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この四角い世界の上で
蒼夏タイム

午前の授業が終わり、昼休みが始まる時間。
弁当を取り出し友達と談笑しながら食べる者、パンやおにぎりを買う為に購買へ走る者といる中、今日の宇井は学生食堂に向かう者だった。


「(まさか誠が牛乳零すなんて思わなかったからな)」


あれで時間を取られた、と今朝のできごとを思いだして宇井は頭の後ろを掻く。床に零してしまった牛乳を拭いて、汚れてしまった誠の服を交換してとやっているうちに家を出る時間になってしまったのだ。慌てて家を飛び出して、双子を幼稚園に送り届けて学校まで全力疾走。
遅刻は免れたが、かわりに折角作った弁当を忘れてしまったのだ。

財布を持って席を立つと、前の席の高沢が呼びとめた。


「宇井も学食?だったら俺達と一緒に行こうよ」

「俺達?」


俺達って誰?高沢の言葉に首を傾げていると、教室の入り口から「啓太ー、早く行こうぜー」と呼ぶ声が聞こえてきた。高沢の幼馴染、泉大樹だ。

俺達と言うのは泉のことか。

ひとり納得していると、高沢が「解った」と宇井を振り返った。
高沢の誘いを断る理由はない。返事を待つ高沢に宇井は頷くと、高沢と一緒に泉に合流した。


「あれ?宇井が学食なんて珍しいじゃん。いつもは弁当だよな」

「家に忘れて来たんだ。だから今日は俺も一緒に頼む」

「俺達相手にそんな畏まらなくていいって。食事は皆でワイワイ食べるのが1番!早く行こうぜ!」


腹減ったーと叫ぶ泉を先頭に、3人は学食へ向かった。
昼休み直後の食堂は大賑わい。学年クラス関係なく集まっていて、蒼夏にはこんなに生徒がいたのかと学食を滅多に利用しない宇井には驚きものだ。


「大樹、俺は席を取ってくるから食券よろしく。カレーな」

「OK。宇井、食券買いに行こ」

「ああ」


泉に言われるまま、宇井は食券の列に並ぶ。
受け渡し場所から食堂入り口まで続く長蛇の列で、なんとなく昼休みの残り時間を気にしていると、それに気付いた泉が笑った。


「宇井って本当に学食来ないんだな。新入生みたいだ」

「3年目の新入生かよ」

「ははっ、それいいじゃん!オールドルーキーってかっこいい!」

「どこが。学食のオールドルーキーだぞ?」

「えー?かっこよくないかな?ところで宇井は何にする?俺は日替わり定食」

「親子丼。前に阿部が美味いって言っていた」

「あー、阿部もたまに学食来るもんな。お、もうすぐ俺の番」


ウキウキしながら待って巡ってきた自分の番。泉は先に頼まれた高沢のカレーを購入して、次に自分の日替わり定食を購入した。
取りだし口から食券を2枚取ると、ぴょんと跳び跳ねて、さあどうぞ、とばかりに食券販売機の隣に立った。


「ほい、宇井の番。オールドルーキーさん買い方解るー?」

「当たり前だっつーの」


楽しそうな泉に感化されて、宇井も笑ってしまう。小銭を入れて、いくつものボタンから親子丼を探す。


「えーっと、どこだ?」


あった。慣れていないから手間取ったが、ちゃんと親子丼は見つかった。その文字下にあるボタンを押すと。


「宇井、親子丼は上のボタン」


出てきた食券は天ぷらうどんだった。







「その間違いってよくあるんだよな。俺もやったことあるよ」

「…慰めの言葉ありがとう。高沢」

「そんなに落ち込まないで。ほら、せっかくのうどんが冷めるから」


高沢に勧められて箸を持つも、その動きは緩慢だ。
親子丼を食べるつもりが、間違って天ぷらうどんを選んでしまったショックは意外と大きかったらしい。ボタンを上下押し間違えるなんて学食初心者丸出しだし、なにより宇井は麺より米を食べたかったのだ。
それなのにうどん。せめてもの救いは天ぷらうどんがおいしいことだな、と前向きに考えて箸を進めていると、学食のテレビが突然ついた。

天井付近に設置してあるテレビ、ブラウン管の中に映るのは昼の定番となっている某テレビ番組、なわけがなく、校内にある放送室で放送部が毎週木曜日にオンエアしている『蒼夏タイム』だ。


「そういえば今日は木曜日だっけ」


日替わり定食のサラダをつつきながら、泉はテレビを見上げる。


『さぁ始まりました!蒼夏タイム!全校の皆さん、先日は我が放送部のアンケートにご協力いただきありがとうございました』

「アンケート?」


何の事だ?と首を傾げる宇井に、高沢が「ゲスト出演してほしい人と、その人への質問ってやつ」と答える。ああ、そう言えばそんなのがあったような気がする、と頭の片隅で思い出していると、パーソナリティ役の放送部がアンケート結果を発表していく。


『蒼夏高校にいる人なら誰でもOK、というルールの下行ったのですが、どうも一部の生徒が他校生の名前を書いていたようです』

「三鬼のことか」

「七雲の部長?」

「それって番長のことじゃん」


口々に言った3人は大正解。
どうして三鬼の名前が知られているかと言うと、わざわざ隣町の七雲高校から宇井に勝負を挑んでくるおかげで、特に宇井のクラスで顔なじみになっているからだ。おまけにテニス部の部長なので高沢と泉にも接点があり、その彼の名前をまさかこんなところで聞くなんて。どこに縁があるのか解らない。


「そういえば、蒼夏は都大会で七雲と当たったんだったな」


今だったら絶対に試合を見に行っているのに、その頃の宇井は、まだ阿部か同じクラスの高沢としか接点がなかったので試合観戦には行っていなかった。


「うん。負けちゃったけど準々決勝で当たったんだ。あれで勝てたら関東大会にいけたんだけどなぁ」


高沢が残念がっていると泉も同意するように頷く。高沢も泉も今はこうして普通に話しているけれど、負けた時は悔しくて堪らなかったんだろうなとテニスに打ちこんだ3年間を尊敬していると、急に食堂が賑やかになった。何事かと3人で周囲を伺えば、原因は蒼夏タイムだ。


『今月初めのゲストはこの人!男子テニス部部長の阿部真司君です!』


パーソナリティの放送部員が派手な動作で紹介したのは、笑顔で手を振る阿部。
誰にでも気軽に声をかけて、いつも明るい阿部は人目を引く存在で、それはクラスだけに留まらず全校生徒に認識されている。
本人も楽しいことはとことん楽しむノリの良さ。その阿部が出ればあの騒ぎも納得だ。


『ただ今、ご紹介に預かりました3年の阿部真司でーす。俺の名前書いてくれた人、ありがとうー!期待に応えて張り切っていくぜー!!』


ノリの良さは画面の向こうでも健在で、阿部の拳につられて皆も拳をあげる。その中に口笛やら「待ってましたー!」「阿部!おもしろいこと頼むぜ!」と声が交じるあたり、阿部がアンケート1位になった理由が伺えよう。

まあ全員ではなく、ごく一部の者は、満面の笑顔でピースする阿部に疲労感を覚えているようだが。


「あいつが1位かよ…」


阿部がゲストなんて、嫌な予感がしてしょうがない。


「宇井、そんなに嫌がらなくても。阿部は何かと目立つから皆の印象に残るんだよ、きっと」

「いいなー、俺も蒼夏タイムに出たかった!」


心底悔しがる泉だが、そんなに出たいものか?
さっきのオールドルーキーの件といい、どうも泉の感性が宇井には理解できなくて首を傾げていると、青学タイムのメインコーナーが始まった。


『それでは一問一答コーナー!阿部君に質問です。先ずは小手調べ、身長と体重は?』

『身長は178センチで体重は61キロ』


一体こんな事を知って何になるんだ。

興味が全くない宇井はテレビを見るのを止めて、丼の底に残っていた麺を摘む。すっかりのびてしまった麺はコシが失われていたが、その分、つゆの味が染み込んでいる。


『好きな食べ物は何?』

『うーん…なんでも好きだけど、一番は焼き肉かな。やっぱり高校生男子は野菜より肉!』


阿部の回答に、運動部の男子が一斉に頷く。
もしこの様子をパーソナリティが見ていたら、阿部が第一回のゲストで大正解だと喜んだに違いない。持ち前のテンションと話術で、とてもテンポがよかった。


『へぇ。じゃあ阿部君、次は質問アンケートで一番多かった質問なんだけど』

『ん?何?』


パーソナリティが勿体つけるようにアンケート用紙をちらつかせると、真もノリノリで、アンケート用紙に興味津々だと表現した。すると、予想通りの食いつきにパーソナリティはまたも嬉しくなった。


『ズバリ、彼女はいますか?もしくは好きな人は?』


その一言でまたも賑やかになった。
女子程ではないが、男子だって恋愛事情は気になるところ。阿部に彼女がいるという噂は聞いた事がないが、他校生だったら?
他校生なら学校で会えないのだから噂になることはないだろう。

意外にも思いがけない質問だったのか、阿部は一瞬呆気に取られたが、次の瞬間にはニコリと人好きする笑みを見せた。
それを見た瞬間、宇井は背筋に氷を入れられたようなゾワリとした感覚がした。


「…気色悪ぃ」


つい見てしまったのが運のつき、体を震わせる宇井に高沢は苦笑する。


『もちろん。俺の恋人はこれ』


そう言って阿部が見せたのはテニスラケット。
高沢と泉にはそれが阿部自身のラケットだとすぐに解った。
ラケットを見せられて返事に困るパーソナリティ。それを無視して阿部は得意げに言う。


『俺には楽しい時も辛い時も分かち合える最高の仲間がいるんだけど、それはテニスをしていなかったら絶対に巡り会えなくて、きっと、高校3年間を一緒に過ごした同級生で終わっていたんだろうな。だから、そんな凄くいい奴等と巡り合わせてくれたこのラケットは、俺にとっての恋人だ』


それはなんともテニス部らしく、阿部らしい言葉。


「なんか、恥ずかしいな」

「うん恥ずかしい。でも、嬉しいよな」


聞いている高沢と泉の方もなんだか照れくさくなってきて、顔を見合わせてどちらからともなく笑う。
これが青春ってやつか、と宇井も羨ましさを込めて笑うと蒼夏タイムはいよいよ最後の質問に入っていた。


『そうですか。じゃあ、最後の質問。今、一番はまっている事は何ですか?』


そんなこと聞くまでもない。当然テニスだ。と、いう3人の予想に反して阿部の答えは。


『子供かなー』


うーんと悩みながら答えた阿部に、パーソナリティは目を点にした。
パーソナリティだけではない。思いがけない回答に、放送を見ていた誰もが目を点にする。


『えーっと…子供って、犬とか猫とか?』

『まさか。正真正銘、人間だ。双子でさー、幼稚園バック下げてとってもかわいいんだぁ。あ、運動会の写真見る?』


常備しているのかとつっこみたいのを高沢と泉は寸での所で堪えた。我が子自慢をするどこぞの親バカかというよりそれ以前の話、子育てと言っていたがその子、幼稚園に通う双子って誰?


「啓太、阿部に兄弟いたっけ?」

「いや、いなかったと思うけど?宇井、宇井は何か知って――」


高沢の言葉は最後まで続かなかった。
こめかみに血管を浮き出させて食堂を出て行った宇井は、テーブルも椅子も蹴飛ばさんとする勢いで、阿部の言う双子が誰か理解するには十分な答えだった。


「そういえば、この間、三鬼達と運動会の応援に行ったって聞いたよ」

「へー、それじゃ俺ん家の朔耶と同じ年かもな」


残された2人はのんびりとした雰囲気で食後のお茶をすする。
蒼夏タイムでは、誠と橙南の写真を見たパーソナリティと阿部が『かわいいですねー』『だろ?この日は運動会で、最後にダンスもしたんだー』『そうなんですかー。ところで一緒に踊っているこの人って…』と和やかに話していて、宇井の怒声がそれを打ち破った。


『おい!阿部!』

『きゃあ宇井の乱入よ!貴方ばかりに双子のかわいさを独占させないわ!』

『裏声使うな気色悪い!いいからその写真とっとと寄こせ!』

『やーだよー。折角のベストショットをどうしてお前に渡さなきゃいけないんだ。うさぎさんぴょんぴょん、くまさーんはーい』

『だったら自分が躍った今年の見せればいいだろ!なんで去年の見せるんだ!!つーか、なんで去年のをお前が持っている!』

『寺脇に貰ったー。いやー、双子と一緒にうさぎさんぴょんぴょんする宇井なんてレアだよなぁ。普段のお前とギャップありすぎて笑える』

『いいから返せ!!』


阿部の悪ふざけにとうとうブチ切れた。
写真を返せと躍起になる宇井と、その宇井から逃げる阿部のおかげでその後の放送は滅茶苦茶。あまりの激しさにパーソナリティを含めた放送部は青ざめて避難することしか出来ず、騒ぎを止めにきた先生達が駆け付けるまで続くありさまだ。

その間もカメラは回っていたので、一部始終は全校に写されていて、放送室の大混乱と引き換えに校内中、大爆笑。騒ぎの原因となったお遊戯姿の宇井の写真はというと、こちらもばっちり放送されていたので、うさぎさんぴょんぴょんは全校生徒に知れ渡っていた。


『蒼夏タイム!来週もお楽しみに!』

『写真返せ!』





あきゅろす。
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