[携帯モード] [URL送信]

この四角い世界の上で
3



「帰ったぞ」


マイバッグいっぱいに買った食料品は、意外と重くて廊下に置くなり息を吐いていると、ふと何の返事も帰ってこない室内に、首を傾げる。いつもなら「おかえり」の一言か、走って迎えに来る。

それが今日に限ってやけに静かで、物音ひとつしない。子供が2人もいるというのにこれはおかしい。


「(寝ているのか?)」


それなら静かなのも説明がつくが、いまひとつ納得できなかった。
どうして?と尋ねられても説明はできないが、何かが双子は寝ていないと言っている。

しっくりこない妙な気持ちを抱かえながら、スニーカーを脱いだ宇井にまさかの考えが浮かぶ。

家を出る前、誠と橙南はベランダで日向ぼっこをしていた。ひょっとして、朝から続いていたそれを、まだやっているのではないか?


「誠!橙南!」


食料品もそのままに、急いで2階へ駆け上がってベランダを見ると、白いシーツの向こう側。赤みがかった茶色の頭が2つそこに並んでいる。

いくら真夏じゃないとはいえ、この天気の中、長時間直射日光に当たっていれば暑さにやられてしまう。おまけに、コイツ等絶対水分とってねぇだろ!と思って双子の頭を触れば、やはり熱い。


「んー?どーかした?」


顔を上げた誠だが、その顔はうっすらと赤く上気していて呂律も回りきっていない。それは隣に座る橙南も同じで、宇井が危惧したとおり、双子は暑さにやられかかっていた。


「このバカ!さっさと中入れ!」


言うや否や、首根っこを掴んで無理矢理に引き戻そうとしたが誠も橙南もベランダの柵にしがみついて離れない。どこにそんな力があったんだと思うほど、しっかり柵を掴む手は梃子でも動かない。


「やだっ!せっかくはれたんだから、もうちょっとそらみていたい!」


この野郎、何言ってやがる。

駄々をこねる橙南に、宇井のこめかみと口元が数回ひきつった。
このまま実力行使にでるのは簡単だが、相手は小さい子供。体格差を考えれば簡単に脱臼してしまう。かといって、力を入れなければ柵から引きはがせないわけで。

意地と根性だけは一丁前にある双子に、宇井は溜息をついて手を放した。降参、俺の負けだ。

急に放れた手に一瞬、疑問を感じた双子だが、すぐに「どうでもいいか」と日向ぼっこが続けられる。

本当のところを言うと、ぽかぽか陽気を通り過ぎて日差しが少し痛いのだがあれほど抵抗した手前、今更言いだせない。

どうしようかと迷った誠は、橙南に相談しようと思った矢先、聞こえてきたごんっという鈍い音。隣を見れば、橙南が後頭部を抑えていた。声にならない叫びをあげているあたり、かなり痛いらしい。

さっきの音が原因なんだなぁとぼんやり考える誠だが、そのぼんやりとしか解らないあたり、誠が暑さにやられた度合いを示している。


「お、いい音したな」


見上げれば宇井が戻ってきていた。
心配する素振りの全くない声に、もしかしてわざとやったんじゃないか?と疑問すら浮かぶのだが、それよりも彼が持っているもの、扇風機の方が誠の興味をひいた。

日向ぼっこを続けたいと駄々をこねる双子の為に、持ってきてくれたらしい。あとペットボトルも。


「ほら飲め。乾いているんだろ?」


ずいっと差し出されたのは2リットルのペットボトル。中身は麦茶だが、半分以上残っているそれをそのまま渡すのはどうだろう。せめてコップくらい渡してやればいいのにと思うが、そこらへんは宇井だし。きっと面倒だったんだろう。受け取る誠も慣れたもので、ごくごくと喉を鳴らして――


「ってこらー!すこしはしんぱいしろ!!」


全く心配されないことにいい加減、ブチ切れて橙南が叫んだ。頭を抑えているので、まだ痛いらしい。これ以上放っておくとぎゃーぎゃー騒いで煩いなと思った宇井だが、それは黙っておく。言ってしまったら火に油を注ぐだけだ。


「ちょっとこぶになっただけだろ。それより橙南」


何?と言う暇もなく、橙南の頭に帽子がかぶせられた。紺色のそれは、高木が誕生日プレゼントに誠とお揃いでくれたもの。
これからの季節、大活躍間違いなしのプレゼントだ。


「あとこれな」


扇風機を持ってきたのは、何も橙南の頭にぶつける為じゃない(そもそもあれは事故だ)。スイッチを入れて風を起こすと、汗ばんだ誠と橙南の頬を撫でていく。


「すずしー」
「わーい」


2人揃って扇風機に「あー」と声を当てる姿に、小さかったころの自分を重ねて、懐かしさ半分、なんで子供は扇風機を見るとこれやるんだろう、と不思議さ半分で麦茶を飲んだ。


「そういや、来週夏祭りがあるらしい」
「じんじゃの?」
「いきたーい」


夏祭りと聞いた双子は、浴衣や綿菓子、花火と言ってはしゃぎ出す。最初は日向ぼっこ、次は扇風機、そして夏祭り。興味の移り変わりが激しい双子に呆れながらまた麦茶を飲めば、香ばしい香りが鼻について夏を彷彿させた。

晴れた空に浮かぶ綿雲、聞こえるのは扇風機の音と、その風ではためくシーツの音。いや、それだけじゃない。どこかでセミの鳴き声も聞こえる。


「そうだな、行くか」


独り言のような呟きを、双子は聞き逃さず「わーい」と手を叩いてはしゃいだ。






夏はもう、すぐそこまできている。





back

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!