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この青く晴れた空の下で
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コート内は依然として湿度が高く、サウナに近い状態だが、志摩とテンプルはそれを跳ね飛ばす体力の持ち主で、コートを縦横無尽に駆け巡ってもまだ余るほど。相田・北川ペアの方が体力の消耗が激しい。
体力を消耗すれば、それだけ集中力を失い、コントロール、判断力も鈍る。

志摩とテンプルはただ、単調なラリーを続けてちょっとネット際に落としてやるだけでいい。そうすれば足が追いつかないか、追いついてもネットにひっかけてしまう。コートの片方にかたまってガラ空きにして誘えば、こっちの思うとおりにそこを狙ってくれる。そんな打ち返しやすいボールはない。

志摩とテンプルの簡単な誘いにも、相田・北川ペアは一つ残さずかかってくれて、試合は6−0でストレート勝ち。
試合開始から僅か15分の決着に、志摩とテンプルは手と手を打ち合わせた。


「どうよ!俺達の試合!」
「15分で終わらせて来たぞ」


志摩に続いてテンプルも、意気揚々とベンチに帰ってきた2人を迎えたのは、響と宇井による冷たーい視線だ。2人の顔には「どうしてそんなに早く勝ったんだ」という文句がでかでかと書かれている。

まさかストレート勝ちをして、そんな迎え方をされるとは思わなかった2人は、目を丸くさせて冬海を振り向く。こういう時は彼に尋ねるのが1番だ。冬海も冬海で解っていたので、苦笑しながら答える。


「まだコート内の熱気が収まらないので、できれば遼とロッタにはもう少し時間稼ぎをしてほしかったんです。それなのに2人があっさり勝ったから、マネージャーさん達は不機嫌というわけなんです」


S3の選手は、東城。1年生の彼は、まだ3年生と比べて体力が十分ではない。だから瀬野と志賀のように熱気に負けてしまうかもと危惧しているのだ。

理由が解った志摩とテンプルはなるほどと頷くが、理由にされた東城は不機嫌そうに口を尖らせると、ラケットを掴んでさっさとコートに向かう。コートに入る東城に、上越がひとつ注意をした。


「東城。相手は持久戦でくる。無理するんじゃないよ」
「解ってるっス」


ちらりともこちらを見ない東城に、上越は「意地っ張りめ」と肩をすくめた。




東城の対戦相手、鹿地は木本工業の中で1番体格のいい選手で、彼は早朝3キロのランニングに加えて、自宅から学校まで5キロのランニング。毎日欠かさず行っていて、とにかく体力に自信があった。

だからこの暑さで瀬野と志賀が倒れた時、軟弱だと心の中で笑っていたし、これから戦う相手である東城も、持久戦でじわじわ追い詰めてやろうと決めていた。
東城が中学生チャンピオンなのは知っているが、流石のチャンピオンもこのサウナと化したコートではいつもの力が発揮できない。弱っている今が、叩くチャンスなのだ。


『ザ ベストオブ 1セットマッチ 東城 トゥ サービス プレイ』


東城のサーブから試合は始まった。
コートの状況と自分の体力を照らし合わせれば、悔しいかなそう長くは持たない。おまけに相手の鹿地は、上越の言うとおり持久戦を仕掛けてくるだろう。


「(相手のペースに巻き込まれないうちにさっさと倒す!)」


東城が放ったサーブは、サービスエリアの真ん中、奥に突き刺さる。ここはバックで打ち返さないといけない為、レシーバーにとっては1番嫌なコースで、鹿地は狙い通りバックでボールを打ち返す。
しかし深い球を打ち返したので、そのボールは甘く、東城にとって絶好のチャンス。

これで決める。

狙いをつけた一点に集中して、思いっきり打ちこんだ。


「させるか!」


しかし鹿地もボールに食らいつく。
寸でのところで打ち返したボールは、東城とは逆サイドへ。
あれでは追いつけないだろう。先制点を奪えると鹿地は笑みを浮かべたが、鹿地が体力に自信があるように、東城は瞬発力に自信があった。

右足で思いっきり地面をけり上げて一気にボールに近づき、ラケットをギリギリまで伸ばす。

あともうちょっと。届け!


「まずい展開?」


確信しきれないのか、語尾を上げる宇井に、響は首を傾げる。


「どこがまずい展開なんだ?東城の奴、頑張ってるじゃねーか」


今だって、なんとか届いて返球できた。
東城の粘り強さに志摩やテンプルは興奮して、桐生も言葉には出さないものの、感心している。誰がどう見ても、東城のペースになりつつあるこの試合のどこがまずいのだろう。


「んー、もしかしたら鹿地君、わざと東城君がギリギリ届くボール打ってるんじゃないかって思ったんだよ。普通にラリーするよりそっちの方が体力消耗するし、うまくいけばポイントもとれるし」


ほらあんな風に、とコートを指差されれば、返球したものの、ネットを越えなかったボールが転がっていた。悔しそうにボールを見る東城は息があがっていて、遠目から見ても大量の汗をかいているのが解る。

試合の流れを掴んでいたのは、東城ではなく鹿地ということだ。



「(くそっ、さっきからギリギリのボールばっか打ちやがって!)」


留めなく流れる汗を拭いながら、東城はサービスラインに戻る。
宇井の読みは当たっていた。コート中を走らされた東城は、体力を大幅に削られてかなり苦しい状態に、一方の鹿地はまだかなりの体力を残しているらしく、余裕の笑みすら浮かべている。


「中学生チャンピオンもたいしたことないな」


東城の耳がピクリと動いた。
確かに聞こえた。鹿地の嘲笑う声。

中学生チャンピオンもたいしたことない?ハッ、笑わせるな。
俺があの大会で優勝するために、一体どれだけの努力をしてきたと思っているんだ。勝って嬉しいことばかりじゃない。勝ったから悲しいこともたくさんあった。

試合はもちろん、コート以外の場所でも戦ってきたんだ。それをたった一言、たいしたことないで終わらせるな!


「(絶対にアイツをぶっ倒す!)」


ぎゅっとラケットをきつく握りしめた東城は、そこから猛反撃を見せた。

鹿地が持久戦を持ちこむなら、こっちは短期決戦。
ペース配分もなにもかも全てを無視して、全てのボールにくらいつく。打ち返す一球一球を決め球にして、攻めて攻めて攻めまくる。
東城の怒濤の攻めに、鹿地は手も足も出ない。試合はあっという間にひっくり返されて、東城のマッチポイントだ。


「コイツ!全然体力残ってるじゃねーか!」


吐き捨てるように言った鹿地は、必死にボールを追いかける。
ラリーを続けようとしても、ドライブ回転のかかった東城の球は重く、打ち返すのが精一杯。とてもコントロールなんてできない。
これが中学生チャンピオンの実力なのか。
フォア側のサイドラインギリギリに打たれたボールを、勢いをつけてなんとか打ち返した鹿地は、安心したのも束の間、東城が浮かべた不敵な笑みにハッとする。


「っ!?しまった!」


打ち返したはいいが、サイドラインに引きつけられたおかげで、反対側がガラ空きだ。今のは囮だったのか!


「くそっ!」


右足を軸に体の向きを変えた鹿地は、急いで反対側に走る。

間に合え!

祈るように願った鹿地だったが、ボールは彼の前ではなく、後ろに打たれた。サイドラインに打ったボールは囮ではなく、ガラ空きになった逆サイドに打つと思わせるフェイク。戻りかけたその一瞬が、東城の狙いだったのだ。


『ゲームセット!6−2!ウォンバイ 東城!』


審判のコールに東城は、高く拳を突き上げた。

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あきゅろす。
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