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この四角い世界の上で
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時期が時期だから仕方ないけど、これはちょっと続き過ぎじゃないか。
止む気配のない雨雲を見上げつつ、宇井はそっと窓に手を伸ばした。

天気予報によれば関東地方が梅雨入りしてから今日で3日目らしいが、実際にはもっと前から降っている。
雨も1日くらいならいいが、連日連夜で降られるのは、今やっている土方バイトの関係上、やめてほしい。水を吸った土は重いし、冬でなくとも夜の雨は体を冷やす。風邪でもひいたら最悪だ。


「なーに眺めてんだ?」


ん?と小首を傾げてやってきたのは、阿部。
宇井の隣に立った彼は、何かおもしろいものでもあったのか、と宇井の視線の先を探したが、見えるのは灰色にくすんだ町の景色だけ。
頭に疑問符を浮かべる阿部に、宇井は言った。


「ただ雨が降っていると思っただけで何も見てねぇよ。ところで部活はどうしたんだ?」


宇井の様な帰宅部ならともかく、テニス部部長を務める阿部は、放課後のこの時間は仲間と共に部活に励んでいる筈。制服姿で部活ジャージに着替えていない阿部に疑問を抱くと、阿部は窓の外を指差した。


「これじゃテニスコートは使えないだろ。体育館で筋トレしようにも、他の部活でいっぱいだったから今日は無しにした」
「ふーん」


体育館には、テニス部と同じく外で行う部活が筋トレで集まる上に、バスケ部やバレー部といった元々の室内競技の部活がいる。きっと外部連中は、僅かなスペースに押し込められるようにしているのだろう。

それは言葉には出さなくても阿部に伝わったらしく、力強く頷かれた。


「そういうこと。ただでさえ湿気でむさくるしいのに、男どもの熱気なんて耐えられるかって。それにここのところ、練習続きで碌に休みがなかったからちょうどいい骨休みさ」


そう言われて宇井はああ、と納得する。
確か先週の土日に支部予選があった。きっとそれに向けて皆一生懸命だったのだろう。残念なことに、蒼夏高校のテニス部はそこまで強くないから…。

テニス部に関連して、宇井の頭に七雲の三鬼と寺脇が浮かぶ。
ほぼ週に1回の割合で蒼夏に来る三鬼。彼の学校は都内でも指折りのテニス強豪校で、そんなに頻繁にくるなら、阿部達には練習試合のひとつでも申し込みたい相手だ。
それなのに彼はテニス部には目もくれず、非テニス部の宇井に勝負を挑んでいる。なんとなく罪悪感のようなものを抱いて、いたたまれない宇井だが、阿部は気にしていないのか、そのことに触れようとしない。ただ宇井の隣で、降り続く雨を眺めていた。


「梅雨前線は停滞しており今週いっぱい雨が続くでしょう」
「阿部。それ、いつの天気予報だ?」
「今朝。めざましでやってた」
「ふーん」
「なんだよその意外そうな態度」
「別に。阿部って占いとわんこくらいしか見ないと思ったのに、天気予報も見るんだな、と」
「バカにするなよ。俺だって天気予報くらい見るっつーの。…まぁ、確かに占いとわんこは欠かせないけど…」


どこか気の抜けた会話をしながら、2人は空を見上げ続ける。
それで天気がよくなるわけじゃなかったが、やっぱりそうし続けるしかなかった。

また少し強くなった雨が憎らしくて、太陽がよりいっそう恋しい。
2人並んでぼんやり眺めていると、廊下に声が響いた。


「よかった。阿部、まだいたんだね」


殆ど同時に宇井と阿部が振り返れば、1人の女子生徒。
見覚えのある彼女に、確かテニス部のマネージャーだと宇井は思い出していた。


「どうした江崎。何か用か?」
「うん。ガーデンのコート、屋根付きのが借りれたから、阿部も行かないかって深津が言ってた」
「マジ?それって最高!行くに決まってんじゃん!」


テニスができると聞いて、阿部はそれまでやる気が全くなかったのが嘘のように生き生きとしだした。さっき骨休みと言っていたのに、実際のところは、テニスがやりたくて仕方なかったらしい。
単純な奴、と顔に出さないで笑う宇井だが、テニスの話題が出た以上、アウェイだと感じずにはいられない。こっそりその場を立ち去ろうと背中をむければ「ちょっと待てよ」と阿部に止められた。


「宇井。お前も行かないか?」


さも当然のように言われて、宇井は驚いた。若干、戸惑いが含んだ目で江崎を見れば、なんと阿部の提案に賛成らしく「それいいじゃん」と手を叩いているではないか。
返す言葉に戸惑っていると、江崎にずいっと詰め寄られた。思いがけない行動にたじろいでしまう。


「今日のは部活じゃなくて遊びだし、雨で溜まった鬱憤を晴らせるわよ」


確かに、ここ数日の雨で気が滅入っている。きっとテニスで思いっきり体を動かせば、江崎の言うとおり鬱憤晴らしになるだろう。
何も言わない宇井を思案中と考えたのか、江崎が「ね?」と小首を傾げればもうとどめだろう。有無を言わせないその勢いに押されそうになったが、宇井は首を横に振った。


「チビ達の迎えがあるんだ。悪い」
「そっか。それは残念ね」
「悪いな」


心底申し訳なさそうに言う宇井に、江崎も首を横に振る。


「ううん、こっちがいきなり誘ったんだから気にしないで。行こ、阿部」
「ああ。宇井、また今度やろうな」


早くテニスをしたくて仕方ない彼等は、歩くのももどかしく走っていく。阿部と江崎の背中を見ているうちに、宇井は胸がだんだん熱くなるのを感じていた。


『また今度やろうな』


断られた時の決まり文句と言えばそれまでだが、仲間のように声をかけてくれたのは嬉しかった。
自分はテニス部ではないのに。優しい連中だ。


「行くか」


外は相変わらずの雨。
待っていれば少しくらいは弱くなるだろうと思ったが、無理らしい。それなら自分が迎えにくるのを今か今かと待っている、誠と橙南を早く迎えに行こう、と、宇井は歩きだした。




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