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Dream Novel
act.4
…今の自分を止めているのは、多分もう、この臆病さしかない。

act.4

「……(まるで、好きだと、言ったようなもんだ)」

もう2時間ほどしか寝れないと分かりつつも、ベッドに潜り込みながら、カイは心の中で呟いた。
自分の発言は、「好きだけど、自分は貴方に釣り合わないので付き合えません」と同義である。
…とは言っても、その思いは、今の自分のそれそのままで。まぁ他にもいくつかあるのだけれど。
目を閉じた瞼の裏に、別れ際に自分に向けられたシリウスの笑顔がフラッシュバックした。
親友達に向けるものともミヤビに向けるものとも今までの彼女達に向けていたものとも違うその笑顔は今でもカイの心臓を高鳴らせている。

「…ホント、凄いな、アイツ」

感心するように小さく声に出したのは、どうにかして動悸を抑えようと思ったからで。

「……………」

「………………」

「…………………おさまらねぇ」

落ち着かずに何度か無駄な寝返りを繰り返して、それでも静まらない自分の心臓にカイは嘆息と共に呟いた。

 +++

休日の図書館で魔法史のレポートをリリーとミヤビと共に仕上げながらカイは大きく欠伸した。チェルシーは先日の内にスティーブと終わらせたという事で、一緒には来ていない。
嫌いな教科なので後回しにした結果、提出日が迫って慌てていると、リリーとミヤビが自分のを仕上げるついでに付き合ってくれるというのでお言葉に甘えることにしたのである。

「カイ、寝不足?」
「ん?んー…まぁ…うん」
「また本読んでたんでしょう…?」

笑いながら窘める様に話すミヤビにまぁね、と返し、目を擦ってから、机の上の資料と睨めっこする。

「国際機密保持法って1750年じゃねぇの…?」
「それは国際魔法使い機密保持法。国際機密保持法は1685年でしょ」
「違いが分からねぇ…」

まぁいいか…と羊皮紙に書きこんでその下を資料まる写しで埋めるカイを見て、リリーがに眉を吊り上げて言った。

「カイ!疑問に思った事はその都度調べる!」
「勘弁してよ!大体ビンズだってレポートまで読まねぇって!!先輩なんて、ビーフストロガノフの作り方書いといたって『優』貰ったって言ってたぞ?!」
「それは流石にガセじゃないかしら…」
「…そうかなぁ…」

授業でさえ教科書丸読みの、教師としてやる気皆無のものなのだ。レポートを熱心に読んでいるビンズなんて、寧ろ想像がつかない。

「もうやだ魔法史…」

眠気と退屈でぶちぶちと文句を言うカイに、ミヤビが思いついた様に手を打つ。

「シリウスに教えて貰えば?」
「…ぇ、なんで」
「ぃ、いや、ほら!シリウス魔法史得意だしっ!」
「否、魔法史って記憶力の問題だし…」

教わるとかじゃないし。

「ぇ…ぇーと、いや、でもね?ほら、人とやるとまた憶え易さも一入というかぁ…」

わたわたと焦った様に言葉を重ねるミヤビが何をしたいか分かって、カイはリリーと顔を見合せて笑った。
どうやら、シリウスの応援を彼女なりに頑張る気らしい。

「…ミヤビ、付き合うとかそういうのはまだ分かんないけど、シリウスの事は俺なりに考えてるし、大丈夫だよ」
「ぇ…ぇえ?!なんでわかるの?!」

混乱した風の彼女を、分からいでか、と軽く小突く。

「人の事心配する前に自分の事を心配しなさい。」
「ぅう…シリウスにも同じ事言われました…」

その言葉に別に驚きもせず彼ならそう言うだろうと妙に納得していると、リリーが小さな笑い声を上げて言った。

「カイとブラックって、ちょっと似てるわよね?」
「ぇえー…」
「ぁ!それ私も思った!」
「……………」

異議の色を含ませた声を上げたというのに、ミヤビまでそれに同意し出して、カイは口を噤む。そして、軽い溜息の後、一言だけ小さく反論した。

「…俺は平穏を愛してるんだよ」

 +++

「…んーっっ!終わったぁ」
「ぇえ?!早!!」

カイが羊皮紙2巻分のレポートを終わらせ(途中からもういっそ本当に筑前煮の作り方でも書いてやろうかと思った)、伸びをすると横からミヤビが驚いた様な声を上げた。

「資料まる写しだし」

悪戯っぽく笑ってそう言うとじろり、とリリーに睨まれる。
インクが乾くのを待ってから、くるくると羊皮紙をまるめ、麻紐で止めた。後は次の授業で教壇の上のボックスに放り込むだけだ。
文章を纏めるのが苦手なのかうんうん唸っているミヤビの様子を眺めていると、不意に後ろから肩が叩かれた。

「カイ・ジンナイよね?」
「……そうですけど?」

ハッフルパフの刺繍が刻まれたローブの女生徒が、座る自分を見下ろしている。
授業などで面識はあっても話した事のない子で、カイは首を傾げて彼女の確認を肯定した。

「…あら、デニス?どうしたの?」

ミヤビを挟んで向こう側に座っていたリリーが話しかけてきた彼女を見て眉を上げる。

「何でもないのよ、リリー」
「……?」
「何でも…あ、いえ、そうじゃないわね…ボートンが、ジンナイを、呼んでるのよ」

自分の軽い矛盾を訂正しながら、彼女はカイに向き直った。
ボートンはチェルシーのファミリーネームだ。

「チェルシーはスティーブと一緒じゃなかった?」
「出てくるときは2人で一緒にいたよね?…急にどうしたんだろ。昼食の時間には合流するんでしょ?」

首を傾げる友人2人にハッフルパフの彼女の眉が小さく寄せられるのが見え、カイは苦笑して席を立つ。

「昼飯前の方が都合の良い用事かも。ま、丁度終わったとこだし、いってくるよ」

そう2人に言って、ハッフルパフの彼女に向き直り、「案内してくれる?」と声を掛けた。
黙って頷くと、彼女はカイの前に立って歩き始める。カバンを肩に引っ掛けて、去り際リリーとミヤビに手を振ると、向き直った彼女の背中に、カイは苦笑にも似た笑みを投げた。

振り返りもせず、ずんずんと歩いて行く彼女について行きながら、カイはなんともなしに何度か手を交差させ、手首同士をとんとん、と打ち付ける。
暇な時にやる癖なのだがそれすらも目の前の彼女は見ようとせず、いつの間にか北塔にやってきていた。

「…ここよ。」

大分前からの空き教室らしいその部屋の扉を指し、案内役の彼女は言った。
あまりに無理があるだろ…という台詞は心の中だけに留めておいて、カイは、かしかしと頭を掻いてからカバンの紐をさりげなく肩から外す。

「あのさ…」
「ボートンならこの中よっ」
「うん、まぁ、それはいいんだけどね?」

声を掛ければそんな返答が焦った様にされ、カイは小さく失笑した。そして、教室の扉に手を掛け、のんびりと言葉を続ける。

「…俺、さっき、やっと魔法史のレポート終わらせたんだよね」
「…?」
「だから、…カバンには手ぇ出さずに、後で返してくれると助かる」
「……っっ!!」

息を呑む彼女を無視し、戸を開けると、教室の中で待ち伏せるように立っていた女生徒の口から発せられた縄縛りの呪文。
あまりにも予想通りの展開に「俺って天才か…?」と自嘲的に考えつつ、手足を縄で縛られた彼女は教室に連れ込まれた。

 +++

図書館にやってきたシリウスはぐるりと閲覧室を見まわして、その中にお目当ての人物…と一緒にいるであろう人物を見つけ、声を掛けた。

「ミヤビ」
「ぁ、シリウス」 

可愛らしい声で自分の名前を呼び返す妹の様な彼女に微笑んでから、リリーとミヤビの周囲の席に視線を投げる。

「カイは?お前らと一緒にレポートしてたんだろ?」

早朝にカイと別れた後、部屋に戻って、彼女のとの会話を思い返している内にいつのまにか寝てしまい、気がつけば太陽が結構な高さまで登っていて。談話室に駆け下りればジェームズ達に呆れ顔で「おそよう」と挨拶された。
次の悪戯の計画を午後からに変更して貰い、カイを探しに談話室を出る。今日会えば、彼女は昨日とは違う表情を見せてくれるかもしれないという大きな期待がシリウスの胸を高鳴らせていた。
道行くグリフィンドール生にカイはリリー、ミヤビの2人組と一緒に図書館にいたという情報を得てここまで来たのだが…

「ぁ、本棚の方か?」

本好きの彼女の事だ、物色しているのかもしれないとミヤビに問うと、彼女は首を振って返してくる。

「ちょっと前にチェルシーに呼ばれてそっち行っちゃったよ。ハッフルパフの子が伝言伝えに来て」
「デニスよ。貴方に熱を上げてた」

多少厭味ったらしくそう言うリリーにシリウスは眉を寄せて、自分の頬を掻いた。全く記憶にない。

「…ゃ、でも、そっか、すれ違っちまったみたいだな」
「そうだね。もうすぐ昼だからその時に会えるのになって思ったんだけど、カイは『急ぎかもしれないから』って」
「…そっか。分かった。じゃぁ俺、チェルシーの方探してみるわ。」
「頑張ってね!」

何やら力んで激励してくるミヤビの額を小突いて、シリウスは図書館を後にする。
今までで一番大きな期待に舞い上がっていた彼は、ミヤビの言葉の中の小さな引っ掛かりに、まだ、気付いていなかった。

 +++

北塔の端の空き教室は日が当らず薄暗くて、そこに集まった女生徒達の顔触れを見、カイは自分が何でこんなことになってるか正確に把握する。
…いや、寧ろ、シリウスに告白された瞬間から、こんな事があるのだろうと確信に近い予想をしていた。

「ジンナイ、貴女、スラグホーンから、一番強力な『愛の妙薬』貰ったんですってね?凄いこと考えるわよね、シリウスに惚れ薬を盛るなんて」
「…?」

いつの間に『アモルテンシア』をカイが貰ってしかもシリウスに使った、なんて話になってるんだろうか。
そんな怪訝な表情も、この暗さでは見えないらしく、此方から彼女らの憎々しげな表情ばかりが認識できる。
自分の正面に立つ彼女は、確かリリーに相談をしていた同学年のレイブンクロー生だったはずだ。

「そりゃぁ、冷たい態度で余裕なはずよね!『愛の妙薬』を飲ませてしまえばどう転んでもシリウスはアンタのものだもの!」

縛られたまま、自分を取り囲むメンバーを見る。軽蔑しきったものや、ショックを隠せないもの、怒りを滲ませているもの―向けられる視線には全て負の感情が込もっていて、カイは心中嘆息した。
約半数が自分に恋愛相談を持ちかけてきた者達で、彼女らの視線は他の女生徒よりも3割増しで冷たい。

「…(…まぁ当たり前だよなぁ…)」

1月前まで相談をしていた相手が、自分の恋愛対象を取っていってしまうなんて泥沼一直線コースも良いところである。

「アンタなんか、大っ嫌いよ」
「いつも親身になって聞く振りして、心の中では彼を手に入れようって企んでたんでしょ?!」
「ひどいわよ!」

浴びせられる罵詈雑言に何も言う気が起きなくて、ただ、黙って彼女らを見返した。

「…っっ何か言いなさいよ!!!」

飛んできた平手自体は然程痛くはなかったが、彼女の長い爪が頬に引っかき傷を作るのが分かった。
それでもカイは、何も言わない。『愛の妙薬』云々は置いといて彼女らの相談に乗っておきながら、最終的にシリウスに惹かれてしまったのは紛れもない事実なのである。
スリザリンの女生徒が切り裂き呪文を唱えるのが聞こえた。

「…(こんなときだけ仲の良いこって…)」

皮肉気にそう考えている彼女の腕のあたりを、鋭い光が切り裂く。
その勢いに壁に叩き付けられながら、カイはどこか他人事の様に心の中で呟いた。

「……(ぁ―…面倒臭い)」

+++

「チェルシー、カイは?」
「ぇ?知らないわよ?図書館でもいるんじゃないの?」

談話室に戻って、スティーブと共にいたチェルシーに尋ねると彼女は訝しげな顔をして首を傾げた。

「リリーやミヤビとレポートやるって言ってたけど?」
「…いや、だから、そこからお前が…」

呼び出したんだろ?と続く問いは口の中で消えて、シリウスは、はっと顔を上げる。

とても、嫌な予感がした。他寮生が持ってきたというチェルシーの伝言。
何も今じゃなくても後で会えるのに、とリリーとミヤビさえ首を傾げたにも拘らず、小さく笑って彼女と連れだって行ったというカイ。
そして、呼び出したはずのチェルシーが、今ここに居て、カイの現在の状況を把握していないという事実。
それらから導き出せる答えを、シリウスは1つしか持っていなかった。

「畜生!!!」

近くにあったソファの背を殴りつけて、吐き捨て、踵を返す。

「ちょっと、シリウス?!もしかして…」
「多分それしか考えられねぇ…」

そう言って駆け出そうとしたシリウスに、チェルシーから制止の声が掛かった。

「ちょっと待って」
「なんだよ、早く行かねぇと!!」

いらいらと返すシリウスを、彼女は不自然なほど落ち着いた様子で返す。

「カイは、アンタに告白された時から、こうなる事、分かってたわよ」
「な…っ」
「アンタだって、予想すらできなかったわけじゃないでしょ」

そこまで馬鹿じゃないもんね?と言って、チェルシーはシリウスを睨んだ。

「もし分かって無かったんなら、…それか、分かってて、それでもなお、カイの事を考えずに迫ってたんなら、アンタは全く救いようのない大馬鹿野郎だわ」

その言葉に、シリウスは唇を噛む。確かに、自分は大馬鹿野郎だ。自分のことしか考えず、突っ走って…。カイの事を考えるというのが何よりも大切だというのに。

「…アイツの性格からしてお呼び出しされたからって回避するような性格してないわ。多分、分かってて自分から行ったんだと思う」
「は?!」
「シリウス、カイはね、守られたい訳じゃないのよ。一緒に歩んで行きたいだけ」
「…」
「…アンタと付き合うようになったら、カイに対する風当たりは、多分もっと強くなる。
そうなったら、いくらアンタがそうしたくても、守りきれるものじゃないの。」

チェルシーの言葉は確かに正論で、それでもシリウスはだからこそ、守れる時にはカイを守らなくては、と思う。
そんな彼の想いを読みとったのか、目の前の彼女は嘆息と共にこう言った。

「確かに、シリウスが行けばカイはすぐに解放されるかもしれないわ。でも、それだけよ。カイは周りからアンタの付属品みたいにみられて、友達だって少なくなる。
アンタと、アンタの友人と、あたしと…そんな閉鎖された中で、生きていくのと、アンタを切って、今まで通り自由に生きるの、あの子にはどっちが幸せだと思う?」
「………」
「兎に角…、ただ守る為だけに行くなら、止めて」
「じゃぁ…じゃぁどうしろって言うんだよ?!」
「そのくらい自分で考えなさいよ、学年次席でしょ?!」

想い人の親友に一喝され、シリウスは少し黙った後、やはり踵を返す。

「ちょっとシリウス?!」
「取り敢えず、カイ見つけてから考える!!!」

そう言って駆け出して行った彼を見送りながら、チェルシーは軽い溜息を落とした。

「…あたしも探してくるわ」
「…俺も探す。」

隣で黙って聞いていたスティーブが、ぼそりとそう言って立ち上がる。無口な恋人が差し出した手をとって、自分も立ち上がりながら、チェルシーは笑う。

「…やっぱり、シリウスなんかより、アンタの方がずっといい男だわ。」
「……そりゃどうも」

 +++

「…っっなんでこんな時に限ってジェームズのヤツいやがらねぇんだっっ!!」

『忍びの地図』を使ってカイを探そうと思っても、いつもそれを持っているジェームズが何故か見つからない。
近くにあった鎧を腹立ち紛れに蹴とばすとその音にほとんど首無しニックが滑るように寄ってきた。

「シリウス・ブラック…この頃落ち着いていると思っていたのに…一体どうしたんですか…?」
「…なんでもねぇよ」
「…何にせよ学校の物は大事にしないといけません。蹴飛ばすなどと…そんな乱暴者では振り向く人も振り向いてくれませんよ?」

その振り向かせたい女を探してるんだよ!!と心の中で怒鳴りつつ、いらいらとニックを睨む。

「…ジェームズ見なかったか?」
「ジェームズ・ポッターですか?彼は見ていませんねぇ…」

のんびりとしたニックの調子に辟易して、舌打ちをすると、寮憑きのゴーストは苦笑しつつ言った。

「貴方がこの頃追い駆けているという噂の、カイ・ジンナイなら、北塔に向かっているのを見ましたけど」

ハッフルパフの生徒と一緒でしたがね、と付け加えるニックにシリウスは勢いよく顔を上げる。

「それ、本当だな?!」
「勿論ですとも。この、ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿、いくら斧で45回切りつけられ、首が繋がったままに絶命しようとも、真実を見る瞳はまだまだ濁って…」
「さんきゅ、じゃぁ俺急ぐから!!!」

つらつらと芝居がかった台詞の途中で遮る様に礼を言い、北塔に向けて出来得る限りの速さで走り出した。

「…(くそ…っカイ、待ってろよ…!)」

『守る為だけに行くなら、止めて』―チェルシーはそう言う。
…しかし、シリウスは守るという選択肢しか、今のところ思い付けていない。
走っている今も、彼女を見つけたら、どうすればいいのか、そもそも探し、見つけること自体が正しい答えなのか、彼には判断できていなかった。

「…っだからってじっとしてなんかいられるか!!!」

いくらカイの事を考えての最良の行動だとしても、なにもせずにいるなんて、自分には出来る筈もない。
そして、自分の出来ない事を、多分カイは自分に求めないだろう、というおかしな自信がシリウスの中にはあった。
だからこそ、彼は、彼女の元へ向かう。彼の出せる全速力で。

+++

北塔に着いたは良いが、この大きな塔のどこに彼女がいるのか当てなどある筈もなく、シリウスは虱潰しに無人の塔の教室を見て回った。
階段を駆け上がったところで着いた階から、数人の声が微かに聞こえ、急いで声の聞こえる教室の方へ駆け寄る。

「『アモルテンシア』があれば私達だってシリウスに好きになってもらえたわ?!…それを、アンタなんかが!」
「彼を惚れさせておいて、自分が彼に気の無い振りをするなんて、ホントに性格が悪いったら無いわよ!」
「そうやって満悦に浸るつもりなんでしょ?人から相談を受けといて…最悪!!」

聞こえてくる言葉は、多分、カイに宛てられている罵詈雑言で、シリウスは自分の顔が怒りに歪むのが分かった。
力任せに扉を蹴るも、鍵が掛けてあるのか戸が開く事は無い。

「キャッ?!な、何?!」

中から聞こえてくる悲鳴が余計に怒りを掻きたてて、想い人の無事を確かめようとその名を呼ぶ。

「おい!!カイ!そこにいるんだろ?!」
「…シ、シリウス?!」

帰ってきたのは彼女のものではない女の声で、シリウスは舌打ちして杖を取り出した。

「アロホモラ!」

解錠呪文を唱え、鍵が開く音がした次の瞬間、教室の中で大勢が焦った様に移動呪文を使い、扉の向こう側に重量のあるものが積み上げられるのが分かる。

「てめぇら…っっぶっ殺してやる…っ」

案の定、やはりびくともしないドアを蹴飛ばして、彼は呻った。
爆発呪文でも唱えて強行突破してやろうかと物騒な考えが頭をよぎったその時、ドアの向こうからアルトの声が聞こえてくる。

「シリウス、お前何しにきてんの」

溜息と共に出されたらしいその言葉は意外に余裕を持っていて、シリウスは安堵にほっと息を吐いた。
それでも怒りはまだ消えなくて、中にいるだろう少女達に激しく食ってかかる。

「カイに何かしたらただじゃおかねぇからなっっ…!!」
「…シリウス…お前頭冷やせって…ていうか、絶対入ってくんなよ?」

落ち着いたカイの言葉の言っている内容を疑って思わず問い返した。

「は、入ってくんなって…?なんでだよ?!…っっまさか、誰か声変えてカイの真似してんじゃ…!」
「マジ、落ち着け、馬鹿」

その口の悪さは彼女以外何ものでもなくて、シリウスは口に出した疑いを打ち消す。

「ぁー…俺は、大丈夫だから、お前どっか行ってろ。」
「はぁ?!んなこと出来るわけねぇだろ!!!」
「ったく…」

扉の向こう側で、呆れた様な呟きが零された。

「…じゃぁ、シリウス、…15分後にそっちに行く。だから、中庭の楡の木の下で、待っててくれるか。」
「…っな…」
「お前に、伝えたい事があるんだ。…だから、そこで待っててくれ。
今、お前がここにいたら、俺はずっとここから出られないし、お前に言いたい事も言えない」

俺の言ってる事、分かるよな?そう言うカイに、唇を噛む。
他ならぬカイが、自分に入ってくるな、と言っている。その事実がシリウスに扉を開けさせることを禁じていた。
かといって、黙って退散する気も起きずに、シリウスは扉を殴りつけ、中にいるであろう女生徒達に宛てて叫ぶ。

「お前らっ!!良く聞けよ!!俺がカイを好きなのは!人と人との関係を自分で作り上げようとしてるからだ!!」

勢いに任せて怒鳴った自分の言葉にシリウスは彼自身が疑問に感じていたものの答えを見つけた。

どうして自分はカイに惹かれたのか。
自分の様に、容姿や、既に与えられたステイタスで人を惹き付けるのではなく、況してや薬なんかを使うのではなく、彼女の心で、態度で、人に対しているから。
時には自分の心に迷ったり、悩んだり、そんな時も決してズルをしようなどと思っていないから。
自分を見返すあの眼差しに不安や疑問はあっても、自分を解りたいと、思ってくれていたから。

「そん中に1人でもカイの知り合いがいるんだとしたら、考えてみろ!カイは絶対薬なんかで関係性を作る様な奴じゃねぇだろ!!!」

だから、…頼むから

「……っカイに何もしないでくれ…っっ」

祈る様に呟いた言葉は、向こう側に届いたのだろうか。少しの間、沈黙が続き、その後、静かにカイの声が聞こえた。

「…さんきゅ、シリウス」
「…先に、行って、待ってるから」
「ぉー、また後で」

カイの声をしっかりと確かめて、もう一度祈る様に目を閉じるとシリウスは踵を返す。
そして、彼女と約束した中庭へ迷うことなく真っ直ぐに歩き出した。

 +++

こつこつ、というシリウスの足音が遠ざかり、カイは部屋の中に意識を戻す。

「…どういう心算よ…?あぁ言えば私達が、解放するとでも思ってるの?私達に、恩を売ったとでも?」

震える声でそう言った彼女を見返し、心の中で『外れ』と呟いた。…そんなお情けを掛けて貰いたくてシリウスを追い払ったわけじゃない。

「もうちょっと…付き合ってやっても良かったんだけどな。」

結ばれた足首をぐっと動かして、緩んだところで右足を引き抜き、同時に交差させた状態で縛らせていた手首も組み方を変える様に捻れば縄は緩くなる。

「生憎、急ぎの約束が出来てしまったんでね、そろそろ終わりにさせて貰うよ?」

手から抜いた縄をこれ見よがしに床に落としてやると、目の前の少女達の顔が蒼褪めるのが分かった。

拘束されるであろうことが分かっていれば、縄抜けが出来る様な結び方をさせる事はわけない。
『インカーセラス』という縄掛けの呪文は対象をそのままの形で縛り上げる。
つまり、掛ける縄の1周の長さが一番長くなるように予め手足を組んでおけば、少し動かす事で縄は簡単に外す事が出来るのだ。
だからこそ、図書館から呼び出した彼女の後を付いて行く時から、手首を縦に、少しずらして交差させておいた。

「悟られてる時点で、縛り呪文は意味無いと思っといた方が良いぞ?」
「よ、余裕じゃない…貴女、自分が杖ないってこと、忘れてるんじゃなくて?」

カイを睨みながら、何人かの女生徒が杖を構える。それを余裕の表情で見遣って、カイは不敵に口端を上げた。

「君等も、忘れてるんじゃないか…?」
「…ぇ?」
「俺が、男子と喧嘩をやらかしてもそうそう負けないのは、杖が無くても肉弾戦で相手に対抗できるからだ…って事っ」

言うが早いか自分の周りで構えている彼女達の杖を蹴り落とす。

「……っっ」
「『合気道』っていう日本の武道でね。昔、ちょっと齧ってたもんだから」

杖が無ければ気まで削げてしまうらしい魔法使いにとって、一番有効な攻撃をしてみせ、カイは肩を竦めてみせた。
拘束の為か強張っていた首を回し、こきこきと関節を回すと、にっこりとそう言う。
明らかに狼狽する彼女らを見ながら、込み上げてくる不思議な感覚に軽い驚きを覚える。
シリウスの声を聞いただけで、まるでダイスの全てが良い方向にひっくり返ったみたいに無敵な気分になっていた。

「…(こりゃ、余程、俺は、シリウスに惚れちまったみたいだなぁ)」

シリウスの宣言通りになってしまった事に苦笑を隠さない彼女に、対する女生徒はまだ攻撃の色を緩めようとせず、食い下がる様に言葉を吐く。

「…っこの人数よ…?!まだ杖を持ってる子だっている…っ!勝てると思ってるの?!」
「やってみようか…?」

そんな台詞を投げられたにもかかわらず、ここ最近1番の気分で、カイは最高に機嫌の良い笑顔を浮かべながらそう返した。


「…俺は今、最高に最強な気分なんだよ」


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スティーブがセリフの少なさの割にお気に入りになりました(笑)オリジナルキャラクターてんこ盛り、それが陣内クオリティです。
チェルシーがact.1でいってる「私だったら喜んでOKするわ」ってのは、彼女なりの冗談みたいなもんなんですよ。スティーブとは相思相愛って言うね!…ハイ、どうでもいいですね!!

最終部分のヒロインの怖さ半端ねぇと思われた方は正解です。満点花丸です。

次で最後。よろしければお付き合いくださいませ!

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あきゅろす。
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