幽霊と俺の共同生活四十三日目 「ふぅ。」 咲夜は遊人に話したように、鏡花の体に憑依した。鏡花の心の中はズタズタに引き裂かれながらも、一部だけは無事に残っていた。 咲夜は辺りを見回すと、鏡花の姿を探した。だが、暗闇に閉ざされ、血の臭いが立ち込める中ではそう簡単に見つけることができない。 そのため、咲夜はあてもなく鏡花の名前を呼びながら歩き回った。しばらく歩くと、深い谷のようなところに到着した。その辺りだけはなぜか明るくて、向こう側には花畑が広がっていた。ふと横を見ると、吊り橋を鏡花が渡ろうとしていた。 「鏡ちゃん!」 咲夜は大声で叫び、鏡花のもとに走った。 「鏡ちゃん、良かった…。」 「絵里菜?何でこんなところに?」 「鏡ちゃん、戻ろう。一緒にみんなのところに帰ろうよ。」 「でも…。私はもう…。」 「まだ大丈夫だよ。今なら引き返せるもん。ね、戻ろうよ。」 「絵里菜…。」 「大丈夫だって。何も怖くないよ。だから…。」 「…。」 「鏡…ちゃん?」 「ごめん。私はやっぱり行けないよ。私はもう死ななきゃいけないのよ。だから―。」 咲夜はそれを聞くと、鏡花の顔を平手打ちし、厳しい口調で言った。 「生きることを簡単に諦めないでよ!」 鏡花はそれに驚き、慌てたような表情で咲夜を見返した。咲夜の目には涙がたまっていた。 咲夜は震える声で続けた。 「そんなこと…、簡単に言わないでよ。私だってもっと生きたかったよ。でも、ダメだった。生きているうちにやりたいことだってたくさんあったよ。後悔もあるよ。ベッドの上で、このまま死ねないって何回も何回も思ったよ。でも、私は死んじゃった。自分の不甲斐なさが情けなくて私はまた、理由もなく幽霊として生きているんだよ。でも、幽霊だから普通の人には見えない。これじゃ意味ないよ…。私はもっと生きたかったよ!」 咲夜の悲痛な叫びは鏡花の心の奥底の闇を砕いた。咲夜はそれにとどめをさすように続けた。 「だから…、私の分まで生きてよ、鏡ちゃん…。」 咲夜はそのままその場に泣き崩れた。鏡花もいつの間にか視界がぼやけ、温かいものが頬を伝わるのを感じていた。 「鏡ちゃん…。お願いだよ、鏡ちゃん…。」 咲夜が必死に訴える。だが、鏡花は咲夜を吊り橋から陸地に戻し、再び向こう側に歩き出した。 「鏡ちゃん!」 咲夜の叫びに、鏡花の足は一旦止まった。そのまま鏡花は振り向き、咲夜にこう言った。 「ありがとう、絵里菜。あなたに会えて良かった。」 「鏡ちゃん…。」 鏡花は再び歩を進めようとした。だが、何かを思い出したように立ち止まって、咲夜にこう言った。 「みんなに、よろしく伝えてちょうだい。私は死ぬんじゃなくて、みんなよりちょっと先に進むだけだから。」 その言葉と共に鏡花の心の世界が崩壊を始めた。 「待って!待ってよ!鏡ちゃん!」 咲夜は必死に叫んだ。鏡花はちょっとだけ咲夜を見て、言った。 「またいつか会おうね、絵里菜。」 その言葉と共に鏡花の心の世界は完全に崩壊した。 「ご臨終です。」 医師の冷たい一言が俺達の心を刺した。 鏡花は死んでしまった。もう二度と帰っては来ない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |