向日葵の君 かわいい人3 まるで逃げるように土方の部屋を後にした茜は、足早に廊下を進んだ。 心臓が激しく脈打ち、頭の中はいろんなことが渦巻いている。 静かな屯所にいるはずが、まるで大音響の中にいるような気がした。 よく考えると何てことを言ってしまったんだろ? 何でちゃんと考えないまま口にしてしまったんだろ? それも言い逃げ。 後悔してももう遅い。 しっかりと土方に届いてしまったはずだ。 なんでこんなふうになっちゃったんだろ。 こんな突拍子もないこと言ってしまう自分じゃなかったのに、なんて無鉄砲ぶり。 相手の迷惑を顧みず自分の気持ちだけを押しつける、ただの勝手な人間。 自分でも知らなかった一面を思い知らされ、少し怖かった。 仕事に戻った茜は、何とか気持ちを切り替えようとしていた。 洗濯籠を抱え、慌ただしく廊下を往復する。 せっかく土方が世話してくれた仕事なのだから、これからも何とか続けていきたい。 土方の部屋の前を通ると、閉じた襖の隙間から煙草の煙が漏れてきて、向こう側にいる土方の存在を感じた。 もうこれまでのように優しくしてもらえないのかな。 もう笑ってくれないのかな。 そう思うと泣きそうになってくる。 頭の中はこれまで以上に土方一色に染まっている。 誰かを想って自分が自分でなくなるような、こんな気持ちは生まれて初めてだった。 * * * 部屋に残された土方は、閉められた襖を呆然と見つめていた。 えぇっ!? 何言ってんだ、アイツは。 「土方さんが好きです」って、好きって何だよ。 茜がサラッと口にした言葉に、いい年して動揺している自分に気付き、長い息を吐く。 ちょっと待て。いや、落ち着け。 きっと深い意味はねェはずだ。 本当に深い意味があったら、あんなポロっと簡単に言うわけがねェだろ。 どうとでも受け取れる言葉だ。 いい大人が、いちいちガキの言葉を真面目に受け止めてる場合じゃない。 そう思い直し、土方は仕事に戻ったが。 「十九か…」 書類に筆を走らせながら思わず口にしている自分に気付き、可笑しくなって一旦筆を置いた。 代わりに新しい煙草に持ち替え一息つく。 十九って本当にガキだろうか? 土方は少し冷静に考えてみる。 茜の見た目が実年齢より子供っぽく見えているだけで、世間で十九といえば年頃の娘のはずだ。 普通あんな無防備に男に優しいだの好きだの、簡単には言わないんじゃねェか? 部屋を立ち去った時の、茜の赤く染まった横顔を思い浮かべる。 ガキはガキなりに真剣で大切な思いがあることは、自分を思い返してみても明白だ。 茜と会ってるうち頭の中が子供に戻ったようで、近頃よく昔を思い返す。 もうこれ以上、かわいい女が泣く姿を見たくない。 例えそれが人知れず流す涙だとしても。 泣かせたくないのだ。 少し前ならこんな気持ちにもならなかったかもしれない。 時間がそうさせたのか、茜だからなのか、自分でもよくわからないが。 土方は最後に長く煙を吐き出し、まだもう少し楽しめそうな煙草を灰皿に押し付けた。 「これ……聞かなかったことにはできねェよな……」 自分も苦しんでまで女を泣かせる理由がどこにある? 今の俺には、答えが見つからなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |