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By My Side
The Point Of No Return 1

再会から三週間後。約束の場所に現れるなり桜は、両手を合わせて江戸の町を案内してほしいと言い出した。

「観光ガイド!? …お前一体何年こっちに住んでんの」

面倒くさそうに言い放つ銀時にもめげず、桜は両手を合わせたまま上目使いで迫ってくる。

昔から弱いんだよな……。こいつのこの表情。

わざと気怠げな体を装い首を鳴らした銀時は、右眉を少しだけ上げて桜を見下ろした。

「おい、そりゃ仕事かプライベート、どっちのお願いだ?」
「もちろんプライベート!」

銀時は大袈裟に溜息をついてみせる。人混みの中を歩き回るのは勘弁と乗り気でないが、桜の頼みを断れるはずもない。

「……わかったわかった」

結局桜に押し切られる形で、江戸の町をあちこち歩き回るはめとなった。

銀時からすればさほど珍しくないような場所でも桜は興味津々といった様子で、この間とは打って変わって饒舌で、最初は少し面倒だったはずの銀時も思いの外楽しんでいて、自然とつられて口数が増えていく。
何年も会ってなかったというのに、笑って過ごすうちにいつの間にかあの頃と同じ空気が流れ出し、二人の姿は傍目には恋人同士にしか見えなかった。

「ちょっと何か飲んでいこうぜ。俺、疲れたわ」
「じゃあ、甘い物でも食べようよ」
「そんじゃ、あそこ入るか?」

ちょうど近くに見える甘味処を指差した銀時は、さっさと店に向かい歩き出した。

「あ、ちょっと待って……」

銀時は昔からそう。何でも勝手に決めちゃうんだから。

先を進む後ろ姿に向かって、桜は小さくぼやいてみせた。

無造作に下ろされた腕と大きな手。あの頃と変わらない立ち姿。少し先を歩く背中は、振り返りもしないのに付かず離れず一定の距離を保つ。
着崩した白い着流しに重なるように、あの頃よく着ていた草色の背中が浮かび上がった気がした。


「おっせーな。何よそ見ばっかしてんだ、オイ」
「ほら! いいから掴まれって」



いつも時折振り返っては立ち止まり、手を差し出してくれたっけ?

不意に胸が締めつけられた桜は思い直すように小さく首を振り、早足で銀時の後を追いかけた。



「甘党なのは変わってないね」

席につくなりメニューを広げ、あれやこれやと悩む銀時に桜は言った。

「変わる必要はねーから。糖分は俺を構成してる主成分だから」
「坂田銀時の90%は糖分でてきています」
「そうそう。……って残りの10%は何だ?」
「知らない。何だろ? 白髪? 天パ?」
「俺は毛と糖分しかねーのか!? 」

素で言ってるのか冗談のつもりかもわからない桜に脱力した銀時は、気を取り直して
メニューを選び出した。

「もうめんどくせェから両方いっとくかな」

そう呟き店員を呼ぶ。
注文を済ませた銀時は、やっと一息つきテーブルの下で足を組み替え桜と向き合った。

「楽しめたか?」
「うん」
「なら良かったわ。にしても、せっかく江戸に住んでんのに何処へも行ってねーのな?」
「こっちに来て最初の何年かは本当に必死だったから。それに同じ江戸っていっても本当端っこ、都会からはだいぶ離れたところに住んでるからなかなか機会がね……」
「そっか……」

まるで初めて田舎から遊びに来た娘のようにはしゃいでいたので、気軽な気持ちで聞いただけだったが、水の入ったコップを玩ぶ桜の瞳は、少し沈んで見えた。
身寄りのない桜がたった一人で田舎を出て生活すること、それがどれほどに大変なものだったか。自分に置き換えてみればわかりそうなもんなのに、何もわかっちゃいない自分を思い知らされる。

いや違うか。そもそも俺が知ってるのはあの頃の、たった三年分の桜だけだ。

頼んだケーキがやって来ると、早速桜は目を輝かせ食べ始め、先程までと何ら変わらない様子で話し掛けてくれる。一方、少しも甘く感じない二つのケーキを押し込むように口に入れた銀時は、桜の話も上の空だった。




店を後にした二人は、次の行き先を決めかね道の真ん中に立ち止まった。日没にはまだ少し早いものの、大方の名所は既に回っている。

「これからどうするよ?」
「うん……。時間はまだあるけどね」
「海なんかどうだ? わりと近いけど行ってみっか?」
「海はやめておく」

桜は苦笑いを浮かべて首を横に振った。
 
海なんか行ったらきっと銀時を責めてしまう。過ぎた話なんて強がったくせに、「どうして私を捨てていったの?」なんて、きっと責めてしまう。そうしたらもう銀時と会えなくなってしまうから。

「んじゃー、もう帰るか」
「もう少しだけ、一緒にいてくれる?」

桜はパッと顔を上げて言った。

「ん、ああ……」

本当はまだ帰る気などなく、ただ言ってみただけだった。なので銀時は意味深にもとれる桜の言葉に戸惑ってしまう。

なんか変なムードじゃね?これ。このままなだれ込んじまいそうなんだけど…。

銀時は年甲斐もなく動揺し、耳たぶを指で触りながらわざと瞳を逸らしてみるが。桜の小さな声に瞳が再び引き戻された。

「もう少し一緒いたいの……」
「じゃあ、ちょっと……休んでくか?」

照れ隠しにしてはあまりに陳腐な台詞だった。

「……」
「嘘嘘、ごめん。冗談……」

慌てて冗談でごまかそうとする銀時の袖を掴んで、桜は小さく頷いた。もう若くもなく既に互いを知ってる二人は、迷う必要もないように思えた。
後は自然な流れだった。

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