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By My Side
Wingless Bird 3

もうすることもなくなり一人で早めの床についた銀時は、腕を枕にして、ぼんやりと天井を見上げていた。
事が済むなりさっさと風呂場に消えた桜は、出てきてからはろくに口を利こうともしなかった。黙々とテーブルの上を片付けていて、居たたまれない空気に銀時はさっさと和室に逃げ込んでしまったのだ。

とっくに片付けが終わった今も桜は、居間にこもったまま顔を見せない。
もう電車もなくなり帰ることもできなくなった桜は、今夜初めて泊まっていくことになる。

「おい、桜」

いくら待ってもやってこない桜にしびれを切らした銀時は、襖の向こうに声をかけた。少しして和室の襖がそっと開かれ、無表情の桜が覗き込んだ。

「…何?」
「入れよ」

桜は無表情のままゆっくり歩み寄ると、遠慮がちな様子で枕元に膝をついた。

もう最後になるかもしれない。
それならずっと聞きたかったことを、とっくに気付いていたが桜の口から聞きたいと、とうとう銀時は核心を口に出した。

「お前、本当は……男いるだろ?」
「それは……」
「気付かないわけねーから」

責めるような口調ではなく優しさを含んだ声色で、言い淀む桜に言葉をかけてやる。
しばらく黙っていた桜は小さく息を吐き、天井を見上げる銀時に語り始めた。

「私ね……初めてここに来るまで、話に聞いた『万事屋銀さん』が私の知ってる銀時じゃなきゃいいのにって思ってた。もし本当に銀時だったらきっと迷ってしまうって分かってたから。ここに銀時がいなかったら……もう全部忘れてお嫁に行こうとも思った」
「……」
「でもどうしても確かめたくてここへ来たの」

銀時は表情ひとつ変えずに黙って聞いている。

「本当に銀時に会って、やっぱり止められなくなった。でも彼と……別れる勇気もなかった。後で後悔したくないってずっと迷ってて」
「そんで? どちらにしようかなって? 俺とそいつを選んでたってわけかい。いい身分だな、オイ」
「自分はそんなこと言えた立場なの!?」

ずっと黙っていた銀時が桜の言葉を遮り煽るような言葉を吐くと、桜は不愉快そうに即座に言い返した。

「さっき銀時言ったよね!? 抱きたいから抱く、ただそれだけって。恋人でも何でもない、ただそれだけの人にそんなこと言われる筋合いはないはずだけど?」

恋人でも何でもない。
桜のその一言が、銀時の胸に突き刺さる。

「んなわけねェだろ……」

銀時は桜の手首を捕まえると、呆れたような声と溜息を同時に放った。

「……そういう意味じゃねーよ」

さっきまでずっと天井を見つめたままだった瞳が、桜を下から捉える。相変わらずの無表情だが、その瞳にはたくさんの色が浮かんでいる。

「離して」
「お前が黙れば離してやるよ」

桜は素直に黙り、銀時も約束通りすんなり手首を離した。

「もう止めようや。俺も言い過ぎた。ごめんな」

少し冷静に戻った銀時が優しい声で語りかけるが、納得いかない様子の桜はしつこく絡んでくる。

「ねぇ、私達って一体何なの? 銀時にとって私は何?」
「何だろうな」

銀時は曖昧な言葉を口にしながら掛け布団を捲り、桜に横になるよう促した。

「離したくねェんだよ。お前のこと」

答えになっていない返事に表情を曇らせた桜は、わざとらしい溜息をつくと背を向けたまま布団に潜り込んだ。

「なぁ」
「……」
「もう寝たのかよ?」
「……」
「今度の正月休み、どっか行かねェか?」
「どっかってどこへ?」
「なんだ、起きてんじゃねーか。返事しろよ」

背中を向ける桜の髪を優しく撫でながら話し掛ける。

「海なんかどうだ?」
「海って季節じゃないでしょ? 何しに行くの?」

突然季節外れの海に誘う銀時の真意が桜にはわからない。
 
「別に何もねーけど、久しぶりに海が見たくなった。ただそんだけだ」

桜はますます意味がわからず、返事に困る。

出会った頃に戻れるわけはない。
別れた日に戻れるわけもない。

「どうするよ?」
「……」

だけど何かが変わるかもしれない。



明かりが消された暗がりの中、規則正しい銀時の寝息が聞こえてくる。
何かが動き出す、そんな予感になかなか眠れない桜はらぼんやりと天井を眺め続けた。

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