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この青く晴れた空の下で
5


試合に勝ったものの、ベンチに帰ってきた桐生は序盤のラフプレーのせいで、いたるところに痕がついている。痕だけならまだいいが、中には血が滲んでいるものも。
救急箱を準備した宇井は、こっちに来るよう手招きをする。


「健太、腕だして。手当するから」
「頼む」


水と消毒液、絆創膏と冷却スプレー。慣れた手つきで桐生の手当てをするのを冬海は横目で見ていた。
いつもニコニコと笑っているイメージの彼だが、今日に限っては一欠片の笑顔を見せず、ラフプレーばかりする瑞穂を睨み据えている。

桐生との試合で、少しばかり痛い目をみたが、それでは不十分。彼等にはもう少しばかり、痛い目にあってもらおう。

そう決めるや否や、冬海はS2の選手、瀬野に近づく。試合前のストレッチをしている瀬野は、近づいてきた冬海に「何か用っスか?」と首を傾げる。


「瀬野君、君、お腹痛くありませんか?」


相手を気遣う時は優しさを持って笑顔で。冬海もこの試合初となる笑顔で瀬野に尋ねたのだが、その笑顔から逆に恐ろしさを感じた瀬野は、ひたすら頷くしかなく、冬海はさらなる笑顔で「では棄権しましょう」と言うのであった。





瀬野の棄権により2−2、勝負はS1にゆだねられた。
蒼夏のS1、冬海は相手選手、大道寺と向かい合う。


「お前、バカ?大人しくひっこんでりゃいーのにわざわざ出てくるなんてどんな神経だよ」


開口一番、大道寺は嘲笑い、冬海はニコリとほほ笑む。


「さあ?でも性格はいい、と褒められます」
「へぇ」


不敵に笑う大道寺は、冬海の右腕を見ていた。冬海が右腕を負傷したことを彼は知っている。ほぼ治っていると言われているが、それでも本来の力は発揮できない。それを承知で試合にでてくるなんて、やっぱりコイツはただのバカだろ。
第一、自分の仲間がやられて悔しいから部長の自分が、なんて敵討は今時流行らない。


「ま、楽しませてもらうぜ。なにせ、あの日義が一目おく存在だからな。他の奴等よりマシなんだろ?」
「お褒めのお言葉、どうもありがとうございます。大道寺君のご期待に添えるかどうか解りませんが、全力で臨ませていただきます」


冬海のひっかかるような物言いに、大道寺は眉を潜めたがすぐにサーブ位置につく。冬海もレシーブ位置につき、試合が始まる。


『ザ ベストオブ 1セットマッチ 大道寺 トゥ サービス プレイ』
「それじゃあ、私は七雲と舘山の試合を見てくるから」


審判のコールの直後、宇井が立ちあがった。桐生の手当てはもう終わっていて、使った道具も救急箱に片付けられている。


「おー、行ってこい」


試合を見ながら響が返事をすると、宇井は「いってきまーす」と楽しそうに出て行き、その後ろ姿を東城は不思議に見つめる。
七雲と舘山といえばもう1つの準決勝だが、部長の試合が始まるのに出て行くのか。普通、こっちの応援をするのでは?

宇井の行動に、ありえない、と怒りを感じていると、それを見透かした響がクックと喉の奥で笑う。


「勘弁してやってくれ。橙南にとって七雲は特別なんだ」
「特別って?」


それじゃ説明にならないと東城は言外に含ませるので、響がそれじゃ説明してやろうかと口を開きかけたところで――


 ドカッ


ボールの激突音。
今日だけで何回聞いたであろうその音に、コートを振りかえると案の定、冬海はボールをぶつけられていた。弾みで外れてしまったのか、冬海の足元にはメガネが落ちている。


「悪いな。狙ったつもりはないんだぜ?」


全く悪びれる様子のない謝罪も何度目か。数えるのすら嫌になるその回数に、東城は腹の底から怒りが沸々と煮える。
こんなことをされて、冬海は怒っていないのだろうか?

残念なことに冬海は東城達に背中を見せているので、彼がどんな顔をしているのか全く分からない。
冬海は、落ちたメガネを拾ってかけようとして、つるはしが欠けているのに気付く。これではもう使えない。やってくれたと溜息をついた冬海は、メガネをポケットにしまう。


「部長ってメガネ無しで大丈夫なんっスか」


東城は響に尋ねると、響は「もちろん」と頷く。


「あれ伊達だからな。確か裸眼で1.5って言ってたか?」
「は?」


響の答えを東城は理解できなかった。
てっきり視力が悪いのかと思っていたが、実は視力1.5。ファッション感覚で伊達メガネをかけるならまだしも、スポーツでは振動や汗でずれるので邪魔にしかならない。


「(なんでわざわざそんなものを)」


東城はその理由を考えてみると、3つ程候補が浮かぶ。

理由その1、試合でもファッションは大切
理由その2、単なるメガネマニア
理由その3、メガネビーム発射


「んな訳ないな」


うんうん、と納得した東城(余談だが、隣にいる響はいきなり納得した東城に驚いた)。
いくつか理由を考えてみたが、どれもしっくりこない。そもそも、コートから一歩外に出れば、ダメ部長とレッテルを貼られている(主に宇井から)冬海の思考回路を理解する方が無理なんだ、と白けた様子で試合観戦に戻った。

試合は冬海が大きくリード、ではなく。試合の主導権を握っているのは大道寺。冬海はコートの端から端まで走り回って、なんとかボールに食いついている状態。ゲームカウントも0−5でそろそろ挽回しないと、その先の試合展開はかなり厳しい。


「なんだよ。てんで弱いじゃねーか!」


大道寺が打ったボールは冬海の足元で跳ねるも、冬海はそれに反応できずに逃してしまう。ボールはフェンスにぶつかり、カシャンと音をたてて跳ね返ると、余韻を楽しむように弾む。
ラケットを肩にかけた大道寺は、冬海を小馬鹿にしたような顔で見て、冬海は悔しそうな顔で見返すのみ。

苦手なコース、反応できないコース。

冬海の弱点を知っている大道寺は、徹底的にそこを狙いポイントを奪っていく。対して冬海は、大道寺に反撃するチャンスすら与えられず、彼が打つボールを必死に追いかけて打ち返すしかないのだ。





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あきゅろす。
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