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この四角い世界の上で
今年もあと数時間


町中に飾られていた色とりどりのツリーとクリスマスソングが消えて、その代わりに町を埋めたのは来年の干支と正月の歌。早いもので今日は12月31日の大晦日。
今年も残すところ後一日となっていた。


「ま、こんなモンか」


磨き終わった床を眺めて、宇井は額に滲んだ汗を拭った。フィルターの掃除もしたため、エアコンはついていなかったが掃除をしているうちに体が温まっていたらしい。

ともかく、今年の汚れは今年の内にという事で始まった宇井家の大掃除はこれで終わり。朝から働きっぱなしだった為、体のあちこちから疲れたと文句があがる。

こんなことなら、普段からこまめに掃除をしようと思うのだが、それは一時的なもので、2日と続いたためしがない。結局は、来年の今もこうして積もり積もった汚れと戦う悪い癖だ。


「(そろそろ帰ってくるな)」


壁にかかった時計を見あげると、もう午後6時を過ぎようとしている。そろそろ夕飯時だが、その夕飯に食べる大晦日には欠かせない、年越し蕎麦を誠と橙南が買いに行っているのだ。

冬の6時といえば、辺りは真っ暗で夜に近い。そんな時間に双子だけで買い物に行かせるのは少し不安だったが、最近、双子は何かした手伝いをしたがるので行かせた。

宇井の手を借りず、自分達だけで何でもしようとするのは、それだけ成長したんだなと感慨深い反面、どこか寂しい。
まだ小さいと思っていても、子供は日に日に体も心も成長して、大人を驚かせるものなのかと実感する。

こんなこと、誰かに聞かれたものなら、どこぞの親父だと言われるだろう。自分でも親父臭い事を言うようになったと苦笑しているのだから。


「「「「ただいまー」」」」


玄関が開いて、帰りを告げる声が4人分。

増えている。

行った時の倍の人数になって帰って来たではないか。


「うー、さむかった」
「え!?なんでエアコンついてないの?さむいー」
「誠、橙南。留守番していた宇井は掃除していたんだぞ。動き回って暑いんじゃないか?」
「おい宇井、使いをさせるのはいいが、この時間帯に行かせるなんて危ないじゃろ。大晦日でいつもより車が多いんだぞ」


それぞれが好き勝手な事を言いながら、宇井がいるリビングへとやってきた。賑やかなのはいいが、どうして三鬼と寺脇もいる。
誠と橙南だけでも賑やかなのに、この2人もくると、賑やかなのを通り越してもはや煩いだけだ。


「コイツ等が行くって言って聞かねーんだよ。それより、来るならもっと早くに来い。掃除を手伝わせてやれたのに」
「それを見越して今の時間に来たんだよ」


マフラーをとって笑う寺脇に、読まれていたかと舌打ちをする。中学からの付き合いともなると、気兼ねしないのが利点、考えを見透かされてしまうのが難点だ。


「父さん、おなかすいた」


そう言った橙南は、買い物袋を掲げて、早く年越しそばを食べたいとアピールする。思わぬ来客で忘れていたが、もう夕飯時なのだ。
自分も空腹の宇井は、買い物袋を受け取った。


「んじゃ、早速食うか」
「「え」」


え?

オウム返しで尋ねると、三鬼と寺脇が目を丸くさせていた。中途半端に開いた口からは、もう年越し蕎麦を食べるのか?と漏れている。


「……何か文句でもあるのかよ」
「当然じゃろ。宇井、お前はもう年越し蕎麦を食べるつもりか?」
「当然って言葉、そっくりそのまま返すぜ三鬼。どうせ誠も橙南も年越すどころか、夜になったら寝ちまうし――って」


なんだこれ。

買い物袋の中を除いて宇井は驚いた。確かに年越し蕎麦と天ぷらが入っているが、傍の数も天ぷらの数も2人分多い。
これがどういう意味なのか察しがついた宇井は、呆れたように息をつく。先にも言ったように、中学からの付き合いともあれば、考えを読む事はたやすい。


「なんでお前等の分も入ってんだ」


余分にある2人分は、明らかに三鬼と寺脇の分だ。どうしてこの2人の分もあるのか尋ねるのは今更だが、理由を説明しろと目で言えば三鬼は胸を張って堂々と、寺脇は小首を傾げて愛嬌を含めたつもりで。


「「宇井達と食べる為に決まってる」」


と答えた。

なんでそこまで堂々としているんだとか、可愛さの欠片もない野郎の愛嬌なんて見たくないとか、他にも言いたい事は山ほどあったが、一々言うのも面倒だったので言わせるだけ言わせといて後は放っておく。
キッチンに向かう宇井の背中に、聞いたのに無視かよ!などと寺脇が叫んだ気がするが、それも放っておく。


「父さん、ぼくもやりたい!」
「あたしもー!」


はいっ!と勢いよく手を上げる双子だが、いくら蕎麦が茹でるだけだからって、火を使う作業をさせるわけにはいかない。だけど、折角のやる気を無碍にするのもどうかと思う。


「それじゃ、誠はかまぼこ切って、橙南はねぎを刻め」
「「はーい」」


かまぼこなら食事用のナイフで切れないこともないし、ねぎは料理ばさみで切ればいい。与えられた指示に、双子は張り切って手をあげると、早速それぞれの作業に取り掛かろうとして。


「まずは手を洗え」
「「はーい…」」


宇井の拳骨を頂いた。

殴らなくたって、口で言ってくれればいいのにと思っても、口より先に手が出る宇井の性格上、それは難しい。


「宇井、俺達は何をすればいい」


双子も手伝うのを見て、自分達も何かしなくてはと焦燥感にかられたのだろう。もっとも、宇井は端から三鬼と寺脇にも指示を与えるつもりだったのだが、それは三鬼と寺脇が知らなくていい話。
三鬼の申し出に「そうだな」と考えるふりをする。


「蕎麦だけじゃ夕飯にならねぇから、俺が何か作る。その間、三鬼は誠と橙南が怪我しないか見て、寺脇は蕎麦茹でてくれ」
「おう、任せとけ」
「俺も任せろ!だけど、他におかずをつくるって、できるのか?」


蕎麦を茹でるのは数分、つゆも簡単につくれるし、そんなに時間はない筈。それでも宇井はできる自信があるようで、任せとけと言わんばかりの顔を寺脇に見せた。


「蕎麦に合わねぇけど、スパニッシュオムレツ。結構、腹膨れるんだぜ」
「ふーん」


蕎麦を茹でながら、作り方を良く見る寺脇だが、スパニッシュオムレツがどうやって作られるのか知りたいというより、宇井が料理をするのが珍しくてつい興味本位で見てしまうという方が正しい。

この家には宇井と双子しかいないのだから、当然、家事の全てを宇井が行うことになる。頭では解っていても、家事をこなす宇井が想像できないのだ。

ボウルに卵を割ると、慣れた手つきで卵を溶いて、そこに砕いた肉じゃがを混ぜ合わせる。なんでそこで肉じゃが!?と驚いた寺脇だが、宇井はそれを読みとっていた。


「昨日の残りもの。これがオムレツの具になるんだ」
「え?じゃあこの肉じゃがもお前が作ったの?」
「誠が好きなんだよ。肉じゃが」


肉じゃが。そして残ったら料理。

主婦顔負けのテクニックに感心していると、足を踏みつけられた。
宇井のテクニックに感心する裏で、似合わねー!と笑いを堪えていたのは、しっかりばれていたらしい。


「だって宇井が主婦の知恵なんて、似合わないにも程があるだろ」
「煩い」
「おおい、蕎麦はまだ茹であがらんのか?」


テーブルの方から三鬼が尋ねてくる。かまぼこもねぎも切り終わったようで、誠と橙南もこちらを覗いている。


「もうちょっと待て。俺の方はすぐできる。寺脇、そっちは」
「俺も。あとはざるに移して…」


茹で汁を捨てると、キッチンが湯気に包まれた。思いのほか熱かった湯気に、寺脇は慌てて、宇井が急いでフォロー。とんだどたばた料理に、双子と三鬼は大きな口を開けて笑い転げた。





夕飯後も、テレビを見たりゲームをしたりわいわい賑やかにやっていた5人だが、10時を過ぎるころには誠も橙南もすっかり夢の中。今年こそは年越しまでちゃんと起きているんだと張り切っていたのだが、やっぱり睡魔には勝てない。

そんなところはまだまだ子供だな、と思いつつ、宇井は誠と橙南が寝ている部屋の襖をそっと閉めた。


「あれだけはしゃげば、寝てしまって当然じゃろ」


そう言った三鬼に、宇井も寺脇も頷いた。
普段は宇井と双子の3人だけなのに、今日は三鬼と寺脇がいる。遊んでくれる人がたくさんいるから、双子は嬉しくて、いつも以上にはしゃいで疲れたのだろう。加えてお手伝いもたくさんしたし。


「今年1年は、濃い1年じゃったのぉ」
「それ俺も同感。つーか、宇井家がいろいろありすぎるんだよ」
「俺のせいかよ」


ソファに戻るや否やそう言われれば、宇井もむくれる。しかし、今年1年を振り返れば、三鬼の言うとおり内容は濃くて、寺脇の指摘通り、中心にいたのは宇井家なのだ。

こればかりは譲れないと三鬼も寺脇も頷いて、再び肯定した。


「あ、もう少ししたら二年参り行こうぜ。今年1年、無事で過ごせてありがとうございましたって」
「いいのう。来年もいい年であるよう、頼んでおかんと」
「だろ?でも宇井は神頼みとかしなさそうだよな。むしろ喧嘩売りそう」
「今年はさんざんだったんだから、来年はいい年にしねーとぶっ飛ばすってか?」
「…本気じゃないよな?」


初めこそ冗談で言っていたのに、ケラケラ笑う宇井を見て段々心配になってきた。本当にやったら一体、どれだけ罰当たりな事か。
不安げな寺脇に、宇井は肩をすくめてはぐらかせた。

もちろん、寺脇をからかうだけのポーズで、いくら宇井でも新年早々、神様に喧嘩売ろうなんて、罰当たりな事はしない。

ただ、これだけは言わせてもらおうと思っているが。


「宇井!罰当たりじゃぞ!!」
「うわ、三鬼。ツインズが起きるだろ」
「そうだ。声がでかい」


しーっ、と人差し指をたてつつ、隣の部屋を気にすれば、どうやら双子が起きた気配はなく、ホッと胸をなでおろす。三鬼も安心して、抑えていた口を放した。

神様に喧嘩を売るような真似はしないが、これだけは言おうと思う。


この家にいる人達、皆に会わせてくれた事を心から感謝していると――




あきゅろす。
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