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By My Side
Young days 2

 ※ ※ ※


足音に気付いて顔を上げた桜は、いつものように呆れ顔で「また来た」と言いかけて、慌てて口を噤んだ。
銀時の後ろにもう一人、客がいることに気付いたからだ。

「よォ」
「いらっしゃいませ!」

桜の笑顔は銀時を素通りして、連れ立って来た桂に向けられていた。

「何だ、その態度。俺ん時と全然違うじゃねェか」
「ちゃんとしたお客様だから」
「俺だってちゃんと買う時もあんだろーが。って、聞いてんのかコノヤロー」
「聞いてなーい。そんなのほとんどないもん」

銀時を軽く否した桜は、もう早速桂の注文を受けている。
小さく舌打ちした銀時は、店先の長椅子に乱暴に腰を下ろした。
長髪を一つ纏めにした桂の後ろ姿の向こうに、桜の姿が隠れて見えなくなる。
時折チラチラと見え隠れする桜をぼんやりと眺めていると、ふと桂の陰から顔を出した桜と目が合った。
次の瞬間桜は、ヤンチャ坊主のように戯けた表情をこちらに向けてくる。

馬鹿か、アイツは。

色気も何もあったもんじゃねェな。
こっちは団子目当てでここに来てるのか、桜が目当てなのか、もう今ではわからなくなっちまってるのに。

「どうした? 顔が緩んでいるぞ?」

一人で苦笑していると、いつのまにかやって来た桂が隣に腰を下ろした。

「別に。ちょいと思い出し笑いだ」

頬を擦りながら反対側に顔を向ける。
桂が鼻で笑った気配がしたが、聞こえなかったことにしておいた。

「珍しいな」
「何が?」
「随分気を許してるように見える」
「俺がか?」
「お前もだし、向こうもそうではないか?」
「さぁ?」

桜がどう思っているのかは知らないが、こっちが桜に気を許しているのは紛れもない事実。
それは認める。

寺子屋時代から一緒に肩を並べ、今もなお背中を預けて戦う桂や高杉は別にしても、他は誰といても落ち着ける場所などなかったこれまでの人生。
それなのに出会って間もない桜に気を許せたのは己の卑屈さ故だった。
桜は自分なんかよりもっと強いのに、勝手に同志のように思いこんでしまったからだ。

「兄妹のように見えるが」
「兄妹!?」「兄妹!?」

桂の言葉に即座に反応したのは銀時だけではなかった。

「やだ。私、こんな兄さんいらない!」 

二人分の団子とお茶を載せた盆を手にやって来た桜が続ける。

「ハァ!? 俺だってお前みたいに生意気な妹は勘弁だっつーの!」
「何言ってんの? 妹ってのは生意気で、それでいて可愛いもんだからね!?」
「イヤ、お前は生意気なだけで、おまけに可愛くもねェから」

いつもの言い合いが始まると隣で桂が笑った。
それに気付いた桜は、二人の間に団子が載せられた皿と湯呑みをそっと置くと、悪戯っぽい笑顔を銀時に残して店に戻って行った。

「ったくよォ…」
「兄妹喧嘩じゃないか」
「ちげーよ」
「ならば痴話喧嘩か?」
「んなわけねェだろ!」

思わず腰を浮かせたが、桂の冷静な表情に我に返る。

「素直に認めればいいものを。まったく…見てるこっちが恥ずかしい」

何も言い返せる気がしない銀時は、大きく息を吐くと気を取り直して団子を口に入れた。
これではもう認めてしまったようなものだ。


『お前がそんなに通い詰めるほど美味い団子ならば、俺も一度食してみたいものだな』


そう言った桂を連れて桜に会いにやってきた時から。
いや、最初に桂がそう言った時から。
彼には全てお見通しだったのだろうが。

銀時は黙って団子を頬張るしかない。
ふと店内に目を向けると、桜は仕事があるのか店の奥へと姿を消した。

「美味いな」
「団子か?」
「ああ。お前がハマるのもわかる。飽きない味だ」
「そうだろ?」
「ああ」

銀時は満足げな表情で残り一本の団子を口に入れた。 
団子が無事喉を通り抜けるまでの間、桂は口を開くタイミングを慎重に量る。
今、迂闊に桜のことを話題にすれば、慌てた銀時が団子を喉に詰めてしまうかもしれないからだ。
のらりくらり、飄々とした体を装っている銀時だが、実際はかなりの照れ屋だということを桂は知っている。
お茶を飲み終えた銀時が湯のみを置いたのをきっかけに、ようやく桂が切り出そうした一瞬先に、銀時がぽつりと呟いた。

「アイツは飽きてんだってよ」
「何に?」
「団子に」

誰から聞いたかは忘れたが、桜が幼い頃にこの団子屋に引き取られたという事は桂も知っている。
そりゃこれまで飽きるほど団子を口にしてきただろうから、飽きるのも当然かもしれない。
桂は納得したように黙って頷いてみせた。

「余った分はアイツが食っていいらしいんだが、飽きたからいらないっつって俺に分けてくれんだよ」
「へぇ。それで毎日毎日通い詰めていたんだな」

未だに桂でも完全に読み切ることができない、微妙な表情を浮かべた銀時は、店内に目を向けた。
さっき店の奥に消えた桜は、まだ戻ってきていない。

「もっとうめェもん食ってみてーって愚痴ってたけどよ、言い方が全然卑屈じゃねーんだ」
「そうか」 
「楽なんだよなァ、アイツといると。ま、ただの傷の舐め合いかも知れねェが」

お前が楽に思えるのなら、別に傷の舐め合いでも何でもいいじゃないか。

桂はそう思うが、銀時の口ぶりは傷の舐め合いだとは内心認めたくないように聞こえる。

本当のところは本人が一番よくわかっているはずだ。
だが銀時らしくもないというべきか、何となく背中を押して欲しそうな、そんな気がした。
きっと銀時は否定するだろうが。


「さ、俺はそろそろ行くする」
「帰んのか? じゃ、俺もそろそろ行くか…って、桜はどこ隠れてんだよ。客ほっぽらかして」

立ち上がる桂につられて一旦腰を浮かせた銀時は、中腰のまま店内を覗き込んでいる。
その中途半端な体勢に、すんなりと帰り難い気持ちが表れているように思えた。

「黙って帰るのも何だし…お前はまだ残るだろ? 彼女によろしく伝えておいてくれ」
「あー…」 
「じゃあな」

無言のまま銀時は再び長椅子に腰を下ろし、桂は数歩進んだところで足を止めた。

「銀時」

桂は背中を向けたまま銀時を呼んだ。
 
「何だ?」

まったく、俺らしくもない。
桂は小さく溜息を漏らす。
 
「傷の舐め合い、そんなんじゃないのだろ? 言えばいいじゃないか。俺に言ったさっきの言葉、そのまま全部」

銀時は即座に何も言い返してはこなかった。
背中を向けているので見えないが、少々面食らっているような気配がする。
振り返っては駄目だ。
きっとヤツは今の顔を俺には見せたくないはずだから。
漠然とそう感じた桂は、再び歩を進めていく。


さっきから周囲は不思議と静かで、人通りも少ない。
通りをまっすぐに、季節の匂いが混じった生温い潮風が吹き抜けていく。 

ちょうどお誂え向きのいい空気だ。 
早く桜にだけ、その顔を見せてやれ。

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あきゅろす。
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