By My Side
Unravel 1
目まぐるしく変わる町の景色を通り過ぎると、車窓の景色はのどかな田園風景へと変わった。
普段あまり乗ることのない列車に揺られる二人は、季節外れの海へと向かっていた。
クリスマスの夜以来しばらく桜からの連絡が途絶え、本当なら正月休みに出かける予定だった約束は一ヶ月も延びてしまった。
久しぶりに会ったというのに会話は弾まず、二人の間には気まずい空気が流れている。桜は浮かない顔で窓の外をただ眺めていて、 窓の外の変わらない景色に飽きた銀時は、揺れに身を任せ目を閉じた。
「お前が桜の幸せを壊してるのかもしれないな」
桂の言葉が頭に思い浮かぶ。
桜は後悔してると言っていたし、桂の言葉は間違いではない。なのに、どうしても桜を離したくない。
この執着心といったら一体何なんだろう。桜を苦しませていることもわかっているのに。
「ねぇ、銀時?」
「んあ?」
いつの間にうとうとしていたのだろうか。 桜の声で目が覚めた銀時は顔を上げた。
「そろそろお腹空かない?」
桜が膝の上で開いた風呂敷の中身は、用意してくれていたお握りだった。
手荷物が多いなとは思っていたが、今日の約束を少しは楽しみにしてくれていたのだろう。手渡されたお握りを受け取りながらそんな風に考えると、内心嬉しかった。
「うめェな」
「ありがとう」
早速頬張る銀時に桜がやっと笑顔を見せた。
「食わねーの?」
「食べるよ」
桜もお握りに手をつけようとした途端。
突然銀時が、「おっ!」と声を上げた。驚いた桜が顔を上げ、銀時の視線を追った窓の外に、一瞬海が見えた気がした。
「もうすぐだ」
「うん」
松林に見え隠れしていた海岸が次第にしっかり姿を現した頃、到着を知らせる案内が車内に響いた。
* * *
長く続く海岸線、背後に松林。
故郷から遠く離れたこの場所が、懐かしい風景とあまりにそっくりなので桜は驚いた。
二人の他に全く人影はない。荒れ狂う冬の海は、あの日と同じように悲しい音で鳴り響いている。
砂浜は湿って足元が悪かったので、銀時は自然に手を差し出した。手を繋ぎ歩くのは別れた日以来だ。
再会してから並んで歩く時は、いつも二人の間に距離があったから。
私、一体何をやってるんだろ。
江戸へ出てきて以来一度も見ることのなかった海を前に、桜は自分が情けなく思えた。
繋いだ手が離れ、独りになり。いつまでも思い出に縛られたままでは生きていけないと、そう覚悟して上京してきた。全部忘れて生きてきたはずだったのに。
江戸での生活にも慣れ職を手にし、世間より少し遅れたが現実的になっていた結婚。適齢期を過ぎた桜にとって申し分ない相手。やっと家族ができるという期待感。
全てが順調だったのだ。客との何気ない会話の中で、銀時の手掛かりを耳にするまでは。
もしも、本当に銀時が生きていたら?
何度も悩んだけれど、もう過ぎたことだと割り切れるはずだったのに。
銀時は生きている。そんな望みに賭けたこと自体が、本当はまだ何も終わってなかった証で、それに気付いた時にはもう遅かった。
砂浜に腰を下ろした銀時は、襟巻き外して砂の上に広げると、「座れ」とトントンと叩いてみせた。
「いいの?」
「いいから座れって」
「ありがとう」
桜が遠慮がちに腰を下ろすと、
「全く同じだな」
銀時はポツリと呟いた。
何が同じなのかは聞かなくてもわかる。何もかもがあの日と同じ景色なのだから。
こうしていればあの日に戻ってやり直せるとでも思い、銀時はこの場所に誘ったのだろうか。
それとも。
あの日と同じように、これで最後にするつもりなのか。
どちらにせよ銀時が決めればいい。
桜は遠く海の向こう側を見つめ、目を細めた。
「あれから、どうしてたんだよ?」
何気ない調子で口を開いた銀時は、目についた大きめの貝殻を摘み上げた。
しばらく眺めた後、今度は手のひらの上で転がし玩び始める。
「…忙しくしてたよ」
「そうじゃなくて…。何か変化はねーのかって聞いてんの」
「どうだろ?」
先に銀時の答えを聞くまでは、何も言うつもりはない桜は、首を捻って考えるふりをする。
「こないだお前、聞いただろ? 俺達は何なんだ、俺にとってお前は何なんだって」
手にした貝殻を飽きたように投げ捨て、銀時は続けた。
「何もねーよ。そうだろ? 今の俺達は」
捨てられた貝殻は砂の上を転がりもしない。
何故だか桜は捨てられた貝殻から目が離せなくなった。
「けどよ、俺にとってお前は…離したくねェ大切な女なんだよ」
「意味がわかんない」
桜は不愉快そうに首を振った。
「自分でも訳わかんねェけど、もう、離したくねーんだよ、お前のこと」
銀時はクリスマスの夜と同じ言葉を再び口にしただけだった。
あの夜、銀時が背中につけた身勝手な執着の印。そのせいで全ては明るみに出てしまったのに。
逆に言えば、彼はそれまで何も気付いてなかったともいえるが。
それでも、全てを失っても、銀時が側にいてくれるなら。そんな淡い期待も少しはあったが、離したくないからどうだというんだろう。そんな言葉しか言えない銀時のために、手に入れた全てを捨てたのだと思うと、涙も出なかった。
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