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この四角い世界の上で
秋の大運動会〜準備編〜



子供の成長というのはあっという間で、ほんの少し見ない間にぐんぐん成長するもの。ついこの間までオムツをした赤ちゃんだったのにもう幼稚園。ちゃんと1人で歩けるし着替えだって1人でできる。

これだけでもいつの間にと感じてしまうのだから、子供の成長はやっぱり早い。今は自分の腰までもない高さから見上げているが、数年先には肩を並べて自分と同じ目線になっているのだろう。
一度しかない今日という日、今は想像すらできないが最高に輝いた子供達を写した写真を見て、あのころが懐かしいなんて思う日が自分にもくるのだろうか。



「――だからカメラは必要だと思うんだ」


秋の大運動会を前日に控えて、宇井と阿部達は都内の某電化店にやってきた。ずらりと並んだカメラを前に店員顔負けの熱弁をする阿部だが、肝心要、聞いてほしい相手である宇井は阿部の話を左から右に聞き流していた。

明らかにやる気を感じられない宇井に阿部は不満そうに唇を尖らせる。阿部が秋の大運動会を知ったのは、先週だがそれ以来というもの、まるで自分の事の様に張り切っていて、やれ弁当はこれがいいだとか、席の確保だとか口うるさい。

今日だって、カメラの準備はいいのか?と宇井に尋ねて返ってきた答えが「持ってねぇからコンビニで買ってくる」だったので、阿部は初め聞き間違いだと思った。

コンビニで売っているカメラと言えば、お手軽な使い捨てカメラ。
続いて運動会と言えば、子供達の年に一度の晴れ舞台。

あの年代の子供といえば体を動かしたくて仕方ない時で、加えてお父さんお母さん達の前だと嬉しさのあまり、ついつい張り切ってしまうもの。ツインズだって例外じゃない。

ツインズが宇井の弟妹なら運動神経は悪くないだろうし、むしろ同じ幼稚園の中では1番かもしれない。いや1番に決まっている。
かけっこでもお遊戯でもなんでもかんでも全力で張り切るインズは、きっと誰よりも目立つ運動会の主役で、思い出になること間違いなし!

それをズーム機能も画像補正も何もないコンビニの使い捨てカメラに収めるなんて!勿体なすぎる!頑張るツインズがかわいくないのか!

と、豪語する阿部。店に来てからというもの阿部のテンションは上がりっぱなしで、これではどっちがカメラを必要とする方か解らない。
本来、熱心に選ばなくてはならない宇井が、殆ど突っ立った状態でいるのも悪いといえば悪いのだけど、今の阿部のテンションの前では誰だってそうなると宇井は言いたい。

いくつか見本品を渡しても、選ぼうせず頭をかく宇井に、阿部は呆れはてたような顔で尋ねる。


「あのなあ宇井。お前、誠と橙南の思い出がなくてもいいのか?」
「ンな事思うか」
「だったらただ突っ立ってないで真面目に選べよ」
「……」


正論で返されて宇井は言葉に詰まった。
確かに、店に来てからというもの宇井は無言のまま立つのみ。
阿部の熱意に押されているのを差し引いても、あまりに興味が薄すぎる。これでは阿部に言われるのも当たり前で、宇井は堪らず目線を逸らす。

とはいえ、彼だってツインズの思い出がどうでもいいわけではない。

ツインズの幼稚園時代が1回だけだと解っているし、ましてツインズがかわいくないだなんて全く思っていない(こんなこと、恥ずかしくて誰にも言えないが)。それでもと言い淀んでいると、阿部が怪訝な顔で聞く。


「なあ宇井、ひょっとして去年の写真も使い捨てカメラ?」


去年の運動会に関して阿部が聞いているのは、三鬼と寺脇も一緒に応援したということだけでカメラの話は聞いていない。だとすれば使い捨てカメラだった可能性は高く、もしそうだったら今年こそはちゃんとした写真を撮ってやりたいのが親心というやつで、阿部の熱意は更に燃えあがる。

僅かに緊張しつつ答えを待てば、宇井は「違う」と短く簡素なそれでいて予想外の答えを口にした。嬉しい裏切りに、ほっと安堵する阿部だが、ここで同時に別の疑問が浮上する。去年は使い捨てカメラを使わなかったなら、一体どんなカメラを使ったのだろう。
三鬼か寺脇のを借りたのだろうか。

また尋ねようとして口を開きかけると、宇井がひと足早く答える、というより、話が途中だったらしい。


「そもそも、去年の写真なんて1枚もないぞ」
「ええー!?」


まさかそんな!

思わず叫んでしまった阿部の声を聞いて、他の客と店員がこちらを振り返った。しかし阿部の意識は宇井に固定されたままなので気づく筈もなく、宇井を凝視して写真が1枚もないなんて冗談だと言うのを待つも、宇井からは冗談の欠片も見当たらなくて、本当なんだと理解する。

そんな、まさか。写真を撮らないなんてありえないだろ…。

落ち込んだ誠と橙南が容易に想像できて、ショックのあまり言葉を失った阿部はがくりとその場に座り込む。男子高校生がいきなり座り込むと、元々注目されていたのが更に注目の的となり、流石にこれには耐えきれなかった宇井が、とりあえず立たせようと阿部の腕に手を伸ばしかけると、逆に掴まれた。

不意を突かれたのと蛇が獲物に噛みつくような素早さに、ほんの一瞬怯む。なんとか腕を離そうとしても、阿部の手は宇井の腕をがっちりと掴んでいてなかなか離せそうになく、躍起になればなるほどギリギリと力強く締め付けられて、妙な話ではあるがテニス部の握力を思い知らされた。

ぎらりと光る眼は宇井を捕らえて離さず、何故か危険なものを感じる。たかがカメラを見に来ただけなのに、どうしてこんな目に合わなければならないんだと宇井には不思議で仕方ない。


「ぜえぇぇったい!今年はカメラを買ってツインズの晴れ姿を撮るからな!」


そう言うなりテニスの試合より意気込んでカメラ選びに戻る阿部に、宇井はどうしようかと悩む。各カメラの機能を更に細かくチェックして、どれが最良のなのか選んでいる阿部には非常に言い辛いのだが。


「(俺、機械がダメだって言えるのか?)」


誰にだって得意不得意がある。宇井の場合、それを去年嫌というほど思い知らされた。

宇井だって、去年はツインズの運動会を写真に収めるべく三鬼から借りたカメラを構えて、自分でシャッターを切ったのをはっきりと覚えているし、一生懸命頑張る誠と橙南をファインダー越しに応援していたのも覚えている。

ツインズの勇士を写真に収めるべく、夢中でシャッターを切った。それはもうレンズカバーを外すのを忘れてシャッターを切っていたという致命的なミスを犯していたのも気づかないくらいで、それに気付けば気づいたらで使い方をイマイチ理解していなかったから、撮った写真はピントがぼけていたり写っているのが誠なのか橙南なのかそれとも他の園児なのか解らないくらいぶれていたり。

結果、初めての運動会はまともな写真なんて1枚もない散々なもので終わってしまい、この教訓を生かして来年は使い方がシンプルな使い捨てカメラを使おうと決心していたのだ。

そんな宇井の決心を全く知らない阿部は、宇井以上に真剣になってカメラを選び続けている。その真剣さといったら、本来客にアドバイスをする店員ですら遠巻きに眺めているのみ。他の客も阿部の異様な雰囲気に圧倒されて、カメラコーナーはもちろん周囲にのコーナーにも近寄ろうとしない。
店を巻き込んでしまってのカメラ選びに、宇井はますます言いだしづらくなって、仕方なく溜息に混ぜてこっそり呟いた。


「(選んでくれるのはありがたいけど、高性能なやつより、どうせなら楽なやつ選んでくれねーかな)」


機能が高性能になればなるほど、使い方は複雑になって自分には使えないのだから。






あきゅろす。
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