Sae's Bible
神の仕事と暁
「んじゃさっきの白い部屋と扉はなんやったん?」
「あそこは対侵入者用の部屋で、実際には無い部屋と扉なのだよー!」
「あら?ではこの宵闇の扉が入口なのかしら?」
「そうなのだよ〜!螺旋階段と宵闇の扉の前に霧と一緒に、おっきな幻覚魔法を仕掛けてるから〜必ずあの部屋を見ちゃうのだよー!」
「つまり、濃い霧で仕掛けた魔法を見えなくしておいて、霧が晴れた時に魔法が作動する…という事ですか?」
「うん、そゆこと〜!」
「お前の帽子変わってるな。帽子なのに猫の耳がついてんのか。」
「あぁっ!!ミュー君の帽子返せなのだよー!!」
キムーアがミュー君の帽子をサッと取り上げ、くるくると人差し指で回す。
それを取り返そうとミュー君が必死にキムーアの周りをぴょんぴょん跳び回る。
「ちょっとキムーアいじめすぎやでっ!返したってや〜。」
「ほらよ、ちびすけ。」
キムーアはミュー君の頭にぎゅむっと帽子を押し付ける。
「むー…このお兄ちゃんは僕に冷たいのだよー!」
ミュー君は帽子を被り直しながらキムーアを見て口を尖らせる。
「なっ!!ミナルディ様は確かに男っぽいですけれど女性で「良いんだナーナリア。女扱いされるよりマシだ。」
ナーナリアの抗議の声をキムーアは何処か嬉しそうに、そして悪戯に笑って遮る。
「おいガキ、話ながら歩かないと日が暮れるぞ?ただでさえチビなんだからな。」
「むぎぎ…チビって言うななのだよー!!ミュー君は歩くの速いのだよー!」
そう言ってミュー君がいきなり早足で歩きだす。
その歩き方はまるで鶏に必死でついて行くヒヨコのようで、可愛いらしい。
サエ達はクスクスと笑いながらミュー君の後に続いて、寝所の奥へと歩みを進める。
「あ、そうそう!さっきのが宵闇の扉なら『暁の扉』はどこにあるん?」
「……、ホントはもう少し歩いたら見えたのだよー…。今は見えないのだよー…。」
「見えない?宵闇の扉みたいなのだったら見えるでしょ、でかいし。」
カツカツとサエ達の足音が寝所中に響く。
「…僕は詳しく知らないんだけど、ねーねが目覚める事を拒否したんだ。だから扉と兄ちゃんは見えなくなっちゃったのだよー…。」
「目覚める事を拒否って…どういう事なん?ずっと寝てんの?」
「うん。2週間前から、ねーねは…ず〜っと寝てるのだよー…」
サエの問い掛けにミュー君はぎゅっと服の裾を握って悲しげに言う。
「え?寝てるのは眠りの神なんだから当たり前じゃないんすか?」
「違うよう!眠りの神は確かに寝るのがお仕事だけど、目覚めないと死んじゃうのだよっ!!」
強く言い放ったミュー君の頬に一筋の涙が伝う。
「死ぬ!?」
サエ達が驚きを隠せぬ中、ジュリーは何も言わずに彼の溢れる涙を指で優しく拭い、そっと手を握った。
「どういう事だ?神が死ぬなど…」
「詳しく説明して頂戴、ミュー君。」
「あ、えっと…『死ぬ』っていうのは僕らにとって『与えられたお仕事を15日間ホウキすること』なのだよー。」
「仕事というと…眠る事ですか?その仕事を放棄したなら起きているのでは?」
「ううん、ねーねがホウキしたのは『目覚めること』。ねーねは目覚めて大地のお仕事をしないと駄目なんだ。そのお仕事を兄ちゃんがお手伝いしてたから…兄ちゃんは消えちゃったんだと思う。」
ミュー君は俯いてジュリーの服をぎゅっと掴む。
「成る程な。目覚める事を拒否した、つまりそれは大地の仕事の放棄。」
「なぁ、がきんちょ!さっき言ってたけんど、15日間ホウキしたらどうなるのさ?」
アキルノアの問い掛けに、ミュー君は一瞬たじろぐが小さな声で応えた。
「…消えちゃうのだよー…。ねーねも…僕らも。それにねーねがお仕事でやってた大地と世界樹のお世話も無くなっちゃう。だから…」
「大地と世界樹が枯れるって訳か。」
「何かようわからんねんけど、どういう事なん??」
「ほんっとにアポニテだねー全く〜!つまり、偏って仕事し過ぎてる神さんを起こさないと大地が枯れるんだと。」
「え、ええっ!!!!?あかんやんそれ!!」
ようやくサエは事の重大さに気づいたようだ。
丁度その時、ミュー君がピタリと歩みを止めた。
「ねーね…」
ぽつりと呟くミュー君の前に、銀髪の少女が横たわっている。
少女の瞼は固く閉じられていたが、その容姿はサエ達と変わらないあどけなさがあった。
「…こいつが…眠りの神?私達と変わらないな。」
「そうですね…もっと神々しい方かと思っていました。」
サエ達は眠りの神を取り囲むように立ち、少女の様子を見る。
「やはり目覚めないのね…」
「こんなときに兄ちゃんが居ればなのだよー……兄ちゃん…」
《…っ…ミュー…》
「ん?」
微かな呼び声が聞こえ、サエは辺りを見回す。
「どうしたよアポニテ。」
「なぁなぁ、なんか…誰かの泣いてる声聞こえへん?」
「はぁ?」
「…別に何も聞こえませんわよ?」
「幻聴じゃないか?」
「聞き間違いでしょう、風の入る音とかですよ。」
「そうかなぁ…?」
サエは不思議に思い、もう一度耳を澄ませる。
《…た……………!!…俺…………………よぅ……!!》
「やっぱ誰か泣いてる!あっちの方からや!」
ぐずつき酷く泣いているので、何を言っているか分からない。
サエは心の赴くままに声のする方へ走り出した。
「あっ!エトワールさん!」
「ほっとけナーナリア。あんなこと言って構って欲しいだけだろ。」
サエの突然の行動にキムーア達は違和感を覚えたが、追いかけようとはしなかった。
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