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この四角い世界の上で
秋の大運動会


夜、夕飯も食べ終わって誠と橙南を風呂に入れて寝かしつけた宇井は、誠と橙南の幼稚園バッグからそれぞれの連絡帳を取り出す。

連絡帳には、今日の双子が何をして過ごしたのか、どんな様子だったかが書かれているので、毎日目を通さないわけにはいかない。
さて、今日は一体どんな事が書いてあるんだろうと開くと、プリントが1枚挟まっていた。普段はないそれに、なんだろう?と思いながら一番上にある「保護者の方へ」に続く文字を目で読んだ宇井は、思わず「げっ」と言葉に出していた。

幼稚園からもらってくるプリントは、夕涼み会や遠足、幼稚園の草刈りなど年中行事のが多い。しかし、今回のはその行事の中で、宇井がもっとも苦手とするもの。

秋の大運動会のお知らせであった。









「(今年もそんな季節になったんだな…)」


昨晩、季節の変わり目を感じさせたプリントは、翌日も引きずっていて終業チャイムが鳴った直後、宇井は「はあ」と溜息をつく。
心底嫌がっているその溜息に、前席の高沢が心配して振り返った。


「宇井、溜息なんかついてどうかしたかい?」
「チビ共のことでちょっとな。高沢が気にすることじゃねぇよ」


なんでもない、という風に手を振れば高沢は「そう?」とまだ気にかけているようではあったが引き下がった。

今まで高沢とはそれほど親しくなかった宇井だが、先日の林間学校で特殊な体験を分かち合い、同じ班の仲間だったこともあって何かと気にかけてくれる。今も、一度引き下がったのにまた振り返ると「何か俺が力になれるようなことがあったら遠慮しないで言ってくれよ」と真剣に言うほど。

そんな彼の優しさに宇井は感謝しつつ「ンな大げさなモンじゃねぇよ」と笑えば、ようやく彼も安心したように笑い返した。


「じゃあ、何で溜息ついたのか俺に教えてちょーだい」


語尾を弾ませて嬉々として尋ねる声。誰かなんて聞かなくたって解る。テニス部部長、阿部の登場に、宇井は先より深い溜息をついた。遠慮がないと解ればその通り遠慮しない彼の性格には、高沢も眉をハの字にして笑ってしまう。


「断る」
「えー、いいじゃん。だって俺達親友だろ?」


ポーズを決めて“親友”を強調する阿部に、宇井の頭は痛くなる。
林間学校では阿部とも行動を共にしていたが、阿部が宇井を気にかけるもとい、ちょっかいをかけるのはもっと前からで、それでも阿部と親友になった覚えは一切ないし、彼と親友になるくらいなら宇宙人と親友になった方がまだマシだと断言できた。

そんな宇井の思いを知ってか知らずか(知っていても変らないだろう
)阿部は嬉々として話を促す。


「チビ共って誠と橙南のツインズのことだろ?アイツ等がどうかしたのか?」
「うっせぇな。何でもねぇって言ってんだろ。第一、何かあったとしてもお前には絶対に言わねぇよ」


邪険に扱われて、さすがの阿部もムッとなった。
よほど高校生らしくなくぷっくり頬を膨らませた彼は、ポケットから紙コップを取り出す。それで?と宇井が顔をあげると、阿部はニイッと得意満々の笑みで。


「あー、あー、聞こえますか?宇井が俺達の事を仲間はずれにするんだ。俺って可哀想じゃない?すっかりブロークンマイハートだよ」


誰に向かって言っているんだと呆れる傍ら、紙コップに糸がついているのに気付いた宇井は、まさかと紙コップから伸びる糸、糸電話の相手、教室の扉を見やる。そしてそこに見つけた三鬼と寺脇に、苦虫を噛み潰したような顔になった。


『了解!ここから先は俺達に任せてくれ!』


そう言った寺脇の言葉だけを聞いたら、どれだけ立派な返答なんだろう。最後に付け加えられた『だって俺達、大親友だから!』の言葉に今日1番の溜息をついた。

七雲の生徒でありながら、週1度の割合で蒼夏に来る三鬼と寺脇には部外者という認識はなく、せいぜい友達に会いに来た隣のクラスの大親友AとB。

宇井のクラスメイトも慣れたもので、三鬼と寺脇に手をあげて挨拶をするのだから、もう何が常識なのか解らない。ひょっとしたら自分が異常?なんて間違った考えすら起こしてしまいそうだ。


「宇井、水臭いぞ。悩みがあるなら俺達に言わんか!」


開口一番、三鬼の言葉はなんとも心強く、クラスメイト達からは、さすが七雲の番長!男の中の男だぜ!なんて声も聞こえて、拍手喝さいの大盛り上がり。それでも宇井にはただの迷惑でしかなく、もう相手にすらしない。完全無視だ。

素っ気ない宇井に、寺脇と阿部は顔を見合わせて悲しそうに肩をすくめる。眉を下げて泣きそうな顔で悲しさを強調されても、それが2人の演技だと解っている宇井はこれも相手にしない。
授業も終わった事だし、さっさと帰ろうと鞄に教科書ノートをつめこんで立ちあがると、立ちあがった瞬間に寺脇と阿部に肩を押されて無理矢理座らされた。


「放せよ」
「そっちこそ話してくれないと」


な?とニッコリ笑顔付きの小首を傾げられて、宇井は寺脇の顔面を力の限りぶん殴りたい衝動にかられた。堪忍袋の緒が切れる一瞬手前、それでもそれを実行しなかったのは、阿部が宇井の鞄にあったプリントを読みあげたからだ。


「えーっと、秋の大運動会のお知らせ?」


なんだこれ?と眉を潜めるも、阿部はプリントを元の場所に仕舞った。まさかこんなものが宇井の溜息の原因ではないだろうと思ったからだ。もっと他に繋がる手掛かりがある筈だと鞄をあさろうとしたところに、寺脇が「待った」をかける。
どうして待ったをかけられるのか阿部には見当がつかず、不思議そうな顔で寺脇を見ると、寺脇はにんまりとした顔で宇井を見ていた。全てが解ったという寺脇のどや顔に、宇井は苦々しく舌を打つ。


「秋の大運動秋か、そういや去年の今頃だったっけ。なあ宇井、今年も頑張らないといけないな」
「誰が頑張るもんか。つーか、俺の代わりに寺脇が出ろ」
「身内じゃない俺が出たらおかしいだろ。ここはやっぱり満パパの出番だって」
「気色悪い言い方すんじゃねぇ!」


切れたと同時に拳が飛ぶも、寺脇には予想済み。90度のお辞儀をしてやれば宇井の拳は頭の上を通過していき、ある意味息がぴったり合った動きに阿部が感嘆の声をあげる。


「宇井と寺脇って仲いいよな。つーか、秋の大運動会って何?そっちだけで盛り上がってないで俺にも教えてよ」


阿部が宇井と親しくなったのはこの春から。それ以前のことは全く解らなくて、仲間はずれはちょっと寂しいと訴えれば寺脇は嬉々として教えてくれた。宇井が刺すような目で睨んでいても、もちろんお構いなしに。


「今週の土曜日にツインズの幼稚園で運動会があるんだ。さっきのプリントはそれのお知らせなんだけど、なあ三鬼、去年の運動会覚えているか?」


宇井のクラスメイトに囲まれている三鬼に話を振ってやれば「おうよ!」と威勢のいい声と共に振り返られた。三鬼はれっきとした七雲生なのだが、男子比率の多いこの蒼夏では三鬼の様な豪快で男臭いキャラクターは受け入れられやすく、まるでここが自分の学校、クラスのように馴染みきっている。

七雲の番長は蒼夏生と仲良くなった。友達の輪を広げた。テリトリーを広げた。

なんて一昔前のRPGに流れそうなテロップを思い浮かべたのは、寺脇だけではない筈だ。じゃあな、と片手で挨拶をした三鬼は、寺脇の横に並ぶ。


「運動会のプログラムには保護者参加のもあってな。そこで去年宇井は父兄リレーに参加したんじゃ」
「宇井が父兄リレー?」


大会本部から「お父さん、お母さん、頑張ってくださーい」のアナウンスが流れ、幼稚園児に応援される中、走る宇井を想像してしまった阿部は「ぷっ」と吹き出した。

いつもの宇井からは全く想像できない正にいいお父さんの図だ。
一生懸命宇井を応援するツインズと、それにこたえる宇井を見て、他所のお父さんとお母さんは、将来きっと良いお父さんになると言っているに違いない。
これは見物だぞ。


「なぁ、宇井。幼稚園の運動会って俺でも見に行けるのか?」


その言葉が何を意味するのか、聞かなくても解る。むしろ聞く必要なんてあるのかと逆に聞こう。
去年の今頃、阿部と全く同じ質問をした2人を(これについても誰がなんて聞かなくても解るだろう)思いだしながら、宇井は諦めた様子で頷いた。

今年の秋の大運動会は、去年以上に賑やかになるらしい。



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