向日葵の君
告白1
「土方さーん……こんばんは……」
時刻は夜十時。
襖が開き現れた茜は、声を潜め、まるで寝起きドッキリのようなテンションで、土方の部屋へ足を踏み入れてきた。
「なんなんだよ、そのノリは」
人目を避けながら部屋までやってきたのだろう。
忍び足でおどける茜に、土方は呆れたように笑った。
初めての夜以来、二度誘いを断っていた茜は、さすがに三度目は観念したようだ。
そのためか、照れ隠しにわざとおどけているようにも見える。
今夜はとりあえずゆっくり話ができればと、それだけのために茜を呼んだのだが、茜はそれ以上の想像を巡らせているのだろう。
「ま、こっち来いよ」
茜はじりじりとにじり寄ると、微妙な距離を空けて向かい合った。
今夜は風が強く、戸がカタカタと音を立てて響いている。
今年一番の冷え込みだそうで、こうして座って起きていると風呂で温めた体も途端に冷えてきた。
「寒くねェか?」
「あ、少し」
「あっち入ろうぜ」
土方は既に敷いてある布団に茜を誘い、先に横になった。
遅れて布団に茜が潜り込む。
二人分の体温で、固く冷たかった布団が次第に暖まってくる。
俯せのまま軽く上体を起こし、枕元で煙草に火をつけた土方は、黙って見つめている茜に笑いかけた。
「どうした?」
「どうもしません」
「一緒に入ると暖かいな」
茜はニッコリ笑い、ほんの少しだけ土方に近付く。
「なぁ、茜」
茜は急に改まった声のトーンを敏感に察知して、黙ったまま目線だけを土方に向けた。
「俺といて、何を不安に思う?」
きっとちゃんとした理由があるんだろ。
今夜は全てに答えてやろうと思っている。
もう罪悪感も自己嫌悪も、何も持ってはいない。
この思いがきちんと伝わっていなかったことに少し苛立ちもする程、茜のことしか頭にないのだから。
「不安って、そんな……別に」
「あるだろ? だったら俺に聞いてくれよ。俺の口から言わせてくれ」
土方は枕元の灰皿で丁寧に煙草を消し、しっかりと消えたのを確認すると、灰皿を向こうに追いやった。
茜と向かい合うように横になり、手を伸ばす。
髪から首筋まで撫で下ろすと手に絡むように首筋を寄せる仕草は、何だか猫のよう。
「私、ずっと土方さんの気持ちが不安だったんです。着物のこともずっと気になってました。それに、沖田さんも近藤さんも知ってるってことは、真選組の中では公認の仲だったのかなぁとか、何か色々気になっちゃって……」
茜は一気に口にして、一息ついた。
沈んだ表情を隠すつもりなのか控えめに微笑んでみせる。
コイツ、いつもこんな顔してたか?
俺が気付いていないだけだったのか?
まず頭に浮かんだのは、江戸へ向かう自分達を見送ってくれた時の彼女の顔だった。
何年経っても女に同じような表情をさせている。
作り笑いをさせたくないなんて思っていたのは出会った頃だけで、付き合い始めてからは茜を不安にさせているなんて思いもしなかった。
らしくない甘い言葉を必死で捻り出せばそれで済むはずだと、ずっと思い込んでいたのだから。
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