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この四角い世界の上で
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食事中の話題はもちろん、シンガポールの様子で、高木の話を一言も聞き洩らさないよう、双子は熱心に耳を傾ける。

有名なマーライオン公園、よく知られている白のマーライオンと対になっている茶色のがセントーサ島にあること。
水上からシンガポールの街並みを楽しむリバークルーズ。
国の文化遺産のチャイムスは、かつて写真家がお気に入りのテーマにするゴシック建設の修道院があったが、今は人気のショッピング、ダイニングスポットと変貌を遂げて、ミュージカルやリサイタルも行われている。

旧最高裁判所はコリント式円柱、クラッシックなデザインで、シンガポールにある英国支配下中の建設物では最も素晴らしいもののひとつと評される場所だ。

チャイナタウンはその名前から全てが中国風と思いがちだが、実際にはシンガポールの持つ民族や宗教が融合した独特の雰囲気も存在している。


「で、左右の店からスパイスの匂いがしてそこをずーっと歩いていくんだ」
「それでそれで?」
「カラフルな壺やらサリーやらいろんなのがあって…」
「さりー?」


初めて聞く言葉に橙南が首をかしげた。


「インドの服の事だ。で、そこの一角でこいつを入れてもらったんだけど…かっこいいだろ?」


ぐいっと袖をまくって自慢げに笑って見せた二の腕には、びっしりと複雑な幾何学模様が描かれていた。
ヘナタトゥーだ。


「「かっこいー!!」」


今度は期待通りの反応を見せてくれた双子に、高木は満足すると、喋ることに夢中になりすぎてすっかり忘れていたフィッシュヘッドカレーを一口食べた。
見た目のインパクトで選んだ料理だが、魚がまるまる1匹入っているので、よく出しが出ている。少し冷めてしまってもスパイスの香りとその味に、やっぱりおいしいと自画自賛する。

ふと双子の皿を見れば双子も、机に並べられた写真を食い入るように見ているのでさっきからカレーが減っておらず、見かねた宇井が食べるように促した。


「誠、橙南。写真は後にしてさっさと食え」
「すっげーかっこいー!トモ兄、それってタトゥーなんでしょ?」
「とはちょっと違ってな、これはヘナタトゥーっていって、10日くらいで消えるんだ」
「へー…ぼくもやりたい!」


勢いよく手を挙げたのは誠で、やっぱりこういうものは男の子の方が食いつきいいなーと高木は微笑ましく思った。


「いつかな。ほら、土産があるんだからさっさと食べろ」


隣の橙南を見てみれば、残すところあと僅かになっている。宇井に至っては食べ終わるどころか、食器を洗うところで、誠も慌ててスプーンを握った。


食事の後、双子は貰ったばかりのシンガポール土産を広げてはしゃいでいる。
どうやら、お揃いのチャイナ風Tシャツは気に入ったらしい。

そんな双子を横目にした宇井は、シンガポールでチャイナ風かよと思ったが、本人達が気に入っていればそれでいいか、と缶ジュースのプルタブを開けた。

これも高木の土産で、シンガポールではメジャーな飲みものだとか。炭酸飲料のAnythingと炭酸なしのWhateverの2種類があり、味は不明のロシアンルーレットジュース。
Whateverを選んだ宇井は一口飲んで顔をしかめた。
中身は菊花茶という甘いお茶で、甘いものを苦手とする宇井にはハズレの味だ。


「なぁ、満」
「ん?」


これ以上飲みたくないと、缶を遠ざける宇井の仕種は妙に子供っぽくて、高木は笑いたくなるのを頬杖をつくことでごまかした。


「ありがとな」


何がとは言わなかったが、何を言いたいのかよく解る宇井は小さく溜め息をついて高木が持っている缶を奪って飲んだ。口に広がる炭酸と馴染みのある味はコーラか。


「アイツ等は俺の家族だ。礼を言われる筋合いはねぇよ」
「そっか」


短く返すと、高木は奪われたコーラの代わりに菊花茶に手を伸ばす。

ジャーナリストとして活躍する高木は、ここ数年間、海外を飛び回っていた。いろいろな国で取材できることは自分のジャーナリスト魂を燃やす反面、双子を育てられないジレンマもあった。
特に海外部に回された時、双子は1才そこらで、宇井はまだ中学生。
子供に子育てさせてどうすると悩み、いっそのこと辞めてしまおうかなんて考えたりもしたが、宇井に、稼ぎを無くすつもりか、と現実的かつ冷静に言われてしまった。

それでも高木はまだ葛藤していたが、最後には「いいから行ってこい!」と半ば追い出されるように(最後の最後、空港で蹴られたからやっぱり追い出されたのかもしれない)されたのは今となっては懐かしい思い出だ。

学生時代は青春時代。

宇井だってやりたいこともたくさんあるだろうに。現に、1つ諦めさせてしまった。たった1度きりの人生、青春、その全てを子育てに費やさせるのでは悔いが残ってしまう。
だからせめて高校生活最後の1年だけでも手助けできないか、と思い、日本に戻れるよう上司にかけあい僅かながらも実現した。


「トモ兄ー、ファックスとどいたよ」


橙南の声で、考えに耽っていた高木はハッと我に返った。


「Terima kasih」(ありがとう)


今なおファックスから出てくる用紙は、上司からだ。いつまでに記事をまとめてこいだとか、次の特集についてだとか、要する打ち合わせ内容なのですぐに読まなければ仕事に差し支えてしまう。
手に持ったまま、飲まずにいた菊花茶を一気に飲み干せばやはり甘い。
今度シンガポールに行ったら、砂糖なしで注文しないといけないな、と高木は空き缶を置いた。




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あきゅろす。
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