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この四角い世界の上で
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夜。

隣で寝ている誠からは、すやすやと寝息が聞こえてくるのに対して、同じ布団の橙南の目はぱっちり開いたままで全く眠気が来ない。
それでも暫くは、時計の針がチクタクチクタクと規則正しく動くのを聞いていたが、結局は、暗い室内に響いてただ時間だけがぼんやりと過ぎてゆくだけだった。

終に寝るのを諦めた橙南は、誠が起きるかもしれないのを無視して布団を飛び出すと、隣のリビングとを仕切る襖をほんの少しだけ開けた。細長い光が布団の上に伸びて、見えたのは宇井がテーブルで課題をこなしている光景。

左手のシャーペンが黙々と動く。気付かれないように、橙南は息を殺して彼を見る。

橙南は、何となくこの男との距離が掴めずにいた。

決して宇井が嫌いなわけじゃない。
宇井が橙南も誠も大切してくれているのは解っている。
それでも、橙南は最後の一歩で躊躇していた。

一体、自分とこの男はどういう関係なんだろう。

残念なことに今の橙南は、それに当て嵌まる言葉を知らなくて、あと一歩を躊躇わせている。
トモ兄、トモ兄と呼んでいる高木は別にして、この男は兄ではない、父親ではない。誰にも言えない悩みと関係に戸惑う日々。
今日こそはその疑問が解決するかもしれない、と橙南は観察を続けるが、生憎宇井は、黙々とシャーペンを動かすだけ。時折ページをめくったり、教科書から目的の文章を探したりしているが、これでは観察のし甲斐がなくて、溜息をついた。

いつか、将来。
自分が大きくなって、もっといろんなことを知って、理解できるようになったら。この男との関係も理解して、それに当て嵌まる言葉も知れるのだろうか。
今はまだ、そんな日の欠片すら感じられないけど……。


「どうした」


突然の声に橙南ははっとしたが、宇井は顔を上げないままでシャーペンも動き続けている。
初めは自分の空耳かと思ったが、宇井がこっちをみたので、覗いているのはばれていたのかと、バツの悪い顔をしつつ、襖を開けた。
開けたまま出てくる訳でもなく固まっていると、宇井は視線を橙南の奥、寝ている誠に向けたので、橙南は慌てて出て、後ろ手で閉めた。

もしかしたら誠が起きたかもしれないと耳を澄ませば、聞こえてくるのは秒針が動くかすかな音だけで、よかったと安堵する。


「眠れないのか」


尋ねるのではなく、断言するその口調に、橙南はむっとしたが実際そうなので反論できずに、眉間に皺を寄せるだけに留めていると、宇井はシャーペンを置いて、こっちに来いと手招きする。
邪魔をしないようにと思ったのに、結局は邪魔をしてしまったと、なんとなく罪悪感に見舞われた橙南は、おずおずと宇井に歩み寄り、そんな橙南がじれったくなった宇井は、己の手が届く範囲に橙南が入るなり、ぐいっと引っ張った。子供の橙南はいきなり強く引っ張られてバランスを崩したが、フローリングの床に倒れるより早く、宇井の胸に受け止められていた。

バイトで鍛えられた硬い筋肉と、豆だらけでゴツゴツした手。

宇井の今のバイトが工事現場なのを橙南は知っている。高校生で少しでも時給のいいところというと、大抵は力仕事なのだ。

それでも、なのか、それだからなのか。
宇井に抱かれた腕の中で、橙南は自分が安心感に包まれていくのを感じていた。
とくん、とくん、と聞こえてくる宇井の心音と、自分や誠よりちょっとだけ低い体温が心地いい。

宇井は再びシャーペンを握って課題に取り組むが、その膝の上には橙南がいて、右手で抱きしめていた。左手しか使えないのは酷く不便だが、彼が橙南を離す素振りは全くない。

宇井に抱かれて、橙南はようやく眠りにつくのだが、夢と現実との狭間、浮かんでは沈み浮かんではまた沈む意識の中で思う。


いつか、将来。自分が大きくなって、もっといろんなことを知って、理解できるようになったら。この男との関係を理解して、それに当て嵌まる言葉も知れるのだろうか。

きっと来るに違いない。

そしてできることなら。

その言葉は父親であってほしいと思う。



見えたのはほんの小さな欠片だけど、それは確かな道標。




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