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この四角い世界の上で
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春の陽気に包まれた今日は、蒼夏幼稚園の親子遠足で次々に集まってくる園児たちは父親、母親、もしくは祖父祖母と一緒にやってくる。
普段は一緒にいられない親が、今日だけは一緒にいる。それはとても嬉しくて園児達は皆、いつも以上にはしゃいでいた。引率する親達も子供の笑顔につられて顔がゆるむ。

そんな中、集まる園児とその親から少し外れたところに、親と一緒ではない園児がいた。

青いスモッグを着た2人の園児は、黄色い帽子から覗く赤みがかった茶色の髪の毛と、大きくてほんのちょっとつり上がった目が全く同じ。一目みて双子と解る。
ただし、殆どの双子は同性だが、この子達場合は異性。男の子の方が誠といい、女の子の方が橙南という。誠は、友達が親と一緒なのを少しきつい目で見つめていて、橙南はやや俯き加減で見ていた。

2人の親は来ていない。そもそもこの双子に親はいない。

高校3年生の兄(と呼べるのかも微妙だが)との3人暮らし。その兄にも親はおらず、おまけに自分と双子がちゃんと生活できるようにバイトと勉学に明け暮れる日々。
夜中を過ぎたころに帰ってきて、睡眠、朝を迎えれば双子を幼稚園に送り出して自分も学校に行くのを双子は知っている。
決して楽ではないのも知っている。
だからどうしても言えなかった。
遠足の日が休日ならまだしも、平日のこの日は自分達の為に忙しく働く兄に、わがままを言うようで。これ以上、兄を自分達の為に振りまわしたくない。

だから双子は決めた。
兄には内緒にしようと。

何日も前に幼稚園から貰った親子遠足のプリントは、その日のうちに捨てた。うっかり見つからないように、家ではなくわざわざスーパーのゴミ箱に捨てたのだから用心深いと言えよう。
それくらい、この親子遠足は兄には知られたくなくて、今日の朝だって、いつもは3人手を繋いで登園するのに、たまには2人だけで行きたいと駄々をこねてきた。途中、何度も後ろを振り返って、兄がこっそりついてきていないか確認するのも忘れない。

まるでドラマか映画の主人公になったみたいで、ほんの少しだけ双子は楽しいと思ったし、幼稚園についた時は、頭に浮かびあがった任務完了の言葉に達成感を覚えた。

でも楽しかったのはそこまで。

段々集まってくる友達は父親や母親と一緒で、嬉しそうに笑い、はしゃいでいる。それが全く羨ましくないと言えば嘘で、寂しくないのは本当。だって僕達は1人じゃない。
お互いの存在を確認するように、双子は繋ぎ合った手に力を込めた。2人で相談して決めた事だが、いざその時になるとやっぱり羨ましい。
ちょっと俯き加減でいると、何かが双子の頭を小突いた。


「「!?」」


反射的に振り返ったが、双子は犯人が誰か解っていた。
計画が失敗したと解って、風船が一気にしぼむような冷たい感覚と、期待と嬉しさの風船が一気に膨れ上がる温かな感覚。
どうしてここにいるんだ?どうして解ったんだ?学校は?いくつもの疑問が超高速で頭を駆け巡る。
犯人を見上げた双子は、口をぱくつかせるが、声の出し方を忘れてしまったようで何も言葉が出てこない。
そんな双子を彼は嘲笑う。


「ばぁーか」


たっぷり間延びした“ば”の音がなんとも間抜け。必要以上にバカにされていると感じた双子の口元は、ピクピクと痙攣を起こす。


「お前達の考えていることくらい、お見通しなんだよ」


ケラケラと笑う彼は、双子と同じ赤みがかった茶色の髪の毛で、ちょっとつりあがったそれでいて涼しげな目をしている。彼の名前は宇井満、双子が兄と言う人物だ。
今日は木曜日なのに、学校の制服ではなくTシャツとジーンズ。背中にはメッセンジャーバッグがあって、中に弁当やお茶が入っているのは容易に想像がつく。
どこでへまをしたかは謎だが、完全にばれていたのだ。


「なんでわかったんだよ!?」


いち早くショックから立ち直った誠が声をあげると、宇井はクックと喉の奥で笑う。またバカにされているのだと感じて、双子の唇は尖った。


「あのなぁ、毎日送り迎えしているのに、親同士の交流がないとでも思ったのか?」


からかうように言われて、ようやく自分達の計画の穴に気がつく。
幼稚園では子供を送ってから、ママ会と称したお茶会があるらしい。学校がある宇井が、それに参加することはまずないが、園内で喋る時間くらいはある。そこで親子遠足のことを知ったのだろう。
双子がしまったと思うのに比例して、宇井の笑みは濃くなっていく。
これはアレだ、完全に僕達をバカにしている。

屈んで目線を合わせる宇井だが、双子はふいっと顔を反らす。胸の中は悔しさでいっぱいだ。
バカにされたからではない。自分達の計画性の無さにだ。
宇井に迷惑をかけたくないと思っていたのに、これでは台無し。自分達はとことんバカだと嘆く。


「ばぁーか。子供のお前達に気遣われる程、俺は柔じゃねーんだよ」


そう言われると同時に、ぎゅっ、と抱きしめられた。
抱かれた力ではなく、温かさで胸が締め付けられていく苦しさに、双子は息ををつまらせる。


「子供なんだからもうちょっとワガママ言えよ」


こんなの卑怯だ。
さっきまではバカにしていたのに、最後で優しく諭すなんて。
最後の一言で、我慢の限界に達した双子の目から、大粒の涙がぽろぽろと零れた。


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