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By My Side
Daydream Believer 2

「なぁ桜……」

銀時は切り出しかけて途中で止めた。
今更何を言っても言い訳にしかならない。本当は桜だって何もないふりをしてるだけかもしれないし、わざわざ蒸し返すこともないだろうとも思う。けれどあの頃の自分にけじめをつけなければ、これ以上桜と向き合えない。このまま何もなかったように桜を帰すなんて、どうしてもできなかった。

「…あの時、俺さ」

やっと続きの言葉を口にした途端、桜の顔から笑顔が消えた。
そんな桜の様子にまだ気付かぬままの銀時は、照れ隠しのように髪をくしゃくしゃと掻き乱しながら続ける。

「自分のことで精一杯で本当に余裕がなくて。いや、まーそれは今でもそんなんだけど……」
「もういいよ」

これ以上聞きたくない。

銀時の言葉を遮った桜は、思いがけない自分の声の低さに自分でも驚いた。
バツの悪い状況に身の置き場がないと苦笑いを浮かべていた銀時も、その声に真剣な表情に変わった。

あの町で攘夷志士と関係を持っていた娘は、自分だけではなかった。生きて帰るなんて約束をいくら交わそうとも、そのまま行方知れずになった者は少なくなかったし、もちろんその中には願い叶わず約束を守れなかった者もいただろうが。
そして生きて帰ったところで、一緒にいられるはずもなかった。攘夷戦争が終結し天人側に寝返った幕府が出した廃刀令。それにより侍達がどうなったのか、桜だって知っている。
今になって思えば銀時にだって正当な言い分があるだろうとも思う。
けれど、あの町で何年も待ち続けた日々。単に恋人というだけでなく兄のように慕っていた銀時に、結局は捨てられたんだと認めた時の痛み。今更銀時が何を言ったところで消えるわけじゃない。

「あの頃はみんなそうだった。誰が悪いとかじゃないよ…」
「………」

真顔で見つめる銀時の視線を一旦逸らし、再び見つめ返す。桜のほんの一瞬の視線の動きにも銀時は胸を捕らえられ、目が離せなくなる。 
一方桜は、辛かった日々が消えるわけではないが、あの頃と変わらない真っ直ぐな瞳が再び自分を映し出している。それだけでもう充分だと思った。

「もう、済んだ話だよ」

女は強ェーな。

銀時は漠然とそう思った。

過去から目を背け続けてきた俺と、済んだ話だと笑うことができる桜。たかが小さな罪悪感を抱いて生きていくことが桜への罪滅ぼしになるのだと、そう信じて生きてきた俺とはまるで違う。

「お前にとっちゃ今更かもしんねェ。けど俺のけじめだから言わせてくれ。聞き流してくれて構わねーよ」
「……」
「もう一生会うこともねーと思ってた。けど、お前のことを忘れたことはなかった」
「本当に?」
「ああ。忘れられるわけがねーだろ」

桜が瞳を伏せた。昔と変わらない涙をこらえている時の表情。弱みを見せるのを嫌った桜は、あの頃もよくこんな表情を見せていた。

何も考えないまま桜の隣へ動いた銀時は、その肩を抱き寄せた。桜の髪が頬に触れてやっと、何をやってるんだと我に返る。

本当、男は情けねーわ。
触れれば何でも解決するとばかりに何かっつったらすぐにこうしてごまかして……。

胸の内で言い訳をする銀時の背中に、桜の腕がそっと回されたその瞬間。長い間ずっと自分の中に閉じ込めていた思いは、溢れ出して止まらなくなった。

「会いたかった」

心の底から絞り出した。
一日だって桜のことを忘れた日はなかった。忘れようと思ったことさえない。それは決して罪悪感だけじゃなく、ずっと大切に閉じ込めてきた思いでもあったから。

けれど強く抱きしめる程に、お互いの熱を感じる程に、心の隅では苦い思いが二人の胸を曇らせ始める。

昔に戻れるわけはない。
もうあの頃のままの二人ではない。

わかっていながら離れることもできない二人は、

「このまま時間が止まればいいのに」

ただそれだけを互いに願った。



「銀時。私、そろそろ帰らなきゃ」
「ん? ああ」

まるで二人の願いが叶ったかのように時間が止まったような空気を、桜が現実に引き戻した。銀時は抱きしめていた身体を、ゆっくり引き離していく。そんなに長い時間が経ったようには感じないのに、沈みかけた夕陽が窓から細く長く差し込んでいた。

「送ってく」

衿元を整え、帰り支度を始める桜に銀時が声をかける。

「そんな、別にいいよ」
「いいから」
「じゃあ、駅までお願いね」

揃って万事屋を出た二人は、駅までの道をゆっくりと歩き出した。
銀時は一定の距離を保ちながら桜の少し先を歩く。背の低い桜と歩く時は、意識してゆっくりと足を運ばなければ、たちまち二人の距離が開いてしまうから。そんな小さなことをまだちゃんと覚えていたことが、銀時は少しくすぐったかった。

駅に近付くにつれ次第に人通りが増え、町が賑やかになる。この雑踏の中でなら、単なる世間話として軽く受け止めてもらえるかも。銀時はずっと気になっていたことを殊更何気ない調子を装い、桜に尋ねてみた。

「そういや聞いてなかったけど、お前って今……一人なのか?」
「…ああ、うん」
「何? 今ちょっと間があったよな?」
「悪かったわね。嫁き遅れちゃったの! そういう自分はどうなのよ?」

桜は怒ったふりをした後、笑って銀時にも同じ質問を返す。

「お前、客に俺の噂聞いて訪ねて来たんだろうが。金さえもらえりゃ何でもやる稼業だ。所帯持ちじゃとてもやってけるようなもんじゃねーよ」
「ふーん」

桜が特に興味なさげな返事をしたので、また少し沈黙が流れる。

このまま駅に着いたら、もう二度と桜に会えないかもしれない。だが、これまでの人生の内、たった三年間を共に過ごしただけの桜のことだ。これからも昨日までと同じような毎日が続き、今日の日のことは思い出になっていくはず。

本当にそれでいいのか?
銀時は自分自身に問い掛ける。

いいわきゃねーだろ。
目の前のこんないい女、放っておけるかよ。

「なぁ……また会えるか?」

さり気なく、いや全然さり気なくないが、銀時なりに精一杯さり気なく聞いたつもりだ。

「……」
「オイオイ、なんでそこで無視するんですかー?」
「無視したわけじゃないけど」

返事がないので冗談ぽく突っ込むと、桜は苦笑した。

「んだよ」
「だって……」

ただクスクスと笑うだけで銀時の問いには答えない。
駅に続く階段の前で銀時は足を止めた。

「ほら、着いたぞ」
「送ってくれてありがとう」 
「ああ」

「さよなら」と桜が口にするよりほんの少し早く。
最後に銀時はもう一度同じことを聞き直した。

「また会えるか?」
「……」
「……」
「会えるよ」

少しの間をおいてそう答えた桜は、笑って手を振り階段へ姿を消した。



銀時はくるりと方向を変えると、二人で歩いてきた道を一人で引き返し始めた。
すっかり陽の落ちた空を何気なく見上げると、そびえ立つターミナルが目の端に映り込む。

アイツが見上げた空にも、ずっとこれが見えていたのか。

軽く目を細めた銀時は、もう二度と会えないはずだった桜と何年も近くで暮らしてきたことに、改めて巡り合わせを噛みしめた。

時は流れ、瞬く間に時代は移り変わった。
俺達はこれからどう変わっていくのだろう。



 * * *


短い時間の中にあまりに大きな出来事があったせいか、桜は一人になった途端しばらく放心していた。
何も考えたくなかった。
ただ胸の熱さだけを感じていたかったから。
だが列車に揺られながら遠ざかるターミナルをぼんやり眺めるうち、少しずつ頭の中が動き出す。
 
銀時の住んでるところからは、きっとターミナルがよく見えるんだろうな。
聞きたいことはたくさんあったのに何も聞けなかった。
髪が短くなっただけじゃなく、顔も声もすっかり変わっていた。
そりゃそうか。少年が大人に変わるだけの年月が過ぎたのだから。
昔より口数が減った。
あ、それはあまりに久しぶりだったからかな。
だけど二人でいる時の空気みたいなのは、あの頃のまま。

頭の中は纏まらず、次々と銀時のことばかりが思い浮かんでくる。

故郷で銀時と過ごした時間よりも、その後の時間の方がはるかに長いのに。
あの頃のことはもう忘れて生きてきたはずなのに。
「また会えるか」なんて聞かれたら、ただ頷くしかなかった。

だんだん遠ざかり小さくなっていくターミナルに寂しさが溢れ出し、銀時のことばかり考えてしまっている。
忘れたわけでも乗り越えたわけでもなかった。
ただ気持ちに蓋をして、心の奥底に閉じ込めていただけだったのだと、今更気が付いてしまった。

もしこの気持ちが溢れ出してしまったら。
私はどうやって今を生きていけばいいんだろう?

答えはすぐに見つかりそうになかった。


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あきゅろす。
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