By My Side
Young days 5
※ ※ ※
通い慣れた一本通りは、夜になると所々に立つ街灯が真下をぼんやり照らし出すだけ。
それでも闇に慣れた銀時の目には、前方に立っている影がはっきりと映し出されている。
砂を蹴る足音が静かな分だけ昼間よりも大きく聞こえ、そこにいる誰かの耳にもきっと届いているはず。
小さく動く人影、あれは桜に違いないとわかった。
時間も場所も約束なんかしなくても、ここに来れば必ず待ってくれているに違いない。
漠然と感じていたそんな予感が、ちゃんと桜に伝わっていたこと。
それが嬉しくて、自然と歩く速度が速くなる。
着ている物の柄までがわかる距離まで近付いてから、やっと銀時は声をかけた。
「よォ。待ったか?」
「ううん。出てきたところ」
「じゃ、行くか」
手を伸ばせば届く程度の距離を空け、桜より少し先を歩き始めた。
夜の景色の中にいる桜は、見慣れたいつもの桜とは違う気がする。
こんなに暗いというのに、髪も肌も瞳も何故だか際立って見えた。
「怖くねェか?」
「この辺は大丈夫だけど…、浜に出るまでがね…」
「お前昼間もそんなこと言ってたけどよ、まさか何か出るとか出ねーとか、そういう話じゃねーだろうな!?」
「え? 銀時、怖いの? もしかして幽霊が怖いとか!?」
桜は笑いをこらえながら、銀時の袖を掴み絡んでくる。
「おい、馬鹿! 口にすんじゃねーよ! 呼ばれて出てくんだろーが!!」
桜が口にした不吉な四文字に銀時がムキになって反応すると、桜はこらえきれず夜だというのに大声で笑い出した。
「なんか意外。男のくせに幽霊が怖……」
「だーかーらーっ!! 口にすんじゃねーって!!」
慌てて銀時は桜の口を手のひらで塞いだ。
何か言い返しながら笑って身を捩っていた桜がふと大人しくなり、我に返った銀時は塞いだ手のひらを下ろした。
腕の中に桜を抱き込んだままだが、慌てて突き放すほど幼くない銀時は逡巡する。
時が止まったのは、ほんの数秒。
腕の中の桜が手を伸ばし、銀時のほっぺたをほんの軽く抓った。
「銀時の怖がり」
呆気にとられる銀時の腕からそっと抜け出すと、いたずらっぽく笑った。
「お前、ほんっと生意気」
「何よそれ」
二人は相変わらずの軽口を叩きながら、再び浜へ向かって歩き出した。
「生意気だろ。どう考えても」
「しっかりしてるって言ってくれない?」
「あー、そうだな。よく働くしっかり者の生意気な女だ」
「あっそ」
本当、生意気な女だ。
年上の俺を翻弄してばかりで、とても敵いそうにもない。
「あー。もうどうでもいいわ」
「そっちから絡んだくせに」
「いいんだよ。んなことより、早く行こうぜ」
「あ、ちょっと待って」
ちょうど通りから脇道への入り口で立ち止まった桜は、袂から電灯を取り出した。
脇道は松林になっていて、そこを通らないと砂浜に出られないことは銀時も知っている。
通りには街灯があるが脇道の先は完全な闇。
灯りがなければとても歩けそうになく、前もって桜が話してくれた意味がわかった。
「いいもん持ってきてくれたんだな。ありがとな」
「いいえ、どういたしまして」
灯りが点いて一歩先が照らし出される。
道幅がわかるようにゆっくり光を左右に動かしながら、桜は空いた片手で袖ではなく銀時の手首を掴んだ。
ふいに感じた桜の指の感触に、急に手のひらが汗ばみだす。
動揺を悟られぬよう何か口にしようと思ったが、本当は桜も怖いのかもしれないから、余計な事は言わないことにした。
足元が悪くなるに連れ、辺りは暗いどころの話じゃなくなってくる。
下手に灯りがあるせいで闇に目が慣れないのかもしれないが、灯りがなければ一歩も先に進めない。
いつの間にか桜は手首でなく腕にしがみついていた。
「洒落になんねェな。コレ」
「だから言ったでしょ?」
「ああ。確かに真っ黒だ」
うっかり身体が離れてしまったら闇に飲み込まれ、二度と触れ合うことができないような、そんな錯覚に恐怖する。
きっと桜も同じだろう。
桜を安心させようと、何の下心もなく肩を抱こうと腕を一旦解きかけると、桜は驚いた声を上げた。
「大丈夫大丈夫」
絶対に離さないように。
銀時はしっかりと桜の肩を抱いた。
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