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この青く晴れた空の下で
2


1試合目のD2は桐生・志賀ペア対山下・水嶋ペア。
声援の中で試合をするのに慣れていない桐生と志賀にとって、この試合はさんざんなものだった。キーの高い女子の声が、耳にまとわりついてなかなか集中できない。

苦手な場所を攻められるうえに、普段ならなんでもないところでもミスをして、それを挽回しようと焦ってミスを。焦りが更なるミスを呼ぶ完全な悪循環に陥ったのは誰の目から見ても明らかで、その結果、D2は2−6で梅ヶ丘に軍杯が上がった。


「すまない」
「すみません」


ベンチに戻ってきた2人は、悔しさに顔を歪ませていた。相手が格段に強かったわけではなく、自滅という空しい結果にやりきれない。
その2人を最初に労ったのは、意外にも宇井だ。

試合が始まる前は、蒼夏なんてどうでもいいという雰囲気の彼女だったが、試合が始まると蒼夏のマネージャーに戻っていて、「おかえりー」とスポーツドリンクを差し出した。


「どうだった?今の試合」


負けた直後に1番聞かれたくないこと。それでもお構いなしで聞いてきた宇井に、志賀は思っているとおりのことを話した。
まだバッグが不安定な事、横の動きができない事、つい動きながらボールを打ってしまう事、そしてなにより自分がまだまだ弱いという事。技術面はもちろん精神面でもまだ弱い。


「そーかそーか。負けてもそれが解っていーんじゃなーい?次に繋がるよー」


能天気な物言いに、志賀のこめかみがピクリと動く。
マネージャーのアンタにはそれでいいだろうけど、こっちはそんな単純にすませられない。
そう反論しようとして、顔をあげると宇井の表情は全くふざけておらず、真剣な目で志賀を見ていた。


「八起は蒼夏しか知らないから、他校の人とたくさん試合をして、どんどん自分の課題を見つけるといいよ」
「…はい」



なんだよ。さっきまでふざけていたのに、急にそんな真面目な顔で言われたら何も言えないじゃないか。

さっきまでの苛立ちが萎んで、気の抜けた返事をすると宇井はニコリと笑い、桐生に向き直る。


「健太は一にバッグ、二にバッグ、三、四がなくて五にバッグ。バッグで何本とられたか解ってる?って言うか、最後2ゲームはそこばかり狙われてたし」
「解っている」
「図星だとすぐ不貞腐れる。それ健太の悪い癖。八起みたいに素直になりなよ」
「お前に言われると癪に障る」
「おーい、人を差別しちゃいけませんって幼稚園のとき習わなかった?こっちもマネージャーとしてアドバイスしているんだから、不貞腐れるな」
「解っているが、それでも癪に障る」
「…喧嘩売ってるの?」


だったら買いますよ?ええ買いますとも!高値で買ってやろうじゃないか!!

ぽんぽんと続いた会話も最後には喧嘩腰、宣言通り宇井はファイティングポーズを構えようとした矢先、志賀に「先輩」と声をかけられて拳がとまった。
このタイミングで声をかける?と宇井の眉間に皺が寄るも、桐生の後輩だからなぁと思い直す。流れを読まないのは、桐生のある意味得意技だから。


「宇井先輩、実際のところ、蒼夏のレベルってどうなんですか?俺が言うのもなんですが、寄せ集めみたいなところがあるし」


志賀の言った事に宇井は「確かに」と納得する。
同じ剣道部でも桐生は宇井がいた為、テニスも多少解っているが、本当に剣道しか知らない志賀にとって、実力差というのは判断しづらい。

例えばテニス部なら誰でも知っている明常大学付属高校。全国大会38連勝の王者校として有名な高校だが、志賀にとってはただの私立高校でしかなく、ふーんと聞き流して終わってしまう。
順を追って説明するのもいいが、もっと簡単な方法があると、宇井は志賀の後ろを指差した。

宇井の指につられて、振り返った志賀が見たのは志摩とテンプルの姿。ちょうど今、D1が始まろうとしている。


「遼とロッタは解りやすく剣道部でいうと、そうだなー、桜庭君とか柚原君くらい強いよ」
「あの2人と同じくらい?」


桜庭も柚原も志賀より強くて、中学時代から部の勝利に貢献してきた人。その人達と同じくらい強いだなんて、間違っていないか?と志賀が言外に含ませた言葉を拾った宇井は、笑顔で頷く。


『40−0』


審判のコールに志賀コートに視線を戻した。
さっき試合が始まったばかりなのに、もう1ゲーム目が終わろうとしている。息をつく暇もない試合展開に、志賀の目は試合に釘付け。
志摩のパワーテニスに、対戦相手の福山・木村ペアは押されて、負けして返す打球はボールの威力、コースともに単調なものになってしまう。自分達のペースを取り戻そうと狙うポイントを選ぶが、パワー負けしてそこに打てない。

更に厄介なのはテンプルだ。

志摩の打球をカット短く打ち返してネット際に落としても、テンプルが追いついて打ち返す。バックラインからネット際まで届く、彼の瞬発力には敵わない。


「いいぞー!紅白コンビー!!」


ゲームカウント4−0、チームメイトの声援に志摩とテンプルは「「だろ!」」と眩しい笑顔を見せた。
そしてこのコンビ、個々の長所ばかりが目立つと思ったら大間違い。どれだけ自由に動いていても、パートナーの邪魔はしないのだ。
パートナーが何を考えているか読んでから動くのではなく、パートナーが動くと同時に自分も動く。頭で考えるより先に体が動くのは、普段から仲のいい2人だからだろう。
志摩とテンプルの独壇場ともいえるプレイは、止められようもなくD1は6−0で圧勝。


「「よっしゃー!」」


ゲームセットのコールを聞いてハイタッチの音を響かせた志摩とテンプルは、得意げにベンチを振り返った。その先にあるのは蒼夏ではなく梅ヶ丘のベンチなのだが、別に間違えたわけではない。ただちょっと、梅ヶ丘の女子に自分達のことを覚えていてほしいだけ。

どう?俺達のプレイみてくれた?
最後のショット、かっこよかっただろ?

志摩とテンプルは勝者の余裕を見せて――絶句。
フェンスの向こうに並んだ梅ヶ丘の女子は、志摩とテンプルを睨んでいるのだ。折角のかわいい顔も台無しで、なんだこれ、これじゃこっちがまるで悪者じゃないか。

同時に、志摩とテンプルが計画した、ストレート勝ちして福山と木村を倒した自分達の方がかっこいいだろ!と見せつける作戦は完全に失敗したと解ってもう最悪。
恨みのこもった女子の迫力ほど怖いものはなく、視線だけで人を殺せるなら、この視線に違いないと、ぽかんとしている後ろでは、宇井が腹を抱えて笑っていた。志摩とテンプルの間抜け面がツボにはまったらしい。


「あー、おもしろい。どう?遼とロッタが強いの解ったでしょ」


涙がでるまで笑った宇井が、目尻を拭いながら志賀に尋ねると、志賀はしっかりと頷いた。
試合が終わってからはアレだが、確かに志摩もテンプルも強い。
桜庭と柚原を引き合いにしたのも、今では納得できる。

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