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この四角い世界の上で
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放課後、宇井がそろそろ帰ろうかと思っていた矢先に教室の扉が開いた。それだけならなんてことはない、いつものことだが、入って来たのが遠く離れたクラスの生徒、テニス部部長の阿部真司だったので重たい溜息をつく。

また来たか、と。


「宇井、お前にお客さん」


人ごとだからと楽しげに言う阿部に、正直一発殴りたい衝動にかられたが、そこはぐっと堪えて机の脇にかけていたエナメルスポーツバッグを肩に担いだ。構うだけ時間の無駄だ。


「えー?帰るのかよ。折角、七雲から来てくれたのに」
「んなモン知るか。いちいちアイツの相手をしていたらバイトに遅れる」


ざっくらばんと切り捨てて、宇井が帰ろうとすると。


「見つけたぞ」


ごつい顔に太い眉。加えて肩幅の広い体格。
一昔前で言う、番長風な男が宇井の前に立ちはだかった。
心底会いたくないと思っていた相手がこうして目の前にいるなんて、一体、誰が喜ぶだろう。男、三鬼武士を見るなり宇井はげんなりした。


「宇井!今日こそ決着をつけてやる!」


ビシッ!と効果音がつきそうな勢いで指差す三鬼だが、宇井本人にやる気は全くない。それどころか、不機嫌そうな顔にはさっさと消えろとデカデカと書かれているのに、三鬼には見えていないのか?


「おい三鬼。俺はテニスを辞めたって何度言えば解るんだ。つーか、俺に勝負挑む暇があるならウチじゃなくて明常行けよ」


言っておくが、三鬼はここ、蒼夏高校の生徒ではない。隣町にある七雲高校の生徒だ。
わざわざ隣町からご苦労なことと思うが、バイク使用の為、苦労でもなんともないらしい。それを知った宇井が、運動部ならロードワーク兼ねて走れと的外れなツッコミをしたのは随分懐かしい話である。


「いいや!俺はお前との決着をつけにゃ気がすまん!いくら明常が王者校と言われようが、俺には関係ないわ!!」


熱く語ってくれる三鬼に、おおーっと歓声と拍手が起こる。言わずものがな、テニス部の連中だ。いつの間に集まった。部活はどうしたと言いたいところだが、彼等にしてみれば部活よりこっちを見ている方がおもしろいのだろう。

部長が部長なら、部員も部員。揃いも揃って野次馬根性丸出しな奴等だ。
口元が引きつりそうになるのを必死に押さえながら、三鬼の後ろにいる男を呼ぶ。


「おい寺脇。お前のところの部長だろ。どうにかしろ」


そう言えば三鬼の背中から、男がひょいと顔を出す。三鬼ですっぽり隠れていた彼もまた三鬼と同じく他校生、部外者。
他校生が出入り自由なんて、この学校はどうなっているんだと怒りを堪えつつ寺脇を睨んだ。


「俺はしがない平部員だから無理。つーか、番長に意見できる奴なんて七雲にいるかよ」
「テメェ…」


ハハハ、と笑う寺脇を見て宇井のこめかみに青筋がたつと、ぽんと肩に手を置かれた。誰かなんて尋ねなくても解る。三鬼だ。


「今日こそお前との決着をつけてやる」
「だれがするかよ」


中指たてて御挨拶。掴まれた手を払いのけると、窓に向かって全速力で走りだした。クラスメイトやテニス部が、あ、と声もあげる間もなく、宇井は窓枠に足をかけて飛び出した。
飛び降りたのを目撃した生徒達は、宇井の無事を思ったが宇井だってそこまで命知らずじゃない。正面の木に飛び移っただけで、枝から枝を伝って降りていく。
三鬼が窓の下を除いた頃には、すでに宇井は地面に到着しており、じゃあな、と片手をあげられた。
爽やかぶったその仕草がなんとも憎らしい。


「おのれ宇井!そこを動くな!今、俺も!!」
「わーっ!三鬼タイムタイム!!お前が乗ったら間違いなく枝が折れる!!」


窓から身を乗り出そうとした三鬼を、寺脇が慌てて引き留める。いくら宇井が成功したからって、三鬼も成功するとは限らない。
って言うか、絶対無理だ。三鬼が木に飛び移れば、重みに耐えきれずに枝が折れて落下。そのまま地面とご対面なのは目に見えている。それを引き留めない程、寺脇もバカじゃない。

窓から出ようとする三鬼と、それを必死で引き留める寺脇を見上げて、ひとしきり笑ってから宇井は歩き出した。

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あきゅろす。
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