着たくなる衝動(政+小+親+慶) とある十三日の金曜日、放課後。 殆どの教師は、部活に向かったり、帰路に着いたりで、ほぼ無人の職員室になっていた。 いつものように、政宗が職員室に入室し、小十郎の机に向かう。 ところが、珍しく小十郎は不在で、机に着て来たのだろうコートと、マフラーが椅子にかけてあった。 小十郎の机の周りは、誰もおらず、遠くに新米の教師が一人と、数名の帰り支度をしている教師が見えた。 いま、ここに座っても誰にも、気付かれないだろうと思い、小十郎の椅子に腰掛けた。 なんら変わらない、学校の備品の椅子なのだが、政宗は至極幸せな気持ちになった。 誰も見ていないなら、小十郎のコートを、着てみたりしても大丈夫だろうと、椅子にかけてあるコートを手に取った。 袖を通してしまうと、見つかったときに、脱ぐのが大変なので、頭から被ってみた。 コートから香る、小十郎の匂いに幸せな気持ちになり、せっかくなのでマフラーを持ち、鼻に当てて匂いを嗅いだ。 目を閉じると、小十郎が側に居るような感覚になり、自然と口元に笑みが浮かんだ。 「……何してんだ、政宗?」 気分が最高潮のときに、脇側から聞こえた友人の声に、顔が青ざめながら横を見た。 視線の先には、元親が立っていて、引き攣った顔で、政宗を見つめている。 「Ah………,実はなんか寒くてさ、ちょっと温まらせて貰ってた。」 当然ながら、職員室には暖房が入っていて、寒さなど微塵も感じないのだが、この状況では、これが精一杯の言い訳だった。 「そうか…、これで寒いんなら、風邪でも引いてんじゃねぇのか?」 普段から面倒見が良い元親が、心配そうに顔を覗いてきたのだが、なかなか心が痛い。 「微熱だと思うから、大丈夫だぜ。」 「あんま、無理すんじゃねぇぞ。」 笑顔でごまかすと、気遣う言葉をくれた。 この優しい友人の言葉が、今は心に痛い、とても痛い。 気遣いに対しての言葉を返すと、元親は手に持っていたノートを、小十郎の机に置いた。 元親のノートで、小十郎が補習をしていることを悟った。 まだ戻って来ないのは、他にも残ってる者が居るのだろう。 「…元親、誰か他に補習してんのか?」 「ああん?聞いてなかったのか、昼休み話したろ?慶次と俺、居残りあるって。」 元親に言われるまで、すっかり忘れていた。 そういえば、宿題を忘れたとか何とかで、居残りやるとか言っていた。 「慶次も、少ししたら来ると思うぜ。」 「Hum.えらく時間かかってんのな。」 「慶次は、ちょっと阿呆っぽい所あるからな。」 (元親。お前も、たまにそういう所あるぜ。) 深く考えながら呟いた元親に、心の中で突っ込みを入れると、職員室の扉が開いて、元気よく入ってきた慶次と、その後ろに小十郎の姿が見えた。 「あれ?政宗、なにやってんの!」 小十郎のコートに包まり、マフラーを持つ政宗を見て、慶次が笑いながら指摘してきた。 「寒いから、包まってるんだとよ。」 先程、政宗が答えたことを、元親が変わりに返答をしてくれた。 「そうなのか、大丈夫なのか政宗。しかし何故、先生のに包まってるんだ。」 「ここに、コートがかけてあったからだぜ。」 心配しながらも、的確に指摘してきた小十郎に、どや顔で答えると、コートを奪い取られた。 「ほら、熱があるなら、さっさと帰った方が良いだろう。学校が閉まる前に帰るぞ。」 コートを取られ、わざと寒そうなそぶりをすると、椅子から立たされて、肩からかけ直された。 帰るために、鞄に荷物をつめる小十郎に、有難うとお礼を言うと、駅に着くまでだからと、条件を付けられた。 呆れながらも、心配してくれる小十郎に、心の中まで温まるのを感じた。 昇降口まで三人で移動したあと、チャリ通の元親に、慶次くっついて行くので、下駄箱で別れた。 合流するために、教師用の昇降口に向かいながら、また、こっそり小十郎のコートを、着てみたくなってしまった。 end あとがき→ [*前へ][次へ#] |