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この四角い世界の上で
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学校の行きと帰りに幼稚園に寄って、双子を迎えるのは宇井の日課だ。他の園児と比べて随分遅い帰りだが、それでも共働きが多いこの時代。預かり保育を利用する親は多く、双子の他にもまだ数人残っていた。

左右に別れて繋いだ双子の手は、宇井の手にすっぽりとはまってしまうほど小さくて頼りなくて、車道にはみ出さないようにしっかりと握りしめる。

双子が幼稚園であったことを楽しそうに話すのを聞きながら歩いて、3人の住む家が見えると部屋の明かりがついているのに気づいた。
誰かいる。


「ねーねー」


引っ張られた左手を見下ろすと、誠も気づいたらしい。宇井を見上げて家を指した。


「トモ兄?」


同様に右手の橙南も尋ねる。


「そういや、今日帰ってくるって言ってたな」


予定を言うことで返事とすると、滅多にいないその人がいると解った双子は早く中に入りたくて仕方ない。
しきりに手を引っ張るので、宇井がその手を離してやると、双子は先を競うようにして走りだす。
1人残された宇井は、その後ろ姿を眺めながら追いかけた。


「ただいまー!」
「ただいまー!」


自分達の背丈より高い場所にあるドアノブを勢いよく開けて、走り込んだスピードをそのままぶつけるようにして入れば、双子を眼鏡の男、高木智和が受け止めた。


「お帰りツインズ。満は?」
「あとからくるよ」
「トモ兄、トモ兄。こんどはいつまでいるの?」


久しぶりに会った高木に、誠と橙南は目を輝かせる。
そんな双子のはしゃぎっぷりが微笑ましくて、彼は口元に笑みを浮かべると、屈んで自分より若干上になった誠の頭をぐしゃりとかき混ぜた。


「今回は秋頃までいられるんだ。その間はよろしくな」
「「やったー!」」


一緒に暮らせると聞いて、双子は今日1番の歓声を上げた。
海外ジャーナリストとして世界を飛び回っている高木とは、3日や4日、長くても1週間しか一緒にいられなかった。
それが秋までいるというのだから、まだ春中盤の今、喜ばずにはいられない。

双子がきゃっきゃと声を上げて喜んでいると、最後の家族、宇井が入ってきた。
ドアの音と誠に落ちた影の両方で宇井の帰宅に気づいた高木は、腰を上げて誠にやったのと同じように宇井の髪をかき混ぜようとしたが逃げられた。やはり高校生だと嫌がるかと苦笑。


「おかえり満」
「ただいま。今回はどこにいってたんだ?」
「シンガポール。マーライオンとのツーショット見るか?」
「いや、夕飯の時に見る」


どうせ夕食時の話題は、取材先のになるからその時でいい。
ポケットから取り出そうとした写真を断って、宇井は靴を脱いだ。
それより気になるのは、玄関を開けた時からしているスパイス系の強い匂い。

高木が準備してくれた夕食の匂いだ。

帰国すると旅先で味わった料理を作ってくれるのは恒例になっていて、緑豊かなガーデンシティではどんな料理が出されたのだろうと期待する半面、頼むからゲテモノ料理はやめてくれよと切に願う。
ずっと前にペルーから帰って来た直後の食卓は悲惨だった。スーリと呼ばれるカナブンの幼虫が並んでいて、正直食欲を失った。
高木はおいしいと言って、ビール片手にひょいぱくひょいぱくと食べていたが、見た目がアウトだ。


「シンガポールって、自炊の食文化があまりないんだ。多くの人はホーカーズっていう外食広場で食べる」


そう言って高木はキッチンから鍋を持ってきた。
高木が好奇心の塊なら、双子は好奇心で構成されている。椅子を足場にした双子は、高木が鍋を下ろすのを待ち構え、そして目に飛び込んできた料理に顔を輝かせた。


「すっげー、あたまつきのさかなだ!」
「なんてりょうりなの?」
「フィッシュヘッドカレー。魚の身も食べるんだぞ」
「「へー!」」


料理の名前を聞いて、双子の瞳は輝きを増す。
高木が作る料理はいつだって初めて見るもので、双子を楽しませてくれる。目を満たした双子は腹も満たしたくなって、早くその味を知りたくてうずうずしているが、その様子を残念がったのは作った張本人。


「うーん…作る料理間違えたか?」


頭付きの魚なんて、かなりのインパクトをもっているから、現地の観光客は見た瞬間に驚くか気味悪がってぎゃーぎゃー騒いでいた。
それを見て、ぜひ帰国したらこの料理を作ってやろうと決意した高木なのだが、まさか気に入られるとは。


「何を期待した」


宇井の冷たい視線に高木は「ははは」と笑ってごまかした。
見た目から若い女性は躊躇しがちなこの料理も、双子にとっては単なる夕食で、ぎゃーぎゃー騒ぐ事を密かに期待していた高木には残念だ。

幼いという事は良くも悪くも大きな武器だ。


「ま、いっか。ほら誠も橙南も椅子に座れ。盛り付けてやるから」


高木に言われて双子は行儀よく座る。
しっかりと行きとどいている宇井のしつけに感心しながらカレーを盛りつけて並べた。高木がカレーを盛り付けているのと並行して宇井はレタスとコーン、トマトの簡単なサラダを作り、それを並べる。
用意が整うと、双子は顔を見合せて手を合わせた。


「「せーの、いっただっきまーっす!」」
「いただきます」
「……」


高木は双子の真似をして手を合わせてから、宇井は静かに手を合わせただけでスプーンを取った。




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あきゅろす。
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