向日葵の君
考える人1
「ちょと、ひと休みしよっと」
洗濯干しを終えた茜は、側の縁側に腰を下ろした。
たった今干し終えたばかりの洗濯物が風に揺れるのをぼんやりと眺めながら、少し凝ってしまった首をぐるぐると回す。
あれから既に一週間過ぎても決心なんてつくはずもなく、余計なことを言ってしまったと茜は後悔していた。
もちろん土方は特に何も言ってはこないが、茜は夜が来るたびどうしたらいいのと迷いながら眠りにつく日々。
心の準備なんて、そんな簡単につくもんなんだろうか……?
というより、準備ができましたと自分から部屋を訪ねて行くなんて、どう考えても何か違う気がした。
誰かに聞けるような話じゃないし、いっそ土方本人に正直に話してみようかとまで思えてくる。
やっぱり決心がつきません、と。
「さすがにそれは無理か」
「何しょぼくれた顔してるんでィ」
ぽつりと呟いた茜は、突然横から声をかけられ驚いて振り向いた。
「あ、沖田さん。お疲れ様です」
「せっかく昼寝に来たのに先客か」
アイマスクの紐を指に引っかけくるくると回しながら、沖田は茜の隣に腰を下ろした。
「私はもう行くんで気にしないでください」
「アンタやっぱり土方とできてんじゃねェか」
沖田は立ち去ろうとする茜を引き留めようと声をかけた。
「何もないって言ってたくせによ」
「それは、あの時はまだ……」
「ふうん」
沖田は興味なさそうな声を出すと、アイマスクはせずに縁側に寝っ転がった。
「それで? なんでアンタはこんなとこで泣きそうになってんだ?」
「別に泣きそうになんてなってません」
別に二人の間にあえて波風立てようなんて気は更々ない。
それなりに茜の事を大事に思ってそうに映る土方の態度と、目の前の茜の表情が一致しないのが何故なのか。
ただ純粋に気になっただけだ。
「ふうん。泣いてんなら慰めてやろうかと思ったんだけどな」
沖田らしくない台詞に茜は笑った。
「嘘。沖田さんのことだから、からかいに来たか止めを刺しに来たんでしょう?」
いたずらな瞳に沖田は息を飲む。
「なんでィ。かわいくねェ女。土方の趣味も悪くなったもんだ」
「沖田さん、土方さんの昔の彼女、知ってるんですか?」
すかさず茜から突っ込まれ、沖田は小さく舌打ちする。
悪気があって言ったわけではない。口が滑ってしまっただけだ。
何か考えているように俯いてしまった茜は、不意に顔を上げ沖田を見つめ口を開いた。
「もしかして、牡丹色の着物とか着てた人ですか?」
「……」
「アイツに余計なこと言うんじゃねェぞ」なんて、わざわざ俺に口止めまでしたくせに、なんだってコイツがそれを知ってんだ。
意味がわからず沖田は難しい表情を浮かべる。
「そんなこと聞いてどうする気だ?」
「別にどうもしません」
「じゃあ聞く必要もねェよ」
これ以上自分が口出しするようなことじゃない。
二人がどうなろうが知ったこっちゃない。
沖田は答えをはぐらかした。
「土方さん、忘れられないみたいなんです」
茜は独り言のようにポツリと呟く。
「野郎がそう言ったのか?」
「私が聞きました。けど……土方さん、否定しませんでした」
寂しそうな横顔を盗み見した沖田は、大きく伸びをして起き上がり大袈裟に溜息をついた。
「っと土方のヤローは心底バカな男だ。アンタも泣かされねェうちにさっさと逃げ出すこったな」
「その人も泣かされちゃったんですか?」
「……ああ」
少し喋りすぎたかもしれないと沖田は後悔する。
「私……ちょっと不安だっただけなんです。こんな話聞いても何にもならないですよね。ごめんなさい、忘れてください」
明るい声で茜はそう言うと、笑いながら立ち上がった。
足早に立ち去っていく茜の後ろ姿を見送り、沖田は小さく呟く。
「何やってんだ、あの野郎は」
女にあんな泣き笑いばっかさせやがって。
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