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By My Side
The Point Of No Return 2

「休んでくか?」

ありきたりで陳腐な誘い文句のおかけで、二人は余計な誤解が生まれることもなく、大きなベッドに占領された部屋、つまりはラブホテルにいた。
銀時は先にシャワーを浴びベッドに寝転がっているのだが、ガラス越しに聞こえてくるシャワーの音に、何故だか現実味のなさを強く感じている。
こうなることを心の片隅で小さく望んでいたのは確か。だがこんな簡単に話が運んだのは、全くの予想外だといっていい。

あんな陳腐な誘い文句、引いてくれたって良さそうなもんだろ。そうすりゃ冗談にしてごまかすこともできたのによ。

俺達はお互い知らない二人じゃない。はっきり言ってしまえば、何度もヤッたんたから今更いいじゃんと、再会した時から心の奥で微かに思っていたことも嘘じゃない。 
きっとアイツもそうなんだろう。あれから何年も経っている桜に少女性を求めること自体、そもそも無理があるのは百も承知だ。

それでももう少し、なんていうか昔に戻ったような夢くらい見せてくれたっていいんじゃねェの?

そんな勝手なことを考えている間にいつの間にかシャワーの音は止んでいて、桜がバスルームから姿を現した。 タオルを巻いただけの姿は、髪を下ろしているからか湯上がりで上気しているせいなのか、やけに幼く見えた。

「おいで」

寝転がったまま両腕を伸ばしてベッドへ誘うと、腕の中に滑り込んできた桜が笑い出した。

「なんだよ?」
「だって…。なんで急に子供扱いするの?」
「子供扱い? んなつもりはなかったけど…」

桜の身体をタオル越しになぞりながら、ほんの至近距離で見つめ合う。

そっか。一瞬だけ錯覚したのかもな。

瞳だけを見ると、人は何年経っても案外変わらないものなんだと初めて知った。無意識のうち桜の瞳に、少女の頃の面影を見つけていたのかもしれない。



「桜」

まだ天井を向いたままの桜を抱き寄せて腕枕に落ち着いた銀時は、昔の女を抱くのがこんなに複雑なのかと思い知らされていた。
世間では大概の男が初物が好きらしいと聞く。
積もったばかりの真新しい雪の上に一番最初に足跡をつけるような、そんな子供じみた優越感を得られるから。
きっとそんなもんだろうと考えていたが、どうやらそうではなかったようだ。桜にとって初めての男であるはずの自分が、見知らぬ男達に対し優越感を感じるどころか逆に嫉妬心を感じている始末。

もうこの身体は俺のものじゃない。
俺だけが知ってるわけでもない。

そんな身勝手な嫉妬心は多少の興奮に繋がりはしても満足感とは程遠く、それでも最中に桜が名前を呼んでくれたこと、それだけが嬉しかった。

「さっきさ、名前呼ばれたの結構キタわ」

桜は何も答えず、ただ柔らかく微笑むだけだ。少女の恥じらいとはまた違う。終わった行為には触れないという意志だ。

さっきまでとのギャップがたまんねェな。

「ったく、随分いい女になっちゃってんだもんなー」

思わずそう呟くと、腕枕の中に収まっていた桜が軽く身体を起こした。

「それって、どういう意味?」

耳にかかっていた髪の毛がさらりとこぼれ落ち、銀時の頬をくすぐる。

「特に深い意味なんてねーよ」

そういう顔のことを言ってんだろうがよ……。

銀時は胸の中で呟きながら、再び桜を腕の中へと引き戻した。



 * * *



この前と同じように駅まで送ってもらい階段で別れた桜は、再会した日と同じように列車に揺られながら遠ざかるターミナルを眺めていた。

どんな顔して明日から店へ出ればいい?
ちゃんと目を見ることができるのかな?

こうなってしまった今もまだ、彼と別れる決心はついていない。自分でも狡いと思う。けれど、また関係をもってしまった後でも、「またな」といつも通り別れる銀時の気持ちがまるでわからない。

決して消えたわけじゃなかった銀時への思い。
未だに癒えることのない胸の傷。

もし彼と別れたとして、昔と同じようにまた銀時に捨てられたら?

それを考えると怖くてたまらない。
やっと手に入れた人並みの幸せを壊す勇気は、今の自分にはなかった。

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あきゅろす。
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