向日葵の君 花火1 今日はこの夏最後の花火大会。 警備の為に会場入りする隊士達の元へ、茜が夜食を届けに来た。 毎年花火大会の日は、若い女中達が着飾り出払ってしまう。 そんな中、重箱を抱え現れた茜の姿は、皆の目には珍しく映った。 「茜ちゃんは花火見に行かないの?」 「はい。人手が足りなかったみたいで」 ちょうど合流した土方の耳にも、茜の言葉が届く。 「おーい。お前ら行くぞー! 先発隊はもう出発だ」 土方の声に隊士達がぞろぞろと屯所を出ていく。 「お気をつけて」 先発隊の背中に向けられた茜の声に、なぜか土方が振り向いた。 一瞬視線が重なり合って、けれどすぐに土方は何もなかったように顔を戻す。 他に誰かがいる時の土方はいつもこんな調子で、特に珍しいことでもない。 自分よりずっと年上の男に失礼かもしれないが、茜は土方のことを照れ屋な人なんだと理解していた。 「いってらっしゃい」 今、出て行こうとする土方に、茜がもう一度声をかける。 「ああ。行ってくる」 一旦茜を見遣った土方は、最後は消え入りそうな声を残し去って行った。 * * * あー、だりィなぁ……。 花火大会会場を見下ろせる高台に立つ土方は、気怠い仕草で煙草を取り出した。 特等席から花火を見ることができるが、毎年のことで役得感は薄れている。 こんなんなら部屋の縁側から遠くに見える花火の方が、よっぽど風流だろ。 頭の中で思い浮かべたビジョンには、自然と隣に茜の姿がある。 それについては特に何も思わず、まだまだ茜について話を膨らませた。 あーそういえばアイツなんで花火見に行かなかったんだ? 若い娘だから着飾って出掛けたいだろうに。 あっそうか。着のみ着のままで屯所へやってきて着飾るもんも何もねェのか。 「土方さん。これ、夕飯食べますか?」 「あ!? いや……何だ?」 不意に声をかけられ必要以上に慌てる土方を、重箱を手に声をかけた部下が怪訝な顔で見つめている。 「夕飯なんスけど」 「ああ、悪ィ。貰う」 部下と見張りを交代し、土方は重箱片手にパトカーに乗り込んだ。 早速中身を頂きながら、さっきの続きを考える。 ある程度の生活必需品は何とかなってるだろうが、それ以外は何もないっつーのも酷い話だよな。 一応連れてきた責任は俺にあって、俺が聞いてやるべきだったのか? つーかさっきから俺、茜のことしか考えてねェな。 頭上が明るくなり見上げると、夜空に大きな花が咲いていた。 遅れて聞こえる爆音が腹に響く。 屯所からでも見えるこの花火に、茜は気がついてるだろうか。 「何だって茜、茜って……」 車内には誰もいないので声に出して呟く。 誰もいないのに頭の中は言い訳が渦巻く。 そりゃ、まぁ気になるだろ。 結構な偶然の出会いだったし。 それに…どことなく似てるから気になるのかもしれねェ。 別に好きとかそんなんじゃねェんだよ。 再び打ち上がった花火につられ、また空を見上げた土方は、今は星になった彼女に向けて呟いた。 * * * 「お帰りなさい。お疲れ様です」 無事花火大会が終わり屯所へ戻ると、茜ら留守番組に出迎えられた。 空になった重箱を受け取り、隊士達に笑顔で労いの言葉をかける茜の横を、土方が黙って通り抜ける。 「……」 慣れている。 いつだって土方はこんな具合だ。 優しい人だけれど、いつもニコニコと気安い人ではないことも知っている。 それでも今夜は少し寂しかった。 ドンドンと響く打ち上げ花火の音を聞きながら、会場にいる土方へ思いを馳せていたから。 角を曲がってその場を去ろうとする土方の横顔を、茜はそっと目で追う。 煙草に手をやり煙を吐き出す、ほんの一瞬だけ視線が合わさる。 ただの偶然。 そんな小さな事でも、やけにうれしかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |