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この四角い世界の上で
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昼下がりの墓地にやってきた1台のバイク。
ダークレッドが光るそれを操っているのは、宇井だ。
休日はいつも双子と一緒に過ごす彼が、こうして1人でいるのは珍しいものの、ここが墓地という場所を考えればそう不思議ではない。
バイクを降りた宇井は、ヘルメットを外したのだがその表情はいつになく険しく、ここに来たくない心境がありありと浮かんでいた。

故人を敬う気がないというのは間違いだが、ここに来る度に、あの悲しいことを思い出す宇井にとっては辛すぎる場所なのだ。
今もこうやって駐車場にいるだけであの時の事をまるで昨日の事のように鮮明に思い出してしまう。あの日から何年も経っているというのに…。

何もしないうちから感傷に浸っているわけにもいかず、宇井は来る途中で買ってきた花を持って敷地内に入った。



砂利を踏む音、感触、風で揺れる木々、線香の匂い、灰色の風景。

見えるもの、聞こえるもの、感じるものの全てが、あの時の事を思い出させる。誰かが意図的に思い出させようとしているのではないかと疑う程にだ。勿論、そんなことある筈がないと分かっていても、そう思ってしまう。

感情の全てを押し殺して、水場に行き、バケツに水を汲む。水を汲む間も、バケツの中をじっと見つめて水が溜まるのを待つ。そして溜まれば、即座に掴んで歩き出す。
淡々と続けられる動作だが、動くのを止めてしまったら悲しみに捕らわれるような気がして怖かったのだ。ただでさえ感傷的になる場所なのに、悲しみに捕らわれたら最後、崩れてしまう気がした。

並ぶ墓石の間を歩き、足を止めたそこには『宇井家』の文字が刻まれていて、彼の両親たちが眠っている場所だと示している。


「……」


やはり動いていないと、考える隙を与えてしまうようで、じんわりと胸にこみ上がる想い。喉元まできた熱を呑みこむと、宇井はおもむろにしゃがみ込み、墓石の周りに生えている草を抜き始めた。

学業と双子の世話、加えてバイト。
そう頻繁に来ない為、この家の墓は他と比べて雑草が多かった。いつもなら面倒な草抜きも、今は気持ちを紛らわせるのにちょうどいい。



狭い場所に加えて、黙々とやってしまえば草抜きはあっという間で、まだ芽が出たばかりのもきれいに抜き取って終わった。
ふう、と息をついたのも束の間、今度は墓石についた汚れを洗い落す。濡れたタオルでこすって最後に墓石のてっぺんからバケツと一緒に借りてきた柄杓で水をかけてやれば、こんなもんだろうと納得する。

花瓶からすっかり萎れてしまった花を抜いて、墓の脇によけておいた新しい花を半分ずつに分ける。
たまにしかに来ないなら、造花にすればいいのにと思うが、そうすると今以上にここへの足が遠のく気がする。
ここに来るのはあのことを思い出して嫌だが、来ないとあの人達を忘れてしまう、それはもっと嫌だった。

最後の1本を挿せば最後。ポケットから取り出したライターで、線香に火をつけた。

全ての動作は水を汲んだ時と同様、淡々と行われて、まるで機械のようだ。表情も無に等しい。
誰かが見ていれば異様かもしれないな、と宇井は火のついた線香を焼香台に指して、目を閉じた。
そして後悔する。

やはり目を閉じるべきではなかった。

脳裏を駆け巡るのは、両親が死んだ日のことと、集まった親戚達の会話、それから先の生活、そして彼女の死――

まだ幼い双子を残して、彼女は逝ってしまった。

あの優しい笑顔を見せる彼女は、もういないと言い続けて何年目になるだろう。あと何年言い続けるのだろう。


「……いつか」


ぽつりと呟いた言葉は、かすれていた。
気がつけば、喉は乾いて、目頭は熱く、視界がぼやけて。
涙が滲む。
これだから墓参りは嫌いだ。

滲んだ涙を拭って、宇井はメッセンジャーバックからコーヒーと紅茶、ジュースを取り出した。コーヒーは父親、紅茶は母親、ジュースは彼女に。生前、彼女が好んでいたものだ。
フルーツがたっぷりなそのジュースは、宇井にとってただ甘いだけなのだが、彼女はおいしいととても気に入っていた。一体、どこがおいしいんだと考えても、その答えを知る術は永遠に失われている。

缶を3つ並べると、宇井は墓を後にした。
来た道を戻ってバケツと柄杓を返すと、ヘルメットを被ってバイクに跨る。エンジンをかければあっという間で、排気ガスが霧散するより早く、宇井は走り去っていく。





墓地を出て暫く。風を感じながら、さっきは言えなかったことを宇井は考えていた。




いつか――

いつか、俺がもう少し大人になった時、誠と橙南を連れてくる。
もしかしたら2人は墓の意味を解らないかもしれないが、それでもやっぱり連れてくるから。





それは過去と未来へ向けてのメッセージ。





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