この四角い世界の上で
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宇井は校門には向かわず、用務員室へ向かった。この学校の用務員口は、校門の間裏に位置している為か、この存在を知る者はほとんどいない。おかげでこうやって誰かから逃げる時には非常に便利で、宇井は三鬼が来る度にお世話になっている。
「じいさん、今日もこっち使わせてくれ」
「おお、宇井君。今日も来たのか。いいよいいよ、使いなさい」
滅多に人が来ないからか、この用務員は宇井が来るのを楽しみにしているらしい。出入り口を使っていいと言ったわりには、お茶の用意を始めた彼を見て、宇井も腰を下ろした。
「彼も久しぶりだねぇ。最近は来なかっただろ?」
「4月だからな。新入部員の教育や支部予選とかいろいろあったんだろ」
用務員が出してくれたお茶をありがたく頂戴しつつ、宇井が「俺に構っている暇なんてどこにもねぇくせに」とぼやけば、用務員は愉快そうに笑う。
「男は常に強いもんと戦いたいからのぉ。それだけ宇井君を認めているということじゃないかい?」
「俺はテニス部じゃねぇっつーの」
「そうじゃったそうじゃった。あの子は中学の時の友達なんだって?」
自分の湯呑みを持って、用務員は目を細めて言う。
きっと自分が若かりし頃と重ねているのだろう。彼の声には懐かしむ様子が含まれていたのを感じて、宇井は頷く。
「友達っつー程じゃねぇけどな。俺と三鬼は同じ中学なんだけど、3年の球技大会でテニスに出たんだ。そこでアイツと当たったのが運のツキだよなぁ」
当時を思い出してはあ、と嘆く。
宇井がテニスに出たのは、ほんの偶然だった。当時、同じクラスの寺脇(彼もまた同じ中学出身だ)に進められて出場。テニス部に所属していなかったものの、テニスを知っていた宇井はトントン拍子でトーナメントを勝ち抜けてついに決勝戦。
当時もテニス部部長だった三鬼との対決で、勝ってしまった。
帰宅部の宇井が現役テニス部に勝った理由として、3ゲームマッチの2ゲーム先取、テニス部と当たった場合は1ゲームハンデの特別ルールが大きく関係しているのだが、いくら言っても三鬼は聞く耳持たず。今日のように再戦を挑んでくるのだ。
「やってあげればいいじゃないか。1回試合をすればもうしつこく追いかけてこないんだろ?」
用務員のいう事はもっともだ。三鬼の挑戦を跳ね返すからこうして何度も挑まれる訳で、1度試合をすればそれで決着がつく。
にこにことほほ笑む用務員とは対照的に、宇井の肩は最下層まで落ち込んだ。
「んな事、とっくの昔にやった。だけどまた勝っちまったんだから仕方ねぇだろ」
これには用務員も「おや」と目を丸くする。
七雲高校といえば、都内でも指折りのテニス強豪校。そこの部長に勝ってしまうなんて、いやはやなんとも強いではないか。
彼がテニス部に入っていないなんて、なんと勿体ないことか。三鬼だけでなく、テニス部も喉から手が出る程、宇井の入部を望んでいるだろうに。
「そろそろ行くか。茶、ありがとな」
「はいはい。また来なさい」
手を振って見送る用務員に、宇井は軽く頭をさげると、ドアを少しだけ開けて、周囲に三鬼や他の生徒達がいないのを確認してから用務員室を出ていく。
ここは絶好の隠れ家なのだから誰にも見つかるわけにはいかない。
「宇井!どこにいったー!!?姿を見せて正々堂々勝負せんかー!!」
やなこった。
三鬼の叫び声を聞きながら、宇井は今日も無事に用務員口をくぐって家路につく。
このやり取りが週に1回の割合で行われているのだから、たまったもんじゃない。はあ、と溜息をついた宇井の耳に、またも三鬼の叫び声が聞こえてきた。
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