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By My Side
Young days 3

「あれ? 連れの人はもう帰ったの?」
「何言ってんだ。ったく、客ほっぽらかして何さぼってんだよ」
「さぼってなんかないよ。ちょっと中でやることあったの」

再び店内に現れた桜は特に変わった様子もなく、長椅子に置かれたままの皿を引き取りにやって来た。
桜がこちらに近付くにつれ、銀時は桂が残していった言葉に捕われて落ち着かなくなる。

さっきの言葉!?
桜といると楽だなんて、んなこと本人前にして言えるか?
ちょっとした告白になっちまうだろうが。

少し不自然に視線を逸らす銀時の前で立ち止まり皿を手に取った桜は、銀時の視界に写り込むように顔を覗き込んだ。

「銀時はまだお団子飽きてない?」
「へ?」

言ってる意味がわからず顔を向けると、想像以上に近い距離で桜と目が合った。
思わず息を飲んで動揺を抑えたはいいが、銀時は自分一人が翻弄されているように思えて、次第に腹立たしくなってくる。

「飽きねェよ。お前、ついこないだも同じこと聞いたばかりだろーが」

乱暴な返事を気にする風でもなく、桜は顔の前で人差し指を立てた。

「じゃあ、もう一本どう? 私もちょっと休憩しようかなって思ったから」
「あー、そういうことな」
「新しいの持ってくるから待っててね」

銀時は店内に戻る後ろ姿に向かって大きく溜息を吐いた。

少し喋り過ぎたせいだ。
だからヅラもいらぬ気を回してあんなこと言ったんだろう。

余計な事は考えない方がいい。
こんなんじゃ桜といても気が楽どころか、疲れて身が持たなくなっちまう。

もう一度大きく深呼吸してみると、ちょうど桜が暖簾をくぐって外に出て来るところ。
目が合うと桜は、団子の乗った皿を見せつけるような仕草でニヤリと笑った。
その表情に思わず笑みが溢れ、一気に肩の力が抜けて気分が楽になる。

「お待たせ」

桜は長椅子に皿を置くと、さっき桂が座っていた隣に腰を下ろした。
いや、桂が座った場所より少しだけ俺に近い。
どうでもいいようなことを気にしている自分に、自分でも呆れてしまう。

「いただきまーす。あ、銀時もどうぞ」
「おー。ありがとな」

食べ飽きたとこぼしていた団子を頬張る桜の横顔からは、何の心境も窺えない。
当然だ。たかが団子を口にするだけのことに、何の意味があるというのか。
単に腹が減った以外に他ないのだから。

余計な事は考えないつもりが、また考えてしまう。
どうしたって桜に翻弄されてしまう。
それでも桜と一緒にいると救われる瞬間は確実にあり、今もこうして離れられないでいた。

「どうしたの?」

突然隣で小さく舌打ちしたかと思えば、今度は溜息を漏らす銀時に、桜は少し驚いてるようだった。

「どしたの、食べないの? なら私がもらっちゃうよ?」
「何もねェよ。俺の分まで食べようとすんじゃねェって。ますます団子みてェな顔になるからやめとけって」
「ちょっと! 団子って何!? 団子みたいに丸いとかそういう意味?」
「なんだ、わかってんじゃねェか。…って、痛ッ!!」

軽く小突かれたのを大袈裟に痛がってみせると、桜は呆れ顔で笑ってくれた。
店先でふざけ合う二人を生温い潮風が撫でていく。
未だに慣れない潮の香りに、銀時は反射的に鼻を鳴らした。

「あー、磯くせェな」
「そうだね」

桜は特に気にする風もない。
決して良い匂いというわけではないのに何故か心地良いこの潮の香りを、銀時はこの町に来て初めて知った。

「風が吹くと海が近ェんだなって実感するな」
「そんなもんなの? 私はもう慣れちゃってるから何とも思わないけど」
「俺はまだ物珍しいことばっかだからな、この町は。遊びに来てるわけじゃねェけどよ、見てみてェもんもまたまだいっぱいだ」
「こんなとこ何にもないよ?」
「んなこたねェよ。海もさ、夜はどんなのか気になるし」
「真っ黒」

桜はたった一言で返した。

「真っ暗じゃなくて? 真っ黒かよ」
「うん。夜の海なんか誰も行かないって。怖いもん」
「そんなもんなのか」

知識では何となくロマンチックなものだと感じていた夜の海も、地元民からすればただの闇でしかない。
別に桜を誘ったつもりではなかったが、あまりの無反応に銀時は少しがっかりした。

団子を食べ終えた桜が休憩を終えたら、今日はもう帰ろう。
そう心の中で決めても、少しでもこうして桜の横にいられるよう願ってしまう。 
そもそも、いつまでこの町にいられるかもわからないというのに。
きっと、この潮風に慣れるほど吹かれることもないはずだ。

この町にいられる間に、どれだけ桜と解かり合えるだろうか。
今の状況では、それも難しい気がした。

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あきゅろす。
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