向日葵の君 怪しい人 すっかり怪我が良くなった茜は、隊士達の身の回りの世話や雑用をこなす日々が続いていた。 給与の支払いも不安定だった揚句、危うく主人に売り飛ばされるところだったことを思えば、此処はまるで極楽のような場所。 何より毎日土方に会えることがとても嬉しい。 「調子はどうだ」 「仕事は慣れたか」 「ちゃんと休んでるか」 素っ気ない口調だけれども、いつも優しく気遣ってくれる。 何だか保護者のようにも思えるが。 それでも土方に対し茜は、日毎思いが募っていた。 「では失礼します。」 今日も土方から頼まれたお茶を届けるついでに、ほんの少しの間だけ話をした茜は、早足で廊下を歩いていた。 少し長く土方の部屋にいた分だけ、やらなければならない仕事が滞っている。 土方に世話してもらった仕事なのだから、暢気に休んではいられない。 お茶を片付けたら次は洗濯干しと、茜は真面目に次々仕事をこなしていく。 物干しに面した縁側では、悪趣味なアイマスク姿の沖田が昼寝の真っ最中だった。 下手に声をかけて起こしてしまったら申し訳ないと思った茜は、黙って物干し場に下りた。 一通りの仕事にはもう慣れたが、少し高さのあるこの物干しにはなかなか慣れない。 思い切り背伸びをしながら、物干し竿相手に格闘する。 「こんなのも届かねェのか?」 突然背後から聞こえた声に驚いて振り向くと、そこにはさっきまで寝ていたはずの沖田が立っていた。 茜の足元のカゴから洗濯物を一枚掴み上げると、ひょいと竿にかけ茜を見下ろし笑った。 あまり好意的でない視線に気が付いた茜は、ムッとする気持ちを隠して笑って言った。 「手伝わないでください。私の仕事ですから」 「そりゃ邪魔して悪かった。まぁ頑張ってくだせェ」 からかいに来ただけか。 ポケットに手を入れ、くるりと背を向け立ち去る姿を、茜は溜息をついて見送る。 気を取り直して洗濯干しを始めていると、再び沖田が戻ってきた。 どうかしたのかと、小さく首を傾げる茜の前に立ちはだかった沖田は、 「あんたさ…いつも土方さんの部屋で何してんの?」 棘のある口調で静かに言った。 茜は心臓を掴まれたような気がしたが、余計な誤解を招いてしまわぬよう、気持ちを落ち着かせるため笑ってみせた。 「何って、お茶を持って行くだけですけど?」 「ふーん」 「何かあるように思いました?」 「ああ。どんな手でヤツをたぶらかしてんのかなぁって思って」 「たぶらかす?」 その言葉につい不愉快になった茜は、眉間を寄せ沖田を見上げた。 「そうさ。たまたま助けた女にしちゃァ、いやにヤツはあんたに御執心なようだしな」 「私にはわかりません。けどたぶらかすなんて…。一体私のどこにそんな器量があるっていうんですか?」 さっきまで怒った顔をしていた茜が、あっけらかんと笑いながら返してきたので、沖田は内心戸惑ってしまう。 確かに茜は、男をたぶらかせるような器量の女にはとても見えない。 何となく自分でもわかっている。 こんな女にヤツが夢中になっていることが、何より気に入らないだけなのだ。 黙っている沖田の前で、茜は再び洗濯物を干し始めた。 思い切り背伸びをして、器用に放り投げるように竿にかけていく。 あっという間に全てを干し終えた茜は、カゴを抱えて沖田を見上げた。 「お話はそれだけですか?私急いでるんで、これで失礼します」 茜が横を通り過ぎていく瞬間、微かに煙草の匂いがした。 自分でも訳が解らない苛立ちが、勝手に頭を支配し始める。 目についた石ころを蹴り飛ばした沖田は晴れた空を見上げた。 子供の頃に見た空と同じ青が胸に滲み、何故だか泣きたくなった。 [次へ#] [戻る] |