向日葵の君 花火2 花火大会が終わって数日間、土方は茜を見かけないことが気になっていた。 これまでは、屯所にいれば毎日どこかで会えたはずが、しばらく姿を見ていない。 もちろん休みはちゃんと取っているだろうから、単純にすれ違いになっているだけだろうが。 障子の向こうを行き過ぎる影に、立ち上がった土方は勢いよく戸を開いた。 「あ…お疲れ様です」 たまたま通りかかった女中が、驚いて立ち止まる。 「あ、ああ」 なんだ違うのかと部屋に戻るわけにもいかず、そのまま廊下に出た土方は、散歩がてらに屯所内を回ってみた。 だが行く先々どこにも茜はおらず、次第と意地になってくる。 単純に休みなのだろうが、どうしても顔を見ておきたい。 いつも見てる顔、見ねェと落ち着かねェからな。 ただそんだけだと自分に言い聞かせ、早足で歩き回る土方の目の端に、見覚えのある黄色が映った。 広い中庭の端っこ。 池の淵にしゃがみ込み、中を覗き込んでる茜の姿。 何やってんだ…? あんなとこで。 子供っぽく見えるその光景に頬を緩ませかけ、けれど少し感じた違和感に土方は目を細めてみた。 「……」 煙草に火をつけ一息ついてから、茜の元へ歩いていく。 屯所内に喫煙者などほぼいない。 すでに煙は茜の方へ流れているはずなのに、茜は気付いているのかいないのか、振り向かずしゃがみ込んだままだ。 「なんか珍しい魚でもいんのか?」 「いえ、鯉を見ていただけです」 そう言うと茜は立ち上がり振り返った。 「土方さん、お疲れ様です」 「ああ」 土方は茜の隣に立ち、池に視線を移した。 「鯉がどうかしたのか?」 「いえ、ただ見てただけです」 「お前は鯉を見たら泣けてくるのかよ」 土方の言葉に茜が笑い出した。 「図星だろ?」 「土方さんには敵いません!」 「ったりめェだ」 思ったより和やかな空気だった。 いつの間にか茜も自然な笑顔を見せている。 「なんか困ってることとかないか? どうしても足りないものとか……」 少し真剣なトーンで土方が切り出した。 その優しい声に、茜は胸がいっぱいで苦しくなる。 「大丈夫です。お給料が出たら揃えていくんで、それまでは辛抱です」 「そうか? ならいいが」 土方は一旦煙草を消して、再び新しい煙草を取り出した。 「休憩ですか?」 「あっ!?…ああ」 別に一服しに来たわけでなく、茜を探してここへ来ただけだった。 慌ててごまかして、この一本分はここにいようと決めた。 「なぁ茜」 「はい」 まだ泣いていた理由は聞いていない。 聞いた方がいいか、聞かずにいた方がいいか、名前を呼んでから迷っている。 「いや……あれだ、あー……花火は見たか?」 「いえ、音は聞こえてましたけど見てないです。どうでした? 綺麗でした?」 「ああ、まぁな。けど屯所から見る方が良かっただろうな」 「ここから見えるんですか!?」 茜は身を乗り出して反応する。 「ああ。ちょうど俺の部屋からな」 「へぇ……」 「来年は多分俺も留守番組だ。花火はのんびり見たいもんだな」 花火大会の夜、頭に浮かんだビジョンは胸の奥にしまい込んで話していたはずが、口が勝手に動いてしまう。 「お前も屯所にいるなら見に来ればいい」 「え? いいんですか?」 「あ、ああ……」 驚いて聞き返され、土方は自分自身に戸惑ったまま返事してしまった。 何で先の約束なんかしてんだ、俺ァよ。 苦い顔で煙を吐き出すが、次第に笑みが広がっていく茜を前にすると、自然に頬が緩んでしまう。 「俺は戻る。お前は休みだろ?」 「はい」 「ゆっくり休んどけ」 一本と決めていた煙草も吸い終え、土方は話を切り上げた。 「じゃあな」 最初は泣いていた茜が今は笑っている、それだけで妙な達成感があった。 * * * 残された茜はもう一度にしゃがみ込み、池を覗き込んだ。 『こんな狭い池に飼われて幸せ?』 『私はこんな立派なところで働かせてもらえているけど、休みの日だって行くところもないの』 『大好きな人の前でも、身綺麗にすることもできない』 数十分前の独り言。 さっきは愚痴をこぼしてしまったけれど。 「やっぱり私、幸せ者だ」 小さく呟いた茜は、笑顔を作って立ち上がった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |