Sae's Bible
馬車に乗って
朝になり、身支度を整えたサエ達は泊まっていた宿を出た。

「あ、馬車を用意して来ます姫様っ!!」

アキルノアはそう言って目にもとまらぬ速さでどこかに行ってしまった。

「なぁジュリー、消失事件て今までに何回あったん?」

「正確には、3回よ。」

「3回も?」

意外だった。知らない間に3回も人々が消えていたなんて。
今の世界は結構大変なんじゃないか、とサエは少し不安になった。

「ええ、最初に起こったのは今から行くカロラ国。
次に北にあるマーファクト国、そしてセントレードで人々は消失しているわ。
サエの知っての通り、エデンは時を止められただけで消失はしていないし、レニセロウスは宮殿内の人々が石となっただけで国民は無事よ。」

「じゃあなんで、レニセロウスとエデンは消失じゃなかったんやろ?」

「わからないわ…。けれど、カロラの目撃者は………言いにくいのだけれど…
長い紫の髪を垂らしたエデンの魔導師がやった…と言う証言をしているの。新聞の情報だから信用ならないけれど…。」

「エデンの人やないよ!!!」

サエはつい怒ってしまった。
でも、エデンの人が犯人だなんて信じられないし…信じたくない。
そんな時、アキルノアが走ってくるのが見えた。

「姫様ぁ!!行ってくれる馬車見つけましたよ!」

「あら、遅かったのねアキルノア。馬車でさえ見つけられないのかしら。」

「違いますよ!!馬車は山ほど見つけたんですけどねぇ…。
カロラに行きたいと言うと皆、いやだとかやめろとかふざけんじゃねぇとか言いやがりましたんで、軽く蕎麦を口に押し込んでやりました。
その中で快く引き受けてくれたんですよこのじいさん。」

あの蕎麦らしきものを口に押し込まれた人が可哀相すぎる。
アキルノアの後ろでおじいさんがばれないように小さな声で「ばーかばーかばーか」と連呼している。
どうやらおじいさんも得体の知れない物体を押し込まれたらしい。

「とりあえず、乗りましょう姫様っ!!ほらサエもボケボケしてないでさっさとする!!」

サエ達は若干おじいさんと馬に睨まれながらも馬車に乗り込んだ。
馬車の中は意外に広く、普通の馬車に比べればいい方のものだった。
そしてサエ達を乗せた馬車は、カロラを目指して走り始めた。
馬車に揺られること1時間。
外や馬車の中を珍しそうに眺めていたジュリーが突然嫌そうな顔をして、

「ねぇアキルノア。あの村の皆さんはこんな窮屈な馬車に乗っているのかしら?」

といかにもお金持ちが言いそうなセリフを言う。

「あのねぇ、姫様。この馬車は普通のより大きい方ですよ。
姫様がいつも乗ってる馬鹿でかいのと比べないで下さい。」

「ジュリーっていつもはそんな大きい馬車乗ってんの?」

「いえ、普通よ?ねぇアキルノア、あの村へ国の馬車を差し上げましょうよ。可哀相でならないわ。」

絶対普通じゃない大きさなんだろう。
サエは今のジュリーの発言で珍しくひらめいた。

「あ、わかった!!ジュリーって世間知らずなんやろ!!」

「ふふふ、サエ。あなたに言われたくないわ。」

ジュリーははにかんで笑うが、目が全く笑っていない。
『これはマズイ』と思ったのだろう、アキルノアが2人の会話を逸らし始めた。

「そ、そういえば!!なんで皆カロラへ行くのを断るんでしょうねぇ〜!!ね、サエ!!?」

しかしそんなアキルノアの話し逸らしも効果は無く、サエは空気を読まずまた話しを戻す。

「いや、そんなん話ししてないやん。それより!!ジュリーってほんまは世間知らずなんやろ?そうやんな!!」

サエはジュリーが認めるまで話しを続けそうな勢いでジュリーに問い掛ける。
だが、ジュリーはもう限界らしく…

「アキルノア、なんだかとても耳障りでひねりつぶしたくなるような声が聞こえるのだけれど気のせいかしら?」

とっても黒い笑みで怖い事を言い始めた。
もうすぐブラックジュリーになりそうだと察したアキルノアはついに行動に移した。

「空気読めやコラァアア!!このアホ毛ぇええっ!!」

と怒りを全身で表しながら、空気の読めない困った子(サエ)の頭をグーで殴った。
サエはくわんくわんと頭を揺らしていたが、そんな事で空気が読めるようになるはずもない。

結局サエはカロラに着くまでに空気を読めず、また更に5回位殴られていた。



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