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この四角い世界の上で
秋の大運動会〜開幕編〜

はーい、皆さんこんにちは。七雲高校3年の寺脇司です。

今日は待ちに待った蒼夏幼稚園秋の大運動会、宇井は朝早くからツインズと俺達の為にお弁当を作って、俺と番長もとい三鬼、それと蒼夏の阿部はお父さん達に交じって場所取りを頑張りました。

いやー、本当に俺達よく頑張ったよな。
開会式の2時間前にも関わらず、門の前には場所取り役のお父さん大集合なんだから、軽くビビるってーの。
まあそこはサクッと終わらせて、本番に行こうじゃないか。

え?ツインズの活躍?
そんなの1位に決まっているじゃないか。

だって誠と橙南は、あの運動神経抜群の宇井の子供なんだから他の子供達に負ける筈ないって。かけっこも、リレーもぶっちぎりでしたよ奥さん。

え?それが本番じゃないのかって?
それならもう終わりじゃないかって?

チッチッチ、解っていないなー。
何も運動会は子供達が主役とは限らない。プログラムの午後の部には父兄リレーというものが、つまりお父さん達に出番が回ってくるのだ。

ここまで言えば解るだろう。そう、その通り。
宇井満が今年も父兄リレーに出るんです。


「宇井ー!頑張れよー!」
「負けんな宇井!」
「根性見せろ!!」


うおおお!と燃え上がる俺達の声援。
にも関わらず、宇井ってば見事に無視してくれるんだからおもしろくないよなぁ。普通なら「応援ありがとう!」って笑顔のひとつでも見せてくれれば――くれなくていい。いつも眉間に皺を寄せているような奴に、爽やかな笑顔を向けられても気色悪いだけだ。
それに、宇井が返事をしてくれないのは俺達だからだし。


「満くーん!頑張ってねー!」
「負けないでー!」
「最後まで諦めちゃだめよー!」


キャー!とあがる声はお隣のお母さん達。
応援文句はそう変わらないっていうのに、宇井ってば他所のお母さん達からの応援にはちゃんと頭を下げるんだから酷い。今の世の中、平等にいかなきゃだめだろ。


「差別なんて失礼しちゃう。阿部の奥さんもそう思わない?」


頬に手を添えて奥様トークを振ると、阿部も「思うわー」と返してくれた。俺と同じく頬に手を添えて奥様ポーズを決めてくれるんだから、やっぱり阿部はノリがいい。


「私達が宇井の事を1番応援しているのに、ちょっとくらい愛想してくれたっていいじゃないの」
「でしょー。あらやだ阿部の奥さん、見てちょうだい」
「何何?…やだわー、宇井ったらすっごい形相でこっちを睨んでいるじゃない」


恐いわねー、と2人で声を揃えれば、宇井の睨みがますますキツイものになったのを感じた。
やだなー、冗談なんだからそんなに恐い顔しなくたっていいのに。隣に並んだ加藤君のお父さんがびびってるじゃないか。


「ところで寺脇。なんで他所のお母さん達も宇井の事を応援してくれるんだ?そんなに有名人なのか?」


周りをキョロキョロと見渡す阿部に俺は「ああ」と納得する。
俺と三鬼は去年も運動会に来ていたけど、阿部は今年が始めただから知らないんだな。


「宇井はツインズの送り迎えでお母さん達と顔を合わせているし、あれで奉仕作業やバザーにも参加して仲良くなっているんだよ」
「宇井が奉仕作業にバザー?」


語尾をあげた阿部からは、そんな話信じられません、絶対嘘だろという心の声が丸聞こえで、ついつい俺も確かに宇井からはそんな感じしないよなと納得してしまった。

だって宇井に遊ぼうと誘っても、用事があるからって断られるんだ。
その用事っていうのは大半がツインズ関係のことで、きっと俺達も何年か先に解るようになるんだろうけど、親の優先順位というのはいつだって子供、もしくは子供関係が上になって、自分のことはつい後回しになってしまうんだ。宇井は正にそのパターン。

でも、ちょっとくらいその優先順位を変えてもいいんじゃないかと、寂しさ半分で思っていると三鬼に声をかけられた。


「おい、宇井の番だ」


三鬼に言われてレースに目を戻すと、まさかの展開に「おおぅ…」と声を漏らしてしまう。父兄リレーは各クラス対抗戦になっているんだけど、ツインズのクラスゆき組は4組中4位で最下位。
しかも、これがアンカーっていうのだから最悪だ。

宇井がまだバトンを受け取れずにいるのに対して、トップを走るほし組のお父さんは、もうコースを半分近く走っている。つき組、にじ組のお父さんも次々にバトンを受けとって走り出す。


「げっ!ゆき組が最下位かよ!」
「心配するな。阿部。ここから挽回じゃ!!」


ぐっと拳を握りしめる三鬼はメラメラと燃えていた。三鬼の熱気に感化されてか元々のノリの良さなのか、阿部も「そうだな!まだ勝負は終わっちゃいねー!」と燃えたぎる。

あのー、燃えているところ悪いんだけど、走るのは三鬼でもなければ阿部でもないから。宇井が走るんだからな?

そう言ったところで2人の耳に届く筈もなく、完全に熱血体育会系のノリに取り残されてしまった俺は、大人しくレース観戦に戻った。
ゆき組のバトンはようやく宇井の手に渡り、走りだした宇井だけど、本当にここから挽回できるのか。宇井を信じていないわけじゃない。だけどトップと半周遅れでは、信じるものも信じ切れないってものだ。

いよいよトップを独走するほし組のお父さんは、残り数十m。子供達と父兄達の声援がごちゃ混ぜになって、もう誰がなんて言っているのか解らないその状況で。


「がんばれー!」
「まけちゃやだー!」


誠と橙南、2人の声が鮮明に聞こえた。
子供の声なんてどれも似たようなもの。
なのにツインズの声だけがハッキリと聞こえたなんて妙な話。そして当然といえば当然だが、俺に聞こえたツインズの声は宇井にもしっかり聞こえていたようだ。


「おい!宇井のスピードがあがったぞ!」
「いっけー宇井!突っ走れ!!」


宇井の猛烈な追い上げに、三鬼と阿部のテンションがあがる。見ている間に1人、2人と抜いて残すはトップのほし組。

このままほし組が逃げ切るのか、宇井の大逆転勝利か。

子供達も、他所のお父さんお母さん達も、先生達もこの白熱したレースに叫び声にもにた声援を送り、会場は熱気に覆われた。
一瞬たりとも目が離せない。


「いっけー!宇井!!」


俺も声の限り叫んで宇井を応援する。
ほし組のお父さんは、宇井が迫っている事を知って必死に逃げるが、宇井のスピードはそれを上回る。ぐんぐん2人の距離が縮まれば、ゴールテープまでの距離も縮まり、ついにゴール直前、2人が横に並んだ!


『ゴール!1位は――』


どっちが勝ったのだろう。ここからでは、2人は同時にゴールインしたように見えた。放送席からのアナウンスに、全員が息を飲む。


『ゆき組です!』
「うおおおおお!やったな宇井!」
「ゆき組の勝ちだー!!」
「すっげ!本当にやりやがったアイツ!」


応援席からは、まさかまさかのゆき組勝利に拍手喝采。
本気で走りきった宇井はと言うと、膝に手をつき体をくの字に曲げて乱れた息を整えている。


「流石の宇井も疲れたようじゃの。喜ぶ余裕もないか」


大きく息を吸っている証拠に肩を上下させる宇井を見て、三鬼はそう言ったが、俺はそうは思わなかった。
顔を下に向けているからはっきりは見えないんだけど、髪の隙間から見えた宇井の口元は確かに笑っていたのだから。


「(ツインズも嬉しそうだな)」


ゆき組の席を見てみると、誠と橙南は両手をあげてぴょんぴょんと跳ねて、これでもかとはしゃいでいる。周りの友達も巻き込んで喜ぶのだから、それはちょっと喜びすぎではないか?
先生に叱られても知らないぞと心の中で忠告していると、やっぱり。元基先生に叱られて言わんこっちゃない。
「お疲れさん。凄い活躍だったな」
「まーな」


父兄リレーから帰ってくると宇井はどかりと座り込むと、阿部が紙コップを用意するのも待てずに2Lペットボトルのお茶を一気に飲みだした。おおう、なんて豪快。


「あー!お前なぁ、直接飲んだら紙コップを用意した意味ないだろーが」
「うるせぇ。こっちは全力疾走して疲れてんだ」
「それ全っ然、理由になってねーし」
「まーまー、阿部も落ち着いて。宇井はお疲れさん」
「おう」
「最後の走りは手に汗握ったぞ!さすが俺のライバルじゃ!!」


ははは!と大口を開けて笑う三鬼はこれまた豪快で、宇井がウザそうな顔をしてた。
つーか、一体いつまで三鬼の宇井に対するライバル意識は続くんだろう。そろそろ終わってくれてもいいんじゃないかなー。


『さあ運動会もいよいよ最後です。プログラムナンバー12番皆で仲良く踊りましょう。お父さん、お母さんぜひ参加してくださいねー』


アナウンスと同時に子供達が、わあっ、とお父さんお母さんの元へ一斉に走り出すもんだから、思わずこっちは身構えた。

やっべ!これがあるのを忘れていた!!

ついうっかり忘れていたけど、蒼夏幼稚園の運動会は最後に園児と父兄が一緒になって踊るのがお決まりで、去年もばっちり参加させてもらった。
歌に合わせて、うさぎさんぴょんぴょん、くまさんはーいなんてお遊戯この年でやってられるか!去年のでもうこりごりだ!!


「(やべっ!誠と橙南がこっち来た!!)」


頼むから俺のところには来ないで!!
誰と一緒に踊ろうか迷うように俺達4人を見て回るツインズが、この時ばかりは悪魔に見えてしまうが仕方ない。

去年の俺を知っている三鬼は口元が引きつっていて、阿部もこの雰囲気から察して目が合ったら最後という風に逸らしていると、宇井がとんでもない事を言ってくれた。


「おい、誠、橙南。三鬼と阿部が一緒に踊ってやるってよ」
「「なっ…!?」」
「ほんとう!?それじゃあ阿部くんはぼくと!」
「三鬼くんは、あたしとね!」


きゃっきゃっと腕を引かれて行く三鬼と阿部は、振り返った際に宇井をこれでもかと睨みつけていた。本当はお遊戯なんてごめんなんだけど誠と橙南の手前そうとは言えず、ずるずるとひきずられていく2人を宇井は嘲笑うように見送える。

なんだか三鬼と阿部が可哀想な気もするけど、かといって自分が代わりに行くかと聞かれればノーだし、心の中で謝罪しながら見送った。


「(悪いな。三鬼、阿部)」


ツインズと一緒とは言え、他所のお父さんお母さん達に交じって、うさぎさんとくまさんを踊る三鬼と阿部はとっても場違い。
本人達も自覚しているのか顔はもちろん耳の先まで赤いんだから、本当、あそこに行かなくてよかったー。

人事だからと呑気に笑っていると、宇井がゴソゴソしているのに気がついた。
何かをいじっているみたいだけど、凄い形相で睨んでいる。こめかみに青筋を立たせて、ブチ切れる3秒前。そこまでして何と格闘しているのかと宇井の手元を覗き込めば。


「(デジカメかよ!)」


心の中で突っ込んだ。
きっとこの間、阿部に買わされたと言っていたデジカメだろうけど、これに悪戦苦闘なんて本当呆れてしまう。
今時の若者なんだから、バイクみたいな大きなものばかりじゃなくて、これくらい小さい機械もお手の物でいこうよ。

解っていても意外だと思ってしまう宇井の苦手分野に、はあ、と溜息をついた俺は、鞄からそっとインスタントカメラを取り出した。宇井がデジカメを買ったのは聞いていたが、それでも万が一に備えて今朝、コンビニで買ってきたばかりのものだ。


「ほら宇井、これ使えよ」
「……」
「誠と橙南のダンス終わっちまうぞ」


本人はデジカメを使いこなせないのを認めるようで嫌がっているが、本当に早くしないとダンスが終わってしまう。インスタントカメラを軽く振って急かすと、ようやく宇井も受け取った。

意地っ張りめ。最初から素直に受け取ればいいんだよ。

インスタントカメラと交換に受け取ったデジカメは、ケースに入れて鞄の中にそっと仕舞っておく。

え?折角阿部が選んでくれたのに、それは酷くないかだって?
全然。だって折角阿部が選んでくれたのに、1枚も撮らないうちに壊される方がもっと酷いだろ。


「(宇井がデジカメの使い方を来年までに覚えられるといいな)」


あと、バッテリーの入れ方も。なんか軽いと思ったらバッテリー入ってないんだよコレ。
代わりに俺が撮ろうとしたけど、それすら無理ってどうよ?

そんな俺の問いは他所に、うさぎさんとくまさんのダンスは最後にジャン!と軽快なリズムで締めくくられて、蒼夏幼稚園秋の大運動会は終了していった。




あきゅろす。
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