By My Side
Adieu 1
圧倒的劣勢。戦局は銀時が想像していたよりも、遥かにずっと酷いものだった。目の前で仲間を失おうが、感傷に浸っている間などありはしない。
立ち止まるわけにはいかない。敵も味方もなくなってしまった屍の上を、踏み越え突き進む。
ただ生きるためだけに剣を振るう。
何と戦っているのか。
何故闘っているのか。
次第に目的が曖昧になってくる。
ポツリ、ポツリと降り出してきた雨が次第に激しさを増し、足を止めた銀時はふと辺りを見回してみた。
気付けば一面、地獄絵さながらの屍の山。敵はおろか生きた者の気配は全く感じられず、雨音だけがやけに耳についた。
俺が護ろうとしたものは一体何だった?
雨の中、空を仰いで自問する。
我が身を守ることだけでも精一杯の極限状態の中で、大切な仲間達を見殺しにしながら、自分はこうして生きている。戦いが続くほどに仲間を失っていく。
もうこれ以上、一体何を護るために振るう剣があるというのか。
国を護る?
そんな大層な理屈なんざどうだっていい。そんなことよりテメェは誰か一人でも死んでいく仲間を救えたか?
最後まで生き抜く?本当は死ぬのが怖かっただけじゃねーのか?
桜の泣き顔が頭を過ぎった。
お互いやっと見つけた居場所さえも護れずに此処へ来たというのに。桜を泣かせ、無意味に仲間を死なせ、大事に守っていたのはテメェの命のみだったなんてな。
結局俺ァ、何一つ護ることもできやしねェ。
銀時は自嘲じみた笑みを浮かべた。
止まない雨はまるで使命半ばで命果てた同士達を、洗い清めているかのようだった。
一層激しさを増す弔いの雨の中、銀時はいつまでも空を仰ぎ続ける。
涙を隠すために。
「銀時」
どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。名を呼ばれた銀時は我に返った。雨音に混じって、砂利を踏みしめる足音が近付いてくる。
「銀時、撤退だ。もう、これ以上は……」
「……ああ」
声で桂だとわかるので銀時は振り向かない。
桂もまた、雨に濡れた横顔を一目見ただけで銀時の涙に気付き、そっと足を止めた。
「風邪ひくぞ」
一言だけ言い残して立ち去ろうとする桂の後ろ姿を、銀時はふと何か思いついたように振り返った。
「……なぁ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」
「おめーは何を護るために戦う?」
歩みを止め振りかえった桂は、ほんの一瞬だけ怪訝な表情を見せた。
「己の志だ」
放たれた答えは、当然だとばかりに簡潔なものだった。茫然とした様を見せる銀時は、またその場から動けなくなる。
最初に剣を取ったのは国を護るためだったか?
いや、違う。大切な人を奪った奴らに対し剣を抜くことは、自分の中で当然のこと。ただそれだけだった。
確かに最初は死すら恐れず臨んだ戦いだったはずだ。だが実際は、眼前に迫り来る刃を前に、何とか生き延びようと必死に剣を奮う自分がいた。
己の志とは何か。
再び自問する。
国を護るという大義の下、仲間が傷つき死んでいくこと、それはどうしても受け入れ難かった。
目の前で命果てていく仲間達に何もしてやれないという無力感は、志どころか己の魂までをも痛めつける。
もう限界だった。
これからは俺なりのやり方で、目の前の大切なもんを護っていこう。命を護るために戦おう。
こんな負け戦で命を落とすなんざ、まっぴらごめんだ。俺にもできることがきっとあるはずだ。
いつの間にか雨は止み、流れる雲間から空色が顔を出している。
枯れ木のようだった枝には蕾が膨らみ、春が近い事を知らせていた。
あの蕾が一斉に花開く頃、桜はまた一つ年を重ね大人に近付く。
ごめんな、桜。今の俺は何一つ護ることもできやしねェ。
「私は銀時がいるだけで……」
「独りに、しないで」
桜の言葉を思い出した銀時は、胸の痛みに顔を歪めた。
生きて帰るなんて約束をしなくて良かったと、心からそう思った。
笑って、喧嘩して、また笑って。まるで兄妹のようだった頃。
夜に抜け出して走り回った夏の海。
壊してしまいそうで、恐る恐る触れた身体。
次々と桜との思い出が甦る。
どこまでが冗談で、どこからか本気かわからないような、掴みどころがないところ。
割と無表情で淡々とした語り口。
弱みを見せず意地を張るところ。
強くて優しくて、可愛くて、そんな桜が全部好きだった。
もう二度と会わないけれど、この空の下のどこかで、ずっと幸せを祈り続けるから。
「今までずっとありがとうな」
程なくして攘夷戦争は終結し、銀時は姿を消した。
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