋を押さえて、ゆっくりと上体を起こす。

「ああ…最悪の気分。」

「ねーねっ!!!!」

けだるそうにしている眠りの神を見たミュー君が真っ先に駆けて、強く抱き着いた。

「ど、どうやら元に戻ったみたいね…」

「そう、みたいやな。よかったぁぁぁ…。」

眠りの神が正気に戻ったのを見届けたサエとジュリーは、漸く手を離した。

「ひめ…さま…」

「アキルノア!?貴女動いたらダメよ!ナーナリア、キムーアも!!」

「う、すみません…眠りの神の様子が気になって…」

「ハァッ…しかたないだろう…ジュリー…に、治癒…をしてもらわな、くては…ぐっ!!」

どうやらアキルノアの毒は眠りの神が正気に戻った事で消え去ったようだ。しかし、キムーアやナーナリアの戦いで負った傷は直ぐにも治癒が必要な程に出血していた。

「キムーア…『腕の傷』の件は落ち着いた時に問いただすから覚悟して頂戴ね。」

「はは、後回しか。言い逃れ出来ないな…」

耳元で囁かれたジュリーの言葉にキムーアは少し悲しそうな顔で腕を抑えた。

「ねーね!お願いなのだよー!あの人達を治してあげて欲しいのだよー!!」

「はいはい…わかったわかった。…怪我人、並んで。」

眠りの神は眠そうに目を擦りながらサエ達の前に立つ。

「治してくれんの!?」

「さっさとしてよ、眠いんだから。」

キムーアは眠りの神の物言いにカチンときていたようだが、傷のせいもあって大人しく並んでいた。

「いくよー…………はい、終了。」

眠りの神が両手を突き出して目を閉じただけで、キムーア達の傷はまるで何事もなかったかのように治癒されていた。

「うおー!!痛くない!!」

「ほんまや!!めっちゃ綺麗に無くなってるやん!!」

「お黙り二人とも。」

「すごい……痛みが消え去った…」

「感心してる場合じゃないぞナーナリア。眠りの神よ、何故正気を失っていた?ここで何があった?」

キムーアが眠りの神に厳しい声色で問い掛けると、眠りの神は眉間に皺を寄せた。

「…そういうあんたらは誰?勝手に私の家に入り込んで…ミュリーが少し懐いてるのも気に食わないし。」


「ねーね!おねーちゃん達は良い人だよ!ねーねを助けてくれたし!あ!!そうだ、兄ちゃん!!ねーね、兄ちゃんは?兄ちゃん見えなくなっちゃったのだよー!!」

ミュー君は眠りの神にサエ達の事やセークリットの事を必死になって喋る。

「とりあえず自己紹介をして頂けませんか?
私はジュリー、ジュリー・ベルベット・レニセロウス。こちらは私の従者のアキルノア・ホルスト。レニセロウス国から参りました。」

流石に神様相手に偽名はマズイと判断したジュリーは正式名を丁寧に名乗った。

「…ふぅん…で、後の人は誰?」

ジュリーとアキルノアの自己紹介を聞いて、眠りの神はキムーア達にも自己紹介を促す。

「チッ、その物の言い方はどうにかならんのか?」

「ミナルディ様っ!申し遅れました。この方はミナルディ・キムーア・カロラ様、私はナーナリア・シルヴィエ。私共はカロラ国の者です。」

ふて腐れて自己紹介をしたがらないキムーアに代わり、ナーナリアがジュリーと同じように挨拶をする。

「私はサエ!!サエ・エトワール!!エデン出身の魔導師やで!!」

「……私はリホソルト。リホソルト・スリープ。」

「なぁなぁ、リホソルト!セー君しらん?セークリット君。さっきまで見えててんけど、今おらんねん。」

「サエ!貴女、神様に向かって何と言う口の聞き方を!」

「ん…いい、リホソルトで。そう呼ばれたのは久しぶりだし…」

リホソルトは少し嬉しそうに目を細めて微笑む。

「そんで、セー君は?」

「セークリット…リットは…私が…消した。」

「消した!?」

「ねーね!嘘…だよね?ねーねはそんな事しないもんね?」

涙ぐんだミュー君が俯いたリホソルトの体を揺さぶる。

「…本当。私が、リットの存在を否定したから…リットは消えた。」

「なんで?なんで否定したん?セー君可哀相やんか。」

「リットの力が、光の力が私を越えた。…あの子は力を制御出来ないはずだから…だから…」

「制御ねぇ…それをセークリットとやらに教えてやれば良かったんじゃないのか?」

「駄目!!制御を、教えたらリットは賢いから…私を必要としなくなる…」

今までゆったりとした口調だったリホソルトがキムーアの提案に初めて声を荒げる。

「そんなんアンタのエゴやろ!セー君はリホソルトの事大好きやしアンタもセー君好きなんやろ!信頼してるんやろ!?好きなんやったら必要とか不必要とか関係なく傍におるもんや!下らん事でセー君を悲しませんと一緒に居たらいいやん!」

「出たよポニテ節!いだだだだだ!!姫様痛い!足の小指マジ痛い!」

サエの感情が大爆発したポニテ節にアキルノアが合いの手を入れようとしたが、ジュリーの無言の攻撃によってそれは制止された。

「眠りの神、いいえ…リホソルト。必要なのは貴女のセークリット君に対する気持ちです。セークリット君は、大切ではありませんか?」

「ねーね…僕も、兄ちゃんも、ねーねが大事なのだよー。ねーねは?僕達の事嫌い?」

「あ…大事、大事だよミュリー…リット!!リット!」

パァアアアアッ!!!

寝所に散らばって見えなかった光の破片がリホソルトの前に集まっていく。それは小さな人の姿になり、カッとまばゆい光を放つと可愛いらしい男の子が現れた。


「リット!!!!」
「兄ちゃん!!!」


「…ねーねのバカヤロー!!寂しかったんだからなー!!」

セークリットはぼろぼろと涙を零しながらリホソルトとミュー君に抱き着いた。




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あきゅろす。
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