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By My Side
Young days 10

 ※ ※ ※


いつも暇なこの時間帯。
箒を手にした桜は、通りの様子を窺おうと顔だけそっと外に出した。
店の前の掃き掃除は日課になっているが、今日は何となく気が引ける。
銀時が姿を見せる頃に店先に出ていると、銀時が来るのを待ちわびていたように思われそうだからだ。

外は眩しい日差しが照りつけ、地面の土はすっかり乾ききっている。
こんな所を履き掃除なんかしたって乾いた砂が舞い上がるだけ。
それよりも打ち水の方がよほどかいいってものだ。
カラカラに乾いた砂の上に落ちた水が、一瞬で吸い込まれていく様子を思い浮かべながら、桜は水を汲みに向かった。

桶に水を汲んで運ぶ途中、少し溢れた水が足元を濡らした瞬間。
一日中頭から離れないでいる昨夜の記憶がいっそう鮮やかになる。

波音と潮の匂い、足元を通り抜けた波の感触。
銀時の言葉、体温、手の平で触れた広い背中。
闇の中で感じた全てが、陽の下で甦ってくる。

また明日な。

別れ際に銀時はそう言ったけれど、どんな顔して銀時に会えばいいんだろう。
どんな顔して、どんな言葉をかければいいのかもわからないのに、早く会いたいと胸は高鳴っている。

毎日顔を見せてくれる銀時のことを、いつの間にか自分も心待ちにしていたのだと改めて気が付いた。
そして、好きだと言ってくれた銀時が毎日自分に会いに来てくれていたのだと思うと、じんわりと嬉しくなった。

桶を足元に置き、もう一度外の通りにそっと顔を出す。
すると、見慣れた銀時の姿を想像してたよりも近くに見つけ、思わず桜は顔を引っ込めた。

「オイオイなんだよ」

もう一度顔を出した時には、少し開いた銀時の胸元が目の前。
思わず固まってしまう桜の肩に、銀時はすれ違いざま、ぽんと触れた。

「お前、今隠れなかった?」
「そんなことないよ」
「そうかぁ? ま、いいけどさ、お前に会いに来てんだからな。良い感じに迎えてくれよ」
「良い感じ…?」

言いながら桜は頬が熱くなるのが自分でもわかった。

「ああ。恋人同士っぽい感じだよ。わかんだろ?」
「恋人?」

聞き返す桜に銀時は訝しげな視線を向けてくる。

「違うのかよ?」
「え? あー、違わないけど…」

歯切れの悪い言葉を選ぶ桜にそれ以上は何も言わず、銀時はいつものように長椅子に腰を下ろした。
つられて桜もいつものように、余っている団子とお茶を用意しに店の奥に戻る。

何だか意外だった。
きっと銀時は、昨夜のことなど何もなかったような態度を通すものだとばかり思っていた。
いつもどこか飄々としていて、とらえどころのない彼の口から、まさか「恋人」なんて言葉が出てくるとは。
思いもしなかった言葉に桜は少し混乱してしまう。

嬉しいような、でも少しくすぐったいような。
気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸してから、桜は銀時の元に向かった。

「お待たせ」
「ありがとな」

いつもと同じやり取り。だけど二人は昨日までとは違う。
とはいっても変わることにどんな意味があったのか、正直桜にはよくわからなかった。

素直に笑い合ったり憎まれ口を叩き合ったりできる銀時との関係を、とても居心地良く感じているのは確かだけれど。
似た者同士が傷を舐め合ってるだけとも言える二人の関係が、果たして恋人同士と呼べるものなのか。
まだ銀時自身もよくわかってないのではと、そんな気もする。

「水、撒いたら?」

ぼんやりと立ち尽くす桜に、団子を頬張りながら銀時が声をかけた。

「あ、そうだね」

銀時に言われて初めて入り口に置きっぱなしだった桶のことを思い出し、桜は乾いた砂を踏みしめ打ち水の用意を始めた。
店の外に運んだ桶を砂の上に下ろすと、バケツの中で揺れる水がキラキラと光っている。

柄杓で水面を叩き、泡だった輝きを掬い取って砂の上に撒いていく。
数日雨が降ってないので水はすぐに吸い取られてしまうが、繰り返してるうちに少し涼しくなった気がした。

「ずいぶん楽しそうだな」

ふと銀時が言った。

「うん。キラキラして綺麗だし、涼しくなったしね」
「俺ァお前のが綺麗だと思った」
「えっ!?」
「…とか言ってみたりしてな」

なんだ冗談か。

がっかりしたような、でも少しホッとしたような。
あまり惑わすようなことばかり言われると、どうしたらいいのかわからなくなる。

一緒にいるのに笑い合えないくらいなら、今まで通りの関係でも良かっただろうに。
きっと銀時は、誰かを好きになる気持ちを知っていたから、好きだとはっきり言えたのだろう。
でも桜はまだ、銀時といる時の優しい空気が好きなんだと、それだけしか自覚してなかった。

「ごちそうさん! 帰るわ」
「え? もう?」

皿を空にした銀時は、まだ口の中に団子を残したまま立ち上がった。
他に客もいない時は、いつも長椅子に居座るのに。
こんなふうにすぐに帰ってしまったことが今まであっただろうかと記憶を辿るが、桜は思い出せない。

なんで今日に限って、どうして?
思わず不満そうな声を上げる桜に、銀時は見たことのない複雑な表情を浮かべていた。

「ここに居てもゆっくりできねェだろ? 代わりにさ、今夜もまた会えねェか?」
「あー。別にいいけど」
「も少しここにいた方が良かったか?」

そう聞かれれば素直に頷くしかない。
もう少しここに居てほしいと思ったのは確かだ。

素直に頷いてはみたものの、何となく銀時に乗せられたようで少し悔しい気になる。
けれど銀時は、さっきの複雑で読めない表情のまま軽く笑った。

「良かった。お前も一緒にいたいって思ってくれてるんだな」

らしくない気弱な響きに胸がちくりと痛んだ桜は、頭の中で銀時の言葉を繰り返してみた。

お前も一緒にいたいって思ってくれてるんだな。

お前も。
ということは、銀時も私と一緒にいたいと思ってくれている。
良かったというのは、私が同じように思っていることに対してだろう。

好きだと言ってくれたのは銀時の方で、自分はまだ銀時に対してはっきりと意思表示していない。
「好きなんだと思う」とは言ったが、よく考えると、その場の雰囲気に流されただけのように聞こえなくもない。
そんな曖昧な態度じゃ駄目だ。

「あ、銀時…」
「また来るから。後でな」

桜は何とかこの場を繋ごうと声をかけたが、銀時はもう歩き出しながらいつものように片手を上げた。
いつもと同じ飄々とした後ろ姿が、何だか寂しげに映る。

本当に寂しいのは自分の方だ。

唐突にそう感じた。 


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あきゅろす。
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