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By My Side
Daydream Believer 1

「ねぇ桜ちゃん。なんか最近白髪が増えてきちゃってさぁ。俺ももう年かねぇ?」
「うーん。髪の毛は個人差が激しいからね。それより最近大変なこととかなかった?」
「ああ! そうなのよ、桜ちゃん。聞いてくれる!?」



故郷を離れ、たった一人で生きていくことになった桜だったが、江戸の町には似たような境遇の若者が多く集まっていた。
人情の町とはよく言ったもので、誘惑も多いが真っ直ぐ生きていく気概さえあれば、必ず誰かが手を貸してくれた。

髪結いを目指して最初に入ったお店で修業を積んだ桜は、今は江戸の外れの田舎町で生計を立てている。
同じ店で一緒に働く彼とは、そろそろ結婚話も現実味を帯び、それなりに幸せな毎日を送っていた。

「白髪といやぁ、面白い奴の話聞いたよ」
「へぇ? どんな人なんですか?」
「かぶき町に万事屋ってのを生業にしてる白髪頭の侍がいるらしくてねぇ。これがバカ強くて面白い男って評判らしい」
「白髪になるような年なのに随分丈夫な人ですね」
「いやいや、若いんだって。まだ三十路もいってないんだと。髪の色にちなんでか知らねェが銀さんだか銀ちゃんだか、みんなそう呼んでるらしいや」
「……」

年は三十路手前、白髪頭の侍、あだ名が銀さん?
それって、もしかして…銀時のことじゃないの!?

客が話す人物に心当たりのある桜は、心臓が痛いほど脈打ち始めた。もうすっかり忘れていたはずの思い出が鮮やかに甦ってくる。動揺して小さなミスを繰り返す桜の様子に気付いた彼が呆れたように声をかけてきても、もう心ここにあらず。

どうしてもこの目で確かめたい。もし別人だったなら、最初から聞かなかった話と思えばいい。

じゃあ、もしも本当に銀時だったら…?

それは考えないことにして、桜はかぶき町へ行くことを決めた。



 * * *



心地良い秋の昼下がり。ソファーの上でうたた寝していた銀時は、ふと目を覚ました。

「ん……」

懐かしい夢を見ていたような気がする。
まだぼんやりとした頭で夢の詳細を思い出そうとしたその時。突然、玄関のガラス戸をノックする音が響いた。

「んー。誰、だ……?」

玄関に目を向けると、ガラス戸には眩しい秋晴れを背にした女の影が映っている。
のっそりと身体を起こして大きな欠伸を一つ。ようやく思考回路が目覚めた銀時は、久々の仕事の予感に慌てて玄関へと向かった。姿勢を整え咳払いをしてから、開き戸に手をかける。

「はいはーい。万事、屋……!?」

戸を開いた銀時は、扉の向こうに立っていた女を前に言葉を失った。

あれ!? これまだ夢か?
あー、さっき見た懐かしい夢の続きだな。

思わずそう錯覚するが、どうやら夢の続きではないし、寝ぼけているわけでもないらしい。
目の前の女をよく見ると、髪型も年格好も記憶の中の彼女とは違っている。

アイツがここにいるはずがねー。
そんなことは絶対ありえねー。

そう自分に言い聞かせる銀時の名を、確かに聞き覚えのある懐かしい声が呼んだ。

「銀、時…なの…?」
「桜!? なんでお前…」

もう二度と呼ぶことはないはずだった名を、再び二人は互いに呼び合った。それきり言葉が続かず、玄関の内と外でしばらく黙ったまま立ち尽くす。

「あっ、あの……」
「とにかく、入れよ」

先に沈黙を破ったのは桜だった。
用もなく桜がここに来るわけがない。そのことにようやく気が付いた銀時は、桜を家の中へ招き入れた。 


「ほい、どうぞ」
「ありがとう」

買い置きの菓子をテーブルに出した銀時は、自分も桜の斜め向かいに腰を下ろした。 
改めてそっと桜を観察してみる。女の着物のことなどよくわからないが、あまり見かけないその色合いはとてもよく似合っていて、髪は美しく纏め上げられていた。

初対面ならどれほど良かったか……。
あの頃だって充分綺麗だと思っていたが、前以上に垢抜けた今の桜を連れて歩けば、さぞ目立つだろうなんて、密かにそんなことを思う。

「久しぶりだな」

銀時の言葉に桜は微笑んで頷くと、早速万事屋を訪ねて来た経緯を話し始めた。

「私…、もうだいぶ前から江戸に出て来てて、まぁ何とか元気にやってたんだけど……たまたま噂でね、かぶき町の万事屋の話を耳にする機会があったんだ」
「何? 俺ってそんなに有名なわけ!?」
「うん。すごく頼りになる男だってね」
「オイオイやめてくれてよー。何か照れくさいじゃん。ヒーロー的な!? そんな感じで伝わっちゃってるわけ?」

銀時のおどけた口調に桜は大きな声で笑った。まるで二人の間に始めから何もなかったかのような明るい笑顔で。

桜の前から黙って姿を消したことで、これまでずっと微かな罪悪感を抱きながら生きてきた。思いがけない再会を果たした今も、桜にどう接すればいいのかわからず内心戸惑っている。

恋人同士だった頃のように接していいわけがない。かといって、初対面の依頼主相手のような態度では、あまりに他人行儀だろう。

未だ程よい距離感が掴めない銀時に対し桜の笑顔は、

「私達の間には、もう今は何もありません」

そう強調してるように思え、勝手だが胸がちくりと痛む。そんな銀時の気持ちを知ってか知らずか、桜は何気ない調子で話を続けた。

「それでね、よく聞いたら『銀髪の銀さん』だって言うの。まさか、とは思ったんだけど、もしかしたらって確かめたくって。こうして来ちゃったわけ」
「そっか」
「無事に生きていたんだね…」

少し震えた声が、銀時の胸に鋭く突き刺さる。

「ああ…」

銀時は喉の奥から掠れた声をかろうじて絞り出した。

いつの頃からか生きていることを当たり前のように受け止め、戦に出ていた頃など遠い昔のように感じていた銀時だったが、桜は自分が生きているのか、それとも、もうこの世にいないのかを、今の今まで確かめることすらできなかったのだ。
今更ながらそのことを思い知らされた銀時は、何て答えればいいのか言葉が見つからず黙り込んだ。

こんな日に限って外はやけに静かで、昼間とは思えないほどの静けさに包まれている。
居心地の悪さに堪らなくなった頃、桜の明るい声が沈黙を破った。

「ごめんね。突然こんな風にやって来て」
「いや、そんなことねーよ?」
「会えて良かった。元気な姿見られて、来て良かった」

そう言って笑うと、桜は湯のみに手を伸ばした。袖口から覗く細い手首に、微かに漂う色気を感じてしまい、銀時は思わず目を逸らした。
逸らした視線の先、お茶を飲む桜の唇に色づく薄い紅。海辺の少女らしく小麦色に灼けていた肌は、今では白く美しいものに変わっていて、部屋には桜が纏った香がほのかに漂っていることに今更気が付いた。それら全てが自分の知らない桜だ。
銀時の視線に気付いた桜は、湯のみ茶碗をテーブル戻して笑顔を見せた。

「どうかした?」
「ん? いや……変わったなと思って」
「綺麗になった? それともガッカリした?」
「ん、ああ……」
「痩せた? 太った? 老けた?」
「いや、そういうんじゃなくて……。つーかそういうとこは全然変わってねーのな」

いたずらっぽい笑顔で矢継ぎ早に投げかける桜に呆れた声を出すと、桜も笑った。つられて笑っているうち、遠い昔のことなど次第にもうどうでもいいように思えてきた銀時は、少し気分が楽になり近況を尋ねてみた。

「そういや、今はこっちで何やってんの?」
「髪結い処で働いてるの」
「へぇ」

意外な答えに銀時は素直に驚いた。

「いつまでもあそこにはいられなかったから」
「そうだった、な……」

桜は養女として団子屋に引き取られたわけではなかった。決して冷遇されていたわけではなかったが、仕事代わりに食事と雨露しのぐ宿を与えられていただけ。いつかは店を出て一人で生きていかなければならないのだと、当時桜から聞かされていたことを久しぶりに思い出した。

「いつ頃こっちに来たんだ?」
「江戸に出てきて何年になるんだろ? えーっと……」

桜は指折りながら年数を数えていく。
その曲げられた指の本数で、もう何年も同じ江戸で暮らしていたことを知った銀時は、驚きを隠せなかった。

「不思議なもんだな。ずっとこんな近くにいたなんてよ」
「本当に」

桜もしみじみした様子で頷いた。

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