Dream Novel act.6 流れていかなければいいと思った時間。変わらなければいいと思った環境。望み通りにいくわけなど無くて、着実にすべては動いていく。 6.不器用な彼女。 イースターも終わり、NEWTまで2ヶ月を切った4月の半ば。多分人生最後になるであろう薬草学のレポートを悪戯仕掛け人の4人で仕上げていると、ジェームズが徐に口を開いた。 「…あのさ。」 「…どうした?プロングス」 「僕、エバンズに告白しようと思うんだ。プロポーズも兼ねて」 「…………」 その言葉は、俺にとっては別に驚くものではなくて、それでもやはり、次に出てきたのは言葉が出てこない為の沈黙になってしまう。 実際は、遅すぎるとさえ感じていた。しかし、そう思いながらも、息を詰めてその時が来るのを恐れていた臆病者の俺は、動揺が悟られない様に小さく息を吐いて顔を上げる。 「なんだ、やっとかよ。」 「『やっと』とはなんだい!『やっと』とは!コレでも物凄く勇気を振り絞っての宣言なんだからね?!」 「っは!ムーニーとワームテールにだけ打ち明けといて俺に言わなかったのは尻込みしてた所為かよ。」 からかい交じりに野次ってやるとジェームズは「こいつめ!」と俺を肘で小突いてきた。 そんないつも通りのじゃれあいをしながら、俺の心の中では焦りと後悔と恐怖とその他の色々な負の感情が吹き荒れていて。 その嵐のような混乱の中で、1つだけ確固として存在しているもの。「カイにこのまま流させてはいけない」という俺の意思。 このまま、誰かが―俺が、動かなければ、彼女に伝えなければ、彼女は自分の感情を知らないまま、学生生活を終えるんだろう。 ジャパンに帰って、もう連絡も取れなくなるかもしれないし、もしかしたら此方に残る事もあるかもしれない。俺がその時、彼女の隣にいるかもしれないし、そうはならないかもしれない。 …けれど、…今。 今、このホグワーツという環境の中で、多分、俺達が掛け値無しに人を愛する事を学べる最後の場所で、彼女は自分の感情にすら気付かないままで良いんだろうか。 「……(良い訳ないだろ…)」 カイを、手放したくはなかった。当たり前だ。そうじゃなければ、これほどまで迷ったりはしない。緩やかに始まったこの感情だから、「運命」とは称し難くはあったけれど、初めて、本気で愛しさを感じた相手なのだ。 手放していいなんて、思えるはずもなかった。 …けれど、自分が、そう感じるほど、彼女を大切に思うほど、彼女に気付かせなくてはならないと、思う。 もう1年以上続けていた堂々巡りも、もう終わりだと思うと、すとんと何かが心に落ちた気がした。 そう、これでもう終わるのだ。 +++ 口にしてからジェームズの奴が実行に移すべく動きだすのは早くて、アイツにとって、俺の聞いている前で宣言することが自分に対する決心を固める切っ掛けだったのだろう、と何となくわかった。何故って俺もそうだから。 しかし、アイツが告白すると宣言した翌日の朝に出したとある案は、俺を慌てさせた。 「カイに、協力してもらいたいんだよね。」 「ぁあ?!」 「驚く事無いだろう?君の恋人で、エバンズの親友!延いて言うなら僕の友人だろ?彼女以上の適役なんていないじゃないか!」 確かにそうだ。カイは、俺の恋人で、エバンズの親友で、ジェームズの友人でもある。…けれど、ジェームズを想ってる1人の女でもある事実が俺の眉を顰めさせた。 「…」 「君からカイに頼めなんて言わないからさ、安心してよ。ちゃんと僕から頼むから!」 「いやっっ」 ジェームズの言葉に再度慌てる。 「…いや、俺から言っとく。」 ゆっくりと繰り返してそう言うと、ジェームズは怪訝そうに首を傾げた。 「まぁ、君に任せるけど…」 「…ただ、期待はすんなよ?100%アイツが協力するとは限らないからな?」 「んー、OK.ま、ヤダって言われたら仕方がないよね。」 あっさりとそう言うジェームズにそっと胸を撫で下ろしながら、同時に自分に対して舌打ちをする。また、応援する振りをして都合の良いことばかり考えている自分に嫌気が差した。 カイが協力の依頼に頷くものと頷かないもの、両方予想が出来る。…アイツがジェームズを想う想わないを抜きにしても。 そんな中で話を出した時、こっちが若干焦るほどに、あっさりと彼女は快諾した。 「いいよ、何して欲しい?」 「ちょ、ちょっと待てよ、お前…!色恋沙汰に首突っ込んだら馬に蹴られる…とか前言ってたじゃねぇか」 「そりゃ、『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまう』って奴だ」 苦笑してそう訂正すると読書中だったカイは手元の本に向き直りながらそのページをめくる。 「まぁ、確かに、邪魔とかじゃなくても、悪戯に色恋沙汰に首突っ込むのは厄介事になりかねないけどな…。ただ、親友の恋愛事に少し位関わっても罰は当たらんだろ。『他人』ってわけじゃないんだし。」 「そう…かも、しんねぇけど…」 煮え切らない俺の返事にカイは少しだけその動きを止めて、俺を振り向いた。 「まさかまさかとは思うけど、お前、今更リリーにジェームズ盗られたくない、とか?」 「まさか!!!!」 “No way!!”と思い切り言い放って、俺は眉を吊り上げる。エバンズじゃあるまいし、一々そんなこと気にするわけあるもんか。 こっちはカイの事を考えているっていうのに、彼女は全然それを解っていなくて(いや、解られても困るんだが)少しばかりいらついた俺は、勢い付いたまま踵を返した。 「ジェームズに伝えとくから、あとは奴から聞けよ!」 「なぁに怒ってんだ…?」 訝しげな彼女の声が背中に掛ったが、無視して歩調を緩めないままその場から立ち去る。 カイが呆れた様な…困った様な表情を浮かべているのは予想できたが、振り返る気は起きなかった。 +++ 結局ジェームズがカイに頼んだのは、告白当日にエバンズを呼び出すことと、エバンズの好きそうなシチュエーションなんかをそれとなく彼女に訊いて、奴に教えるという事で。後者については、カイはエバンズに訊くまでもなくその場ですらすらと答えたという。 「…女ってのはそんな事まで話すもんなのか?」 「話すっていうか…まぁ、はっきりとリリーから聞いたって言うのとはちょっと違うんだけどね。」 そう言って、カイはとある本を手に取って俺に見せた。 「あれ…その本…」 見覚えのある表紙は、ジェームズがここ2,3日で必死に読んでいた本と同じもので、片眉を上げた俺に、カイはにやりと口端を上げて言う。 「リリーが大が付くほどお気に入りの恋愛小説。この中のとあるシーンが、彼女、大好きでね。」 主人公ではなく、脇役の恋が実る場面なんだけど…と続けたところで、俺の顔を見、くすくすと笑った。 「悪い悪い、お前にゃぁ興味なかったな」 全くカイの言う通りで、俺には全く興味がなかったわけだが、その脇役の恋が実る場面とやらが、エバンズの憧れる告白シーンだという事は察せる。 …しかし、本全部を読む必要はなかったんじゃないだろうか…と親友の行動に、少し呆れた。それでも、多分そうせざるを得なかったんだろう。将に一世一代の告白を控えた我が親友は。 そんなジェームズも、今、遂にその告白劇を繰り広げているはずで。…お互いの親友が恋人になるか否かを俺達は談話室で待っていた。 リーマスとピーターは、NEWTの勉強に図書館に行っていて(迫る試験にピーターはこの頃常に涙目になっている)、寧ろ、こんな時に告白なんて出来るのは…そしてそれを何をするでもなく待っていられるのは、ジェームズとエバンズが男女の首席で、俺とカイが男女の次席なんていう好都合な場所にいたからだろう。 俺の隣に腰かけるカイの手を握ると、彼女は少し驚いた様に此方を見上げて、微笑んだ。 「…大丈夫だよ」 そう言う彼女の『大丈夫』が何を意味するところなのか、解らない訳ではなかったけれど、その『大丈夫』が本当に『大丈夫』なのかが、俺には解らなかった。 あと何分くらいで彼等は帰ってくるんだろうか。…あと何分間、俺達はこうやって、手を繋いでいられるんだろうか。 俺の思いを知るはずもない彼女が、そっと絡めた指に力を込める。 立っている時より近くにある彼女の唇に触れたい、と思って、それから、少し躊躇した。 もう、多分、数回とそこには触れられないんだろう。その事実が、それを理由にただ触れたがっているだけなんじゃないかという思いを俺に抱かせたから。 ふと彼女が顔を上げ、俺の名を呼んだ。 「…シリウス」 繋いだ手が引っ張られ、力に逆らう間もなくカイの元へ引き寄せられた俺の唇に、彼女のそれが重なる。 鼻を擽る彼女の香りも、手の甲に感じられる細い指先の感覚も、冗談みたいに、俺の心臓を高鳴らせた。 …正直な話、本当のファーストキスより、俺はドキドキしてたと思う。 ゆっくりと彼女の唇が離れて、開いた瞼の先にある黒い瞳に俺が映った。 「……カイ?」 「なんか、キスしたそうにしてたから。」 少しだけ恥ずかしそうにそう言って、彼女は悪戯っぽく笑う。そんな彼女に俺も笑って、もう一度唇を重ねた。 …しかし、そのキスは、寮への扉―つまりマダムの肖像画が開いた音で中断させられる。 俺とカイが目を遣ったそこには、予想通りにお互いの親友が立っていて。 そして、ジェームズの右手はエバンズの腰にまわされ、2人は幸せそうな笑顔を浮かべていた。 「…おめでとう」 カイが、静かに2人に声を掛ける。 「…ありがとう」 エバンズが、今まで見た事のないほど、幸せそうな表情でそれに返した。 ジェームズがそれを愛おしそうに見やり、その頬に、キスを1つ落とす。 …嗚呼、終わった。 これ以上ないほど、『幸せな』光景を前に、そんな言葉が、心の中で零れた。 冷静に考えれば可笑しな話である。ジェームズがエバンズと恋人同士になろうが、ならなかろうが、俺達の関係は疾うの昔に「終わって」いたはずだ。 …いや、むしろ、始まった時から、終わっていた。そんな真実から眼を逸らしていた罰なんだろうか、このやるせない感情は。 そんな事を絶望にも似た心地の中で思う俺の目の前でカイは彼等に歩み寄った。 「ホント、感謝してもし足りないよ!カイ!!」 そう言ったジェームズに、カイが微笑みを返す。 安心した様なその微笑はどこか悲しげなものにも見えて、もしかしたら、それは俺の先入観からの錯覚かもしれなかったけれど、そう考えると、もうどうしようもなかった。 照れた様なエバンズと話しているカイの手首を後ろから掴み、そのまま自分の方へ引き寄せる。 「シリウス?」 「ブラック…?」 「ちょっと、こいつ借りる。」 彼女と共に小首を傾げて俺を見たエバンズに、低い声でそう言い残し、そのままカイの手を引いた。 怪訝そうな様子の彼女を自分の部屋まで連れて行く。晴れた休日の午後に寝室に残っている生徒なんてほとんどいなくて、静かなその部屋のドアを閉めた後、俺はカイに向き直った。 「……これで、いいのか?」 「……いいって…何が?」 「お前はっ…ジェームズの事、ずっと見てたんだろ…?愛して、たんだろ?」 その言葉に、カイはピクリと反応する。しかし、その表情は全く動じてない様子を装っていて、呆れた様に俺を見返していた。 「…急に何を言い出すかと思えば…。一体どうしたんだ…?シリウス」 「…ちゃんとジェームズに告白してこいよ。」 俺が離した手首は少し赤くなっていて、しかし、彼女はそれを気にせずに俺に問う。 「別に愛していない相手に、何故告白しに行く?」 「『愛していない』…?ふざけんなよ!お前がジェームズを愛していないなんてあり得ない!自分に嘘吐いてどうする気だよ?」 「嘘を吐いてるつもりはない」 「『つもりはない』だけだろ?!」 平気な顔でそう言うカイに、無性に腹が立った。 「お前…いつもそうやって、『なんてことない』って顔をして、自分の心まで誤魔化してんだよ! 辛いとか、苦しいとか、愛してるだとか、そういう感情を全部ないような振りして…! …本当は…本当は俺のことだって好きでもないくせに、誤魔化して、付き合って…っっ!」 本当の感情を表さないポーカーフェイスに、『自分』の何もかもを覆い隠してしまった彼女。それが、悔しくて仕方がない。 「……そう、」 沈黙の後、静かにカイが口を開く。 「…そう、思ってたのか…?」 「…ぇ?」 問われた言葉に顔を上げれば恐ろしいほど真剣な眼差しで、彼女が此方を見返していた。 「お前は、ずっと、私がジェームズを好きで、お前を好きじゃなくて、それでもお前と付き合ってたって、そう思ってたのか? …そう思いながら、私と過ごして…私を抱いてきたのか…?」 「…だって…そうだろ…?」 「私は、お前に訊いてるんだ。」 掠れた声は彼女が重ねて問うた質問に掻き消える。 「…そう、だよ」 「………そうか」 俺の言葉に、小さくカイはそう呟いて、踵を返した。 部屋のドアノブに手を掛け、彼女はそこで、一度歩みを止める。 「ジェームズと、話してみる」 そう言い残して、部屋を出て行く彼女の痕に、閉められたドアの音に続く彼女の靴の足音が響いた。 「……っ」 これで、終わりだ。 自分でそう覚悟を決めたはずなのに、この喪失感は、絶望感は、なんだろう。 ジェームズとエバンズが恋人同士になる事。カイがジェームズを好きだと自覚すること。2つの『俺達を終わらせる条件』がどちらも満たされてしまったのだ。 しかも、エバンズと恋人になった今、カイが告白したところで、あいつはエバンズ以外を想いそうには無い。カイにだって幸せになる方法を残してやれなかったのだ。 「…何がしたいんだ…っ俺は…っっ」 彼女が気付いていないなら、俺がその分、愛せば良かったのに。そんな考えが一瞬生まれて、俺は自嘲した。 気付かせないままで、愛したところで、多分彼女は『無意識の想い』を止めないだろう。そして、俺は、それを許せないだろう。 もしかしたら、初めから俺達が付き合うのは間違いだったのかもしれない。 「……どちらにしろ、これで、終わり、か。」 嗤ったまま天井を仰いで目を覆ったら、掌が温かい水に濡れるのを感じた。 そう言えば、彼女の涙を見た事がない、とぼんやり考える。 今までの付き合いで彼女の感情を引き出し切れてなかった自分を思い知って、苦笑交じりに細く、長く、溜息を吐いた。 +++ その翌日には、ジェームズとエバンズが恋人同士になったというニュースが学校中に広まっていて(ジェームズの奴が自分で広めた様な気配があった)、その日から、『悪戯仕掛け人』と、リリー・エバンズ、カイ・ジンナイは行動を共にするようになった。 俺の恋人で無くなっても、エバンズの親友である彼女の位置は、それこそ不自然なほどに変わらなくて、敢えて言えば、俺との間に交わされるキスが、無くなったくらいのものである。…『愛してる』と伝える必要は、もうなくなったから。 驚いた事に、周りの奴らは、…エバンズさえも俺とカイが別れた事を知らない様で、いくらあまり自分の事を話さないとは言え、ちょっと冷たいんじゃないのか、なんて思ったりもした。 …けれども、それは俺も同じで、ジェームズにさえ、この事実を話せないでいる。もしかしたら、カイも、俺と同じで怖いのかもしれない。『別れた理由』を問われるのが。 そんな風に思いながら、2週間が過ぎた。 マクゴナガルに進路の呼び出しをくらった後、談話室に帰るとこの半月というものジェームズにべったり張り付かれていたエバンズが、リーマスとソファで話しているところだった。 「あら、お帰りなさい。ブラック」 彼女の俺に対する態度も柔らかくなったもので、にこやかに挨拶される。 「あんたがジェームズといないとこなんて久々に見る」 「…否定出来ないわね…」 そう苦笑してから彼女は続けた。 「なんかカイに話があるって言われたんですって」 「……っ!」 息を詰まらせた俺に、リーマスが吹き出す。 「心配することないよ、パッドフット。プロングスは、今、現在この世で1番安全な男なんだから。…エバンズが関わらない限りは」 「…ぁ…ああ。そう、だな」 それだけ、やっと呟く様に、俺は返した。 「…大丈夫?顔色悪いわよ?」 エバンズが此方を覗き込んで小首を傾げる。 「…少し、部屋で休んでくる」 「それが良いわ。カイが心配するし」 「……あぁ」 心配そうな2人に片手を上げて挨拶すると、俺は寝室へ逃げ込んだ。 ベッドに身を投げ出して、カイとジェームズとの間で交わされているだろう言葉を思う。 「ごめん」とジェームズは言うだろう。俺にも時折しか見せないあの真剣な瞳で、カイに、そう、返すんだろう。 彼女は、泣くのだろうか。いつもの様な笑顔で、しかし、その裏に涙を浮かべるのだろうか。 ジェームズへ、カイへ、そして、エバンズへの罪悪感が込み上げてきて本当に吐きそうになった。 「ごめん…ごめん…」 誰に届くでもない謝罪の言葉を繰り返す。枕に顔を押しあてて、取り留めの無い謝罪を吐き出しながら、俺は少しだけ泣いた。 ************************************************************************************************** こんにちはもう寒いですね11月ですね。ごめんなさいごめんなさい石を投げないでください。 やっと6話更新、そしてまだ終わりません陣内にございます。 此処の回が凄く時間掛ってしまいました。 見て見ぬふりをして長引かせた結果、今更?!ってタイミングでヒロインに考えをぶつけるシリウス君の回(長い)でしたが、本当に、酷いタイミングですね。もうマジ、「お前の考えは解ったけどなんで今言うの?」って言われても言葉に詰まるしかない感じですね。ヒロイン的には、何となくシリウスが煮詰まってること解ってたんで突っ込まないで上げた感じです。(ぇ) …まぁそれ以前にシリウスがそんなこと思いながら自分と付き合ってたこと自体にショック受けた(?)っていうのもありますけど。(笑) 次で終わらせます。長くなろうとも次で終わらせます。詰め込みます。 こう、actが増えたのは短く切り過ぎた所為もあると思うんですよ!!! …すみません言い訳でした石を投げないでください…!!! 次はそんなにあけません。頑張ります。 それではもう少しだけ、お付き合いください。 prev next [戻る] |